四天王最弱に転生したので、勇者戦バックれて隠居します

蒼唯まる

第一章

原作準拠とか言ってらんないので

 ここが俺が昔、どハマりしたRPGの世界だと自覚したのは、勇者一行がやって来る三分ほど前のことだった。


 これといったきっかけは何もない。

 ただ、出先で忘れ物を思い出すのと同じくらいの感覚で前世の記憶が蘇った。


 周囲を見渡してから、俺は洞窟の天井を見上げ、大きく息を吐き出す。


「俺、このままだと確実に死ぬな……」


 開口一番、冷静に弱音を溢せば、近くにいた黒くぷるぷるとした魔物が慌てた様子で声を荒げた。


「なっ……これから勇者一行と戦うというのに、何そのような弱気なことを仰るのですか! ドラコ様!」


 ブラックスライム——通称”ブラム”(※俺命名)。

 名目上こいつは俺の——正確にはドラコという中ボスの——側近だが、実際はただの小間使いだ。

 もしこいつが戦えば、丸腰のレベル1勇者でも三秒で叩きのめせるほどに雑魚い。


 ドラコ戦の時にいたけど、ヒロインの素手殴りでワンパンした記憶がある。

 正真正銘の雑魚モンスターと言っても過言ではないだろう。


「いや、だって……俺、言っても四天王最弱だよ。今の実力で勇者と戦っても袋叩きに遭うだけだって」


「ええ……さっきまで『勇者一行如き、このドラコ様が屠ってやる』などと言っていたではありませんか!」


「それは、その……あれだ。ただの思い上がりと気の迷いだ。実際にやったらまず俺が負ける。断言する。俺が、負けて、死ぬ」


「何も重ねて言わなくとも……って、そうじゃなくて! ど、どうしたというのですか、ドラコ様……!? まるでお人が変わってしまっているみたいですよ!」


 うん、変わったみたいというか完全に変わってるね。

 もう今の人格は、ドラコではなく前世の頃の俺に切り替わってるし。


 恐らく今後、奴の人格が出てくることはないだろう。

 まあ、出てきたところで果敢……否、無謀に勇者に挑んで返り討ちに遭うのが席の山なんだけど。


 初手から原作崩壊させんのは気が引けるが、原作に順守する=俺の死である以上、気にしてられる余裕はない。

 一刻も早くここずらからねえと。


「まあ、そういうわけだ。奴らが探している聖剣だけ置いてさっさと逃げるぞ」


「え、ちょっ……ドラコ様!? そうなると、四天王の責務は……魔王様からのご命令はどうなさるおつもりなのですか!」


「それは……まあ、うん。おいおい考える。じゃあ、脱出するぞー」


 ブラムを抱えてすぐに転移の術式を起動する。

 とりあえず勇者と接敵しない場所に移動さえできればどうとでもなるはず。


 発動準備が整うまでに、地の聖剣ソルムを分かりやすい場所に突き立て、傍らに『ご自由にお持ちください』と書き置きしていると、


「あのー、ドラコ様。まさかとは思うのですが、ぼくも一緒に行くのですか?」


 ブラムが恐る恐るといった感じに訊ねてくる。


「当たり前だろ。一人で逃亡生活とか味気ないし。それにほら、よく旅は道連れ世は情けって言うだろ」


「知りませんよ、そんな言葉! 放してください、ぼく一人でも勇者共を——!」


「じゃあ、行くぞー」


「ちょっ、待っ——!?」


 ブラムの反応を確認するよりも先に術式発動。

 こうして俺は勇者戦をバックれ、ドラコ生存ルートに舵を取るのだった。






『ブレイド・オブ・アイリス』——通称”虹剣”。


 国内外でそこそこ有名だったフルダイブ型RPGであり、俺が転生した世界は、まさにそのゲームと瓜二つだった。

 そして、俺の転生先となったドラコというキャラクターは、勇者と敵対する魔王軍の四天王ポジに属している……いや、が正しいか。


 今の俺は、もう魔王軍を抜けた身だしな。


 そんなドラコの人物像だが、実に粗暴で横暴で凶暴と、暴の三乗がかかった上に、残忍かつ傲慢な奴といったところか。

 まさに絵に描いたような超典型的な噛ませ役だ。

 実際、聖剣を探し求める勇者一行に待ち伏せして襲撃を仕掛けたのだが、逆に返り討ちに遭って倒されるという残念な末路を辿っている。


 まあ、プレイヤー視点からして明らかな雑魚ボスだったもんな。

 ステータスこそバカ高かったけど、ただ殴ってくるだけで搦め手は一切使ってこなかったから、バフ盛って殴ってれば勝手に死んだし。


 メタ的に言えば、虹剣での戦い方を教えてくれるチュートリアルボス。

 それが、このドラコというキャラクターだった。


 ——というのが、今までの俺の認識だったのだが、


「これが四天王最弱……だと?」


 あっさりと覆された。


 聖剣があった洞窟を脱出した後、虹剣をやっていた時のノリでステータス画面を開くジェスチャーをしたら本当にステータス画面が表示されたので、中身を確認して結果——普通に強かった。

 もうちょっと正確に表現するのであれば、強くなれる素質があった。


「うっわ、こいつ……ちっとも術系のスキルツリー伸ばしてねえじゃねえか」


 きっとレベリングとかスキル解放とかサボってたんだろう。

 ドラコ、地道な作業とか努力とか面倒だからってやらなそうだもんな。


 うわー、マジで勿体ねえ。

 ソシャゲで超有用なSSR引いて始めたのに、性能が分かりにくいからってボックスに眠らせているライトユーザーくらい勿体ないことしてるよ、こいつ


「というか、これ……プレイアブルキャラだったらマジ壊れキャラじゃね?」


 単体で火力出せて、自他共に補助もできて、おまけに前衛を張れるくらい硬い。

 ……余裕でぶっ壊れキャラですわ。


 問題があるとすれば、超大器晩成型っぽそうってことか。

 でも、そこはじっくりと鍛えまくれば解決する話だ。

 ここからならレベリングやスキル育成におあつらえ向きな場所もあるからな。


「よし、そうとなれば早速特訓といこうか」


 隣でぼーっとしているブラムに声をかける。


「特訓って、どこへですか?」


「ティアマトの霊峰」


「……え、えええっ!!? 無理です、死んでしまいます!! いやああああ!!」


 逃げようとするブラムを捕まえて、再び転移魔術を発動する。

 まず手始めに、この世界で生き延びるための力を身につけるとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る