雲隠れするは邪竜の巣窟

 ティアマトの霊峰。

 邪竜ティアマトが巣食うダンジョンで、勇者一行がここを訪れることになるのはストーリー終盤である為、中々の強敵がひしめく地となっている。


 とはいっても、ティアマトの討伐はストーリーの本筋とは関係ないから、ここを攻略せずにストーリークリアしたプレイヤーも一定数いるかもな。


「ド、ドラコ様……なにゆえ、このようなところに?」


 足元から聞こえる声。

 暗雲立ち込める山頂を麓から眺めていれば、ブラムが俺に身を寄せて、ぷるぷると身体を震わせていた。


「さっき言ったろ、特訓だって。おめおめと尻尾巻いて逃げたことで勇者に聖剣を明け渡したんだ。その事実が魔王軍に知れ渡れば、魔王は間違いなく粛清する為の刺客を送ってくるぞ」


 そこらの雑魚なら今の俺でも返り討ちに出来るだろうが、もし他の四天王やら魔王の側近が追っ手として差し向けられた場合、高確率でこちらが負ける。

 そうなる前に奴らと戦えるだけの力をつけておかないと。


「だとしても、わざわざここを訪れる必要はなかったでしょう……!!」


 ブラムの言うことも一理ある。


 邪竜ティアマトは、あまりの強さ故に魔王軍に従属せず、屈服させようと派遣した魔族を悉く葬っている。

 おかげで人間はおろか、魔族すらも寄りつかない魔境と化していた。


 だからこそ、雲隠れ兼修行場所としては申し分ない。


 ここなら勇者一行も魔王軍もやって来ることはないだろうからな。

 いやー、転移魔術のブクマ先に登録されてたのは、ラッキーだった。

 ナイスだ、元の俺ドラコ


 などと自画自賛していれば、ブラムがぷくーっと身体を膨らませる。

 

「——というか、ドラコ様はなんでそんな冷静なのですか!? お言葉ですが、さきほどからどこか様子が変ですよ!!」


「火の玉ストレートだな、おい」


 まあ、いいけど。

 いきなり豹変した主人を見れば、狼狽したくなるのも分からんでもない。


 だが——、


「言っとくけど、これでも結構緊張で心臓バクバクだぞ。気がついたら処刑寸前みたいな状態だったんだから。もし、あのまま勇者一行と戦闘になっていたら今頃、俺もお前も仲良く死んでたぞ」


「まさか! ぼくはともかく、ドラコ様に限ってそんなこと……!?」


「そんなことが起こり得るから逃げたんだよ。ちょっと前の俺もお前も勇者一行の力を舐めすぎだ。奴らの戦闘IQと連携技術はマジで半端ねえんだぞ」


 勇者一行の強さは、俺が一番身に染みて分かっているつもりだ。


 確か、ドラコの推奨攻略レベルは20程度。

 だけど、低レベル攻略をガチれば平均レベル5くらいで倒せるし、RTAだとしても10レベ以内に抑えても勝てたはず。


 そうじゃなくても、きちんと役割を分担した上で適切にバフ、デバフをかけて殴ってれば余裕で倒せるのがドラコというボスだ。

 この世界の勇者一行の実力がどれほどのものか分からないが、俺としては魔王軍の連中よりもあいつらの方がよっぽど戦いたくない相手だったりする。


「というわけだ。ぼちぼち特訓しながら、ちょっくら挨拶に行くぞ」


「挨拶って、どこに行くつもりですか?」


「どこへって……そんなの一つしかないだろ」


 山頂を指差しながら、


「——ティアマトのところだよ」


「なんでそうなるんですか!? い、いけませんよ、ドラコ様! 邪竜の元へ行こうものなら殺されてしまいます!」


「大丈夫だ、そんなことにはならないから。そんじゃ、行くぞー」


「うわーん、いやだあああ! ぼくはここに残ります〜!」


 毎度叫ばせてすまんな、ブラム。

 心の中で謝罪しつつ、小脇に抱えて登山を開始した。






 たとえプレイヤー視点からすれば雑魚であっても、ボスはボス。

 終盤のダンジョンに出てくる敵でも、モブ相手なら案外スペックのゴリ押しでどうにかなる。


「っらあ!!」


 格闘系特技『魔衝拳』——。

 魔力を込めた拳で襲いかかってきたワイバーンを殴り飛ばせば、瞬く間に黒い粒子となって霧散した。


 流石にワンパンとまではいかないが、攻撃技を何発か喰らわせば簡単に倒せるようだ。

 でもやはりと言うべきか、バフが無いと火力がいまいち物足りない。


 ——これは早く強化術を習得しないとな。


 脳内で今後のプランを練っていると、


「お見事です、ドラコ様!」


 ブラムが俺の肩の上でぴょんぴょんと跳ねる。

 顔はないが、心底嬉しそうにしているのが伝わってくる。


「これくらいどうってことねえよ。さっきから持ち上げすぎだ」


 正直なところ、ここにいられるとちょっと動きにくい。

 ただ、目を離すとマジであっさり死なれそうだから、とりあえずの対処として、今は俺の肩に乗ってもらっている。

 なんだかんだ側に置いとくのが一番安心できるし。


 それはそうと、この世界に経験値の概念はないっぽいな。


 いくら魔物を倒しても急激にパラメーターが上昇することは一度もなかったから間違いないと思われる。

 となると、スキルツリーも条件を満たせば即解放ってわけではなさそうだ。


 あくまで虹剣と非常に酷似した世界ってだけで、ゲームとは違うってわけか。


 じゃあ、なんでステータス画面が見れるんだって話にはなるが、そこは今考えても仕方ない気がする。

 ひとまず俺が転生した際に得たギフトみたいなものだということにしておこう。


 そうして半日ほど山を登り続けて、ようやく頂上付近の開けた空間へと辿り着く。


 暗雲の海を越えれば、満月が赤く煌々とした輝きを放っていた。

 皆既月蝕——ではなく、の魔力が周囲の環境に干渉し、月を赤く見せていた。


「ド、ドラコ様……! もしかしなくても、あれが……!?」


 ブラムが声を身体を小刻みに震わせながら、俺の陰に隠れる。


 眼前に横たわるは——漆黒のドラゴン。

 ライオンのような直立四足の骨格、頭部には巨大な二対の角、肩辺りから生えた先端に鋭利な爪がある翼。


「ああ、奴が——」


 ——邪竜ティアマト。


 呟けば、ティアマトの真紅の瞳がこちらに向けられる。


「——誰じゃ、妾の眠りを妨げるのは」


 苛立ちを含んだ声。

 刹那、身が竦むほどの悍ましい殺気が放たれた。

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