術式の構築

 ——集中力を高め、魔力を収斂させる。


 霊峰で過ごし始めてから毎日、朝から晩まで何度も繰り返してきた作業。

 これは息をするようにできるようになっている。

 肝心なのは、ここからだ。


 魔力の形成——術式の構築。

 もっと正確に言うのであれば、術式回路の構築といったところか。


 ゲームでは使いたい術を頭に思い浮かべた状態で唱えるだけで良かったが、こっちの世界ではそうもいかない。

 ”生成”の過程で作り上げた魔力に、様々な指示や情報を刻み込む必要がある。

 この工程を経ることで、初めて魔力は魔術へと昇華する。


「むむむ……っ!!」


 一応、”形成”のやり方はドラコの記憶にも残っているから、それに倣ってやればいい。

 ただまあ——言うは易く行うは難し、か。


 暫くして、練り上げた魔力が霧散してしまう。

 集中力が途切れて、収斂した状態を維持できなくなってしまったからだ。


 俺は青空ならぬ赤空を仰ぎ、大きく息を吐く。


 ……うん、マーーーーージでクッソむっっっずい!!!


 何がむずいって、指示や情報の刻み込みに緻密な魔力操作を要求されることだ。

 厚さや形状が不安定な紙にフリーハンドで設計図を描かされているような、まともな作業台も無しに電子回路を全て手作業で作らされるような、そんなクソみたいな環境下で面倒な作業を”生成”した魔力が霧散する前に完了させないといけない。

 しかも、それを全てイメージ上で完結させなきゃならないっておまけ付きで。


 これはドラコを含めて、心が折れる人も続出するのも納得だわ。

 実際、上澄揃いの勇者一行でさえ魔術を得意としていた人間は、六人中三人と割合的には半分だったわけだし。


 ただ救いがあるとすれば、一度”形成”が完了した術式に関しては、この工程をすっ飛ばせるってことか。

 事実、転移魔術は完成した術式回路に魔力を充填させてるだけで、今みたいに繊細な魔力操作など一切行っていない。


 もしこの仕様が無かったら、ぶっちゃけ俺も諦めてたかもな。

 切にそう思う。


 ちなみに刻み込み作業のやり易さは、”生成”した魔力の質に大きく左右される。

 だからこそ”生成”が重要になってくるわけで、この十日間ひたすら魔力を練り続けてきたのは、正にこれの為でもあった。


「落ち着いて、丁寧に、淡々と……」


 気を取り直して俺は、再び”形成”作業に取り掛かる。

 そもそも一発で成功するとは思ってないし、長丁場になることも織り込み済みだ。


 であれば、俺がやるべきは、成功するまで試行錯誤を続けることだけ。


 ステータス画面で習得可能なことは確認してあるんだ。

 地道に鍛錬を続けていれば、そのうち必ず出来るようになるだろ。


 そんな感じで鍛錬に没頭すること数時間。

 ブラムが頭の上で完全に眠りこけた頃だった。


 刻み込んだ魔力に、今までにない変化が生まれる。


「……来たか!」


 魔力を流し込めば、そのまま術が発動するという直感。

 転移魔術を発動させる時と同じ感覚があった。


 すぐさま俺は、魔力操作の最終段階”増幅”に移行する。


 ”増幅”は、名前の通り魔力を増幅させ、効力として出力する。

 ”生成”で練られた魔力はまだ火種のようなもので、形成で構築された術式回路もあくまで回路でしかなく、それら単体では、ただの小さな魔力の塊に過ぎない。


 だけど、回路に魔力を通して組み込まれた効果を発揮させれば——、


「——『ヘイスト』」


 途端、全身が異様に軽くなる。

 こんなありきたりな表現を使うのはどうかと思うが、まるで体に羽が生えたかのような感じがする。

 そして、この感覚には覚えがあった。


「っしゃ、成功だオラァ!!」


「うぴゃあっ!?」


「あ、ごめん」


 虹剣をプレイしていた時に俊敏系のバフがかかった時と同じだ。

 これは成功と見て間違いないだろう。


 ——となれば、軽く実践と行こうか。


「ブラム、ちょっと走るぞ」


「へ? ——ぴぎゅっ!」


 ブラムを小脇に抱え、ボスフロアの入り口までダッシュで往復してみる。


(おっ、これは……)


「わわわっ……!? 凄い……動きが速くなってますよ、ドラコ様!!」


「うん、悪くない。倍率はいまいちだけど、そこは元の身体能力の高さで補えてる。あとはこれを実践で使えるようになるまで練度を上げていけば……」


「勇者一行をやっつけることができますね!」


「いや、やっつけないから。今後も一切戦うつもりはないし、たかが速度バフ一つ覚えたくらいじゃ、あいつらにはまず勝てねえよ」


 もし仮に万が一、どうしても戦うことでしか生き残れないって状況で奴らと接敵しない限り、基本的に取るべき方針は逃げ一択だ。


 一人で多数を相手にしなきゃならない時点でまずキツイというのに、更に地の聖剣まで持たれてたら、俺に勝ち目なんてほぼほぼないだろ。

 それに、たとえなんかの手違いで追い詰めることができたとしても……まあ、それはいいか。

 仮定に仮定を重ねたところでって話だし。


 そういうわけだから、「そんなぁ……」って言わんばかりの哀しげな雰囲気醸し出すな。


「いいか、ブラム。心してよ〜く聞けよ。勇者一行ってのはな、謂わば運命に愛された連中の集まりだ。そんなのを相手にするってのは、世界の意志を相手にするのとほぼ同義だと考えていい」


「はあ……」


 どこか間の抜けた相槌を打つブラム。


 あんま分かってねえな、こいつ。

 ……ま、いいや、話を進めよう。


「つまりだな、もし奴らに勝とうっていうんなら、世界を取れるくらいに強くならなきゃならねえ。それこそ我らが元主の魔王みたいにな。これがどういうことを意味するか分かるか?」


「それは……勇者一行をやっつけるなら、魔王様くらい強くならないとダメ、ということですか?」


「違うな。魔王を余裕で捻れるくらいに強くならねえとダメだってことだ」


 訂正した瞬間、ブラムがその場で大きく飛び跳ねた。


「えええええっ!!? 魔王様よりもずっと強くですか!!?」


「声でけえよ。まあ、そういうわけだ。そして、俺らはその魔王から命を狙われている身。だから、今すべきことは勇者を倒しに行くことじゃない。魔王軍がやって来ても追い払えるくらいに強くなることだ」


「……そうなる原因を作ったのは、他でもないドラコ様ですけどね」


「おぅ……いきなり突き刺してくるじゃねえか」


 正論ではあるから何も言い返せねえ……。

 でも、あそこで逃げなきゃ勇者一行にやられてたからなあ。


「あれは致し方ない判断だった。だから、ここで修行して強くなろうとしてんだろ。というわけだから、俺は次の術式の習得に入るぞー」


「えっ、ドラコ様……!?」


 強引に会話を切り上げ、俺は次の術式習得の特訓に入る。

 そして、習熟度上げついでに『ヘイスト』のバフ状態を維持しながら、魔力を練り上げるのだった。

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