まずは基本に立ち返ろう

 一夜明けて。

 俺は再びティアマトのいるフロアに訪れていた。


 天を仰げば、澄み渡る赤い空。

 一面を見たわせば、海のように広がる黒い雲。

 そして、背後には——巨躯の邪竜。


 ……うーん、絶好の修行日和ですな()


 今の状況にある意味での風情を感じていると、


「どうした、さっきからぼうっと突っ立っておって。修行とやらを始めぬのか?」


「そう急かすな。今からやるとこだから。……あ、先に言っとくけど、見てても大して面白くはないからな」


「構わぬ。妾は暇さえ潰せればよいからな」


 言って、ティアマトは大きな欠伸をしてみせる。

 なんかテレビ付けたのはいいけど、面白そうな番組がなんもなかったから、仕方なく適当なバラエティを惰性で見てるような雰囲気を感じる。


 ——マジでやることなくて暇なんだな。


 けど、そうなるのも仕方ないか。

 勇者一行がやって来るまで、人も魔族も恐れをなして誰もやって来ないわけだし。

 サブイベだから、下手すりゃその勇者一行もやって来ない可能性あるけど。


 かといって山を降りれば、周辺の都市や街がパニックになって戦争になる。

 戦ったところで勝つのはティアマトだと思うけど、あまりそういう展開は望んでなさそうだから、いくら暇だったとしても実行に移すことはまずないだろう。


 ちなみにブラムは、広間の手前にある物陰で待機している。

 やっぱりまだティアマトに滅茶苦茶ビビっているようだ。


 まあ、ここからなら目が届くし、周辺には魔物の気配も感じないから、このまま修行に入っても問題ないだろう。


 俺はその場で座禅を組んで目を瞑り、丹田辺りに意識を集中させた。


「……よし、やるか」


 この世界はゲームみたく敵を倒せば勝手に強くなれるシステムにはなっていない。

 では、この世界の人間はどうやって強くなっているのか。


 答えは簡単——地道な鍛錬と実戦の繰り返し。

 マジでその一言に尽きる。

 ドラコかつての俺の記憶からして多分それで合ってるはずだ。


 ぶっちゃけ本当に………………地味だ。

 地味過ぎる上にやり方があまりに現実的過ぎて、異世界転生(?)した実感が薄れてきそうだ。


 とはいえ、嘆いてばかりいても仕方ない。

 やれることを一つずつやっていくとしよう。


 集中力を高めながらゆっくりと呼吸を繰り返し、魔力を練り上げる。


 これはあくまで虹剣原作の設定上においての話だが、技や魔術を発動する為の魔力操作は、大きく三つのフェーズに分かれている。


 まず一つ、生成。

 二つ目、循環or形成。

 そして三つ目、増幅。


 この三つの工程を経ることで技や術式を発動させることが可能になり、設定が正しいことは、これまでに使った技や転移魔術で実証済みだ。

 だからこそ、どの工程が一番厄介なのかがよく分かる。


 形成——つまるところ、術式の構築だ。


 魔術習得の必須条件であると同時に最大の鬼門。

 ここに躓いて魔術の習得を諦める人間も少なくない。

 実際、ドラコかつての俺もここで躓いた一人のようで、転移魔術の習得だけやって他の魔術には手を伸ばしていなかったようだ。


 ステータス画面を見ればすぐに分かる。

 習得可能な術の習熟度ぜーんぶゼロだったし。


 もっとも、唯一習得してる転移魔術も自身の力でってわけじゃないようだけど。

 ……まあ、その話は一旦置いておくか。


 俺は練り上げたそばから魔力を体外に放出し、また新たな魔力を練り上げてはすぐに放出する。

 この動作を何度も繰り返していると、ティアマトが訝しげに訊ねてきた。


「貴様……さっきから一体、何をしておる?」


「基礎練。それと魔術を習得する特訓の前準備」


「ほう、その無意味な魔力の浪費が準備と申すか」


「まあな。もし仮説が正しければ、今後が一気に楽になるはず」


 現状の目標は、一通り覚えられる魔術(特にバフ系)の習得だが、そっちにとりかかる前に習得しておきたいスキルがある。

 魔力の消費量を減少させる『MP消費効率アップ』——原作では地味にお世話になったスキルで、幸いにもドラコも習得可能のようだ。


 魔族であるおかげか、ちょっとやそっとじゃ尽きることのない魔力量を持ち合わせているが、それでも魔力効率を上げるに越したことはない。

 それとドラコかつての俺の記憶を辿ってみると、どうやら生成した魔力の質が形成の成否に大きく影響するみたいだから、それに向けた練習も兼ねていた。


 こんな感じにひたすら魔力の生成に没頭することおよそ半日。

 赤い月が昇り始めてきた頃だった。


 魔力を生成する時の感覚がほんの僅かに、しかしながら明確に変化した。


「おっと、これはもしかして……?」


 ステータス画面を確認してみれば、習得スキルの欄に『MP消費効率アップ』の文字があった。


「……っし、きた!」


 詳細を確認すると、まだ習熟度が低いからか、二パーセントしか減少できていないみたいだったが、それでも大きな進歩であることには変わりない。

 どうやら仮説は正しかったようだ。


 思わず拳を強く握り、成功した喜びを噛み締めていると、


「どうやら上手くいったようじゃな。して、何を見ておるのだ?」


 ティアマトが目を凝らすようにしてメニュー画面に視線を向けていた。

 見てるっていうより、見ようとしているような感じだった。


「メニュー画面だけど。もしかして……ティアマトには見えてない?」


 逆に訊ねれば、首肯が返って来る。


 ……なるほど、これは新発見。

 メニュー画面って俺にしか視認できないのか。


 意外な——いや、そうでもないか——事実に気づかされながらも、とりあえず良い感じに一区切りついたから、今日の修行はこれで切り上げることにした。

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