3-7.太陽
全身に淡い光を纏い、沙々羅が舞う。頭の
「小娘、何をしている」
神々しさと神秘さを感じさせる沙々羅の舞を、
「すぐに舞を止めよ」
沙々羅の様子から何かしら危機感のようなものを覚えているのか、般若顔の雷神の声音は険しさを感じさせた。他の雷神たちの多くがそれに追従し、口々に制止の声を上げた。
「静まれ」
「何を企んでいるか知らぬが、余計な手出しは無用。即刻、舞を止めよ」
沙々羅の頭上に重低音の警告が振ってくるが、ヤマトの巫女は一分の揺らぎなく舞い続ける。そんな沙々羅を庇うように、五十鈴媛が前に出た。五十鈴媛の手には刃の枝葉を持つ
「あら。確か、その鳥居を潜らなければ、あなた様の名の下に
五十鈴媛が挑発的な笑みを浮かべて大雷を見上げた。その様に、周りの雷神たちがざわめく。中でも元々
「神ともあろう方々が、まさか約束を違えられるとでも?」
如何に五十鈴媛と言えど恐怖心がないわけではないが、出雲の姫は余裕の態度を演じていた。その間も沙々羅の舞は続き、その身に纏う淡い光が白い輝きを増していく。
「いと小さき人の子よ。我が保証したのはその方らの命のみ。あくまで余計な手出しを止めぬと言うのであれば、五体無事でいられるとは思わぬことだ」
大雷から押し潰されそうなほどのプレッシャーが降り注ぐ。それに呼応するかのように、般若顔の雷神が一歩前に出た。
「我が名は
般若顔の雷神の2本の角が青白く輝く。
「我も忘れてもらっては困る」
そう言って伏雷に並んだのは炎を纏った大蛇だった。五十鈴媛は背後をチラリと見遣るが、沙々羅が舞を終えるにはもう暫しの時が必要なようだった。五十鈴媛の額にジワリと冷や汗が滲む。
伏雷や火雷を退けられたのは、
五十鈴媛は心を落ち着け、七支刀を胸に掲げる。沙々羅を、そして颯を助けるために出し惜しみをする気はなかった。五十鈴媛は柄を両手で握りしめ、身の内の正の感情を破邪の力に変えて七支刀へと注ぎ込む。
直後、左右3対の枝葉と直剣が銘々に白く輝き、光が球状に広がった。五十鈴媛を中心に瞬く間に沙々羅を呑み込んだ光の球は八雷神に迫る。
破邪の輝きはそのまま死者の国の雷神たちを丸呑みにし、怯ませた。
これこそが五十鈴媛が切り札とする、100の鬼を退けるという七支刀の秘めた力だった。一度用いれば再び使用可能となるまで何年も要する奥の手も、八雷神を退けるには至らない。
けれど、時は稼げた。七支刀から放たれた光が消えたとき、沙々羅の舞は終わっていた。
「貴様、何を――」
雷神たちが声を荒げようとしたとき、沙々羅と五十鈴媛の視線の先に白い太陽が生まれた。
膝をついた颯の胸元を中心に白い光が膨れ上がり、
「何が……」
颯は温かな光に包まれ、戸惑いながらもゆっくりと立ち上がる。いつの間にか心の絶望の闇は晴れ、ぽかぽかと穏やかな春の太陽に照らされているかのような心地よさを感じていた。
ふと、颯は自らの首から提げられた大ぶりの勾玉が淡い光を放っていることに気付く。
『あの小娘の仕業か……』
眩しそうに朽ちた
自分一人だけで戦っているわけではない。自分にはいつも支えてくれる人たちがいる。颯はそう改めて強く思った。全身から力が湧き上がってくるようだった。
颯は黄泉津大神に向き直る。辺りを照らす太陽が輝きをそのままに収束し、白い光が颯の手から再び真の姿となった天之尾羽張へと伝わっていく。
颯は前を見据え、剣を構えた。刃の根元から巻き上がる炎が破邪の光と混じり合い、白き炎となった。
黄泉津大神と視線が交差する。颯は一気に距離を詰め、棒立ち状態の女神へと剣を振り下ろした。紫の壁に、ひびが入る。
いける。そう確信した颯は
颯は僅かな疑問を頭から振り払い、全身全霊を込めて天之尾羽張を振り下ろす。燃え盛る白い炎が激しさを増し、神代の剣は見事紫の壁を砕いて黄泉津大神の体を縦に切り裂いた。鮮血の代わりに、どす黒い霧が噴き出した。
紫を通り越して漆黒となった濃縮された死の穢れが天へと昇っていく。
「勝った、のか……?」
呟く颯の前で、黄泉津大神が崩れ落ちる。化け物のように悍ましかった死者の国の女神が、いつの間にか、気品のある美しい女性の姿に戻っていた。
疲労困憊の颯は光と炎の消えた天之尾羽張を垂れさせ、肩で息をしながら黄泉津大神の様子を窺い見る。
もう立ち上がらないでほしい。そんな颯の願いをあざ笑うかのように黄泉津大神はゆっくりとその体を起こした。けれど、その表情は嘘のように穏やかなものだった。
「あなたが憎い」
そう口にした美しい女神は、颯を見ているのに、どこか違う人を見ているような目をしていた。
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