ep.23魔法の使い手

「…………ここを去りたくば、わたっ!?」



一ノ瀬は一瞬で狐面の男に近づき一刀で斬り伏せる。


どれだけ触れようとしてもかすりもしなかった先程までと違い、狐面の男はあっさりと二つに両断される。


魔力を纏った刀はヒトダマに対して効果抜群のようだ。


狐面の男は両断されても特に血や臓物が噴き出るといったことはなかった。


ただ、幻影魔法が解けたヒトダマの残り火が、まるでコップをかぶせられて酸素を奪われたろうそくの火のように、情けなくしぼんで消えるだけだった。



「さて、予想はしてたけど幻影魔法を使ってるやつは今斬ったヒトダマじゃなかったか。」



一ノ瀬は後ろを振り返る。


そこには狐面の男が何事もなかったように立っていた。



『イチノセ、これは……』



「ああ、わかってる。ヒトダマに幻影魔法を使ってるやつは別にいる。そいつを見つけてたたっ斬らない限りここから出られそうにないな。」



一ノ瀬はもう一度、新たに出現した狐面の男に近づき斬りつける。


すると、即座に新しいヒトダマに幻影魔法がかかり新たな狐面の男が現れる。


その後も何度か狐面の男を倒すが結果は変わらない。


やはり幻影魔法の使い手を見つけなければ状況は変わらない。


しかし、イシスの魔力感知はあてにできず目視で探そうにもどんな見た目かもわからない。


いや、それどころか魔法の使い手が一ノ瀬の近くにいるという保証もないのだ。


もし一ノ瀬が魔法を使う側だったらターゲットから離れた安全な位置で一方的に魔法を使うだろう。


一ノ瀬は常に動き回って、次々に生まれる狐面の男を倒していく。


時には上手く罠に誘導され手傷を負うこともあるが不老不死の力をもってすれば大した障害にもならない。


とにかくヒトダマの数を減らしながらどうにか魔法の使い手を探す方法はないかと考えるがそうそういい考えが浮かぶわけもない。



「せめて魔力感知が使えればな……。あっ、別にイシスを責めてるわけじゃないぞ。」



しまった、と一ノ瀬は思った。


つい言葉が口をついて出てしまった。


魔力感知ができなくてもイシスは十分役に立っている。


今の失言のせいでイシスが責められていると感じても無理はない。


咄嗟にフォローを入れたが間に合っただろうか。


一ノ瀬はイシスの様子を伺うが……



『そうなのよね、わたしも何度か魔力感知しようとしてるんだけどやっぱりだめ。なんならこの部屋に入って魔力感知がもっとやりにくくなってる気もする。』



特に気にしている感じもしない。


イシスはもう魔力感知が出来ないことに引け目を感じていないようだ。


一ノ瀬はホッとして改めて現状を見つめ直す。


やはり魔力感知が使えないことによる影響は大きい。


状況は手詰まりだ。


このまま、がむしゃらに狐面の男に化けたヒトダマを追い続けたところで何かが好転するとも思えない。


どうすれば……そう考えていた時、一ノ瀬は一つ、イシスの言葉に引っ掛かりを覚えた。



「待てよ?魔力感知が"もっと"やりにくくなってる?」



一度、無策に狐面の男を追うのを辞め考えることに集中する。


そもそもイシスが魔力感知を出来なくなった原因はなんだ?


イシスは転移系の罠があったあのお寺に入ったあたりから魔力感知が機能しなくなったと言っていた。


それならば原因はあのお寺に近づいたせいということになる。


じゃあ次はどうしてあのお寺の周辺では魔力感知が出来なくなっていたのか、普通に考えれば寺に来た獲物に罠があると感づかせないためだ。


だが、本当にそれだけか?



『イチノセ?急に立ち止まってどうしたの?』



「ちょっと待ってくれ、もう少しで何かわかりそうなんだ。」



一ノ瀬はさらに思考を加速させる。


もし転移系の罠に気付かせない事"のみ"が目的ならもう魔力感知が使えるようになっていてもいいはずだ。


なぜなら転移系の罠を隠すという敵の目的は既に達成されているから。


まだ魔力感知の阻害が続いている以上、阻害にはまだ役割が残っている。


そして苦戦している現状から考えるにその役割とは……


一ノ瀬は一つの結論に至った。



「もう一回魔力感知をしてくれ!」



『ええ?だから今は魔力感知が出来ないって……。』



「それでいいんだ、一番魔力感知がやりにくい場所を探すんだ。そこに幻影魔法の使い手がいる!」



少し考えてみれば簡単なことだ。


魔力感知を阻害するもう一つの目的は"幻影魔法の使い手を隠す"こと。


せっかく魔法を使って獲物の目を欺いても魔力感知で居場所を特定されては元も子もなくなってしまう。


一ノ瀬の考えが正しいのなら、魔法の使い手に近づけば近づくほど魔力感知はやりにくくなるはず。



『ええと、よくわからないけどわかったわ!右側の部屋に入って!』



一ノ瀬は狐面の男を無視してイシスの指示通り右の部屋に入る。



『次はそのまま奥の部屋、奥の部屋に入ったら今度は左!』



どの部屋に入っても内装はまったく同じ。


迷子になったら絶対に元いた場所には辿り着けないだろう。


一ノ瀬はまるで合わせ鏡の中を走っている様な気分で大量の部屋を駆け抜ける。


何度も新しい部屋に入るたび次の部屋が現れる。


もしかすると部屋は無限に広がっているのではないかと不安に駆られながらも走り続けて十五分ほどすると…………



『この部屋!この部屋が一番魔力感知がやりにくい!』



「どうやらこの辺で間違いなさそうだな。」



やっと辿り着いた。


一見するとこれまでの部屋と違いはない。


だが、これまでとは明らかに違う点がある。


狐面の男の数だ。


どれだけ倒しても一人ずつしか現れることのなかった狐面の男が、この部屋には五人も現れていた。


五人の狐面の男が口々に「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」と言うので部屋の中はかなり喧しい。


一ノ瀬はこれを敵の余裕がなくなっている証拠だと考えてた。


部屋の隅から隅まで目を凝らし魔法の使い手を探す。



『うーん、何処にもそれっぽいモンスターはいないけど……。』



イシスも一ノ瀬の視界を通して敵を探しているようだが見つからない。



「自分自身にも幻影魔法をかけて擬態してるんだろうな。」



一ノ瀬は先程まで何度も見てきた同じ内装の部屋をよく思い出す。


この部屋と今迄の部屋、どこが違う?


天井の高さは特に変わっていない。


天井と襖の間にある欄間も同じ。


床に張られた畳も特に変化はない。


部屋の四方を囲む襖にも違和感は……あった。


一見するとただの襖、これまでとデザインもサイズもまったく同じ。


ただ一ヶ所だけ"襖をはめ込むための溝に空きが無い"。


襖は横に引いて開けなければならない以上、必ず溝に襖一枚分のスペースが余っていなければならないはず。


それなのに一ヶ所だけ溝が襖で埋まっているということは……



「そこか。」



一ノ瀬は溝にギチギチにはまった二枚の襖を横に薙ぐように斬りつけた。



「キュウウウ!?」



斬りつけられた二枚の襖のうち、左側の襖が鳴き声を上げた。


傷口からは赤い血が流れ出し、みるみるうちに幻影魔法が解けて元の姿に戻った。



「やーーっと見つけぜ。お前本当はそんな見た目だったんだな。」



幻影魔法の使い手、一ノ瀬を惑わし続けたモンスターは狐の様な見た目をしていた。


黄色い毛皮の三つ目の狐。サイズはチワワほどしかない。


幻影魔法を看破された狐型モンスターは全身の毛を逆立たせて、情けなく精一杯の威嚇をしていた。



『なんかこれだけ弱そうな見た目だと倒すのも可哀想かも……。イチノセ、この子飼っちゃダメ?』



「いいわけないだろ……誰が世話すると思ってるんだ?」



イシスは体を持たないため飼うとなったらお世話係は自動的に一ノ瀬になる。流石にそれはごめんだ。


そもそもこいつが原因で魔力感知を阻害され、転移系の罠にはまり、何度も死にかけたというのに呑気なものだ。



『いーやーだ!かーいーたーい!ちゃんとお世話するから!』



「はいはいまた今度ねー、っておい!肉体強化魔法を解除するんじゃない!トドメがさせないだろうが!」



結局、駄々をこねるイシスを数分かけて説得し一ノ瀬は狐型モンスターにトドメをとどめを刺した。



『うう、ごめんねキューちゃん。』



「イシス、お前……。」



いつの間にか名前まで付けていたようだ。


襲ってきたモンスターを返り討ちにしただけなのに何故か一ノ瀬が悪者扱いだ。


こんな愛玩動物の様な見た目でも立派な魔法系モンスターだったようだ。


ピョンピョン兎の時と同様に死体から煙が出始める。


小さな体はすぐに灰になった。


一ノ瀬は灰の中に制御核を見つけて取り出す。


薄い青色で全体的にムラがあった。


このモンスターが魔法系モンスターということは……


一ノ瀬は刃の色を見る。



「やっぱり刀の色が変わってるな、ムラのある薄い青色だ。」



『ぐす、キューちゃんの血を吸ったから幻影魔法が使えるようになったみたい。他にも二つ魔法が使えるようになってるわよ。』



「ってことは合計で三つも魔法を吸収したのか!?」



一ノ瀬は驚いた。


幻影魔法には手を焼かされたが他にも魔法が使えたのか、と。


やっと泣き止んだイシスが吸収した魔法について説明する。



『魔力感知阻害と低級モンスター限定の洗脳魔法ね。』



「洗脳魔法……?あのモンスターそんな魔法使ってたか?」



『幻影魔法をかけたヒトダマを思い通りに操るために使ってたみたい。』



なるほど、と一ノ瀬は納得する。


確かにヒトダマに幻影魔法をかけただけでは罠に誘導するなんて高度な動きを実現するのは難しい。


そこで低級モンスター限定の洗脳魔法が必要になるのは十分理解できる。



「あの狐、意外と凄かったのか。」



幻影魔法、洗脳魔法、魔力感知阻害、三つの魔法を駆使して遠隔で探索者を追い詰める。


並みの探索者ならこの妖怪屋敷を攻略するのは不可能だっただろう。



「さて、無事にモンスターを倒せたのはいいけど……どうやって元の場所に戻ろうか。」



幻影魔法を突破したからといって問題が全て解決したわけではない。



「主を倒せば勝手に元の場所に戻るパターンもあると思ったんだけどなぁ。どうやって戻ろう……。」



妖怪屋敷の主を倒したからといって自動的にお寺に戻れるわけでもないようだ。


一ノ瀬は何事もなく散乱したままの和室を見渡して溜め息をついた。

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