ep.27ダンジョンの正体
「……ノセ、……チノセ!」
声が聞こえる。
「う……うん?」
一ノ瀬はうっすらとした意識の中目を覚ました。
「よかった!目が覚めたのね!」
そこには心配そうに一ノ瀬の顔を覗き込むイシスがいた。
眼に涙が溜まり今にもあふれ出しそうだ。
「イシス……。そうか、治してくれたのか……ってフォクスは!?」
一ノ瀬は意識が戻ると同時に辺りを見渡す。
どうやらフォクスは目に見えるところにはいないようだが……
「大丈夫よ、この周囲にあいつがいないことは魔力感知で確認してる。」
「そうか、よかった……。」
一ノ瀬はホッと胸をなでおろす。
どうやら不老不死の力を隠すという目的は果たせたようだ。
一ノ瀬は少し緊張が解け気が緩んだ。
そしてーーー
「どこもかしこも痛い……。」
激痛、とまではいかないが顔を歪めずにはいられない程度の痛みを感じた。
「ごめんね……。肉体強化魔法を暴走させたせいでイチノセの体が魔力回路がズタズタになってるから治癒速度が遅くなっているの。」
魔力回路、聞きなれない言葉だった。
一ノ瀬は尋ねる。
「魔力回路ってなんだ?」
「えーと、魔力専用の血管みたいなものかな?これがボロボロだと魔力が流れにくくなって魔法の効果が弱まるの。」
「な、じゃあこれから今迄みたいに傷が一瞬で治らなくなるのか?」
一ノ瀬は驚いて少し大きな声を出した。
これから先もずっと治癒速度が遅いままなのは流石に困る。
ただ、その点に関してはあまり問題はないようだった。
「大丈夫、ゆっくりだけど体と一緒に魔力回路も治してるから遅いのは今だけよ。」
イシスの答えを聞いて一ノ瀬は安心した。
どうやら大怪我を心配しながらダンジョン攻略する羽目にはならずに済みそうだ。
「イチノセ……本当にごめんね。」
イシスは一生懸命になりながら寝そべる一ノ瀬を治す。
「なんでイシスが謝るんだよ。肉体強化魔法を暴走させるように言ったのは俺なんだから罪悪感を感じる必要なんて……」
「違うの!」
珍しくイシスが一ノ瀬の言葉を遮った。
勿論、口喧嘩をしている時はそんなことをする時もあるがそれは例外というやつだ。
一ノ瀬はイシスの様子が普段とは明らかに違うと感じた。
イシスは泣きながら話し出す。
「ぐす、あのフォクスとかいう男と戦うことになったのは私のせい。幻影魔法で自分の体を手に入れてからそっちに意識がむいちゃって……魔力感知が甘くなってたの。いつもならあんな嫌な魔力絶対に見逃さないのに……本当にごめんね。」
「気にすんな、イシスのせいじゃないって。」
謝るイシスにやさしく言葉を返す。
一ノ瀬はイシスの話を聞いてもイシスを責めようという気は全く起こらなかった。
まだ第4層であれだけ強い敵が来るなんてそうそうあることじゃない。
実際、一ノ瀬だって屋敷での戦闘が終わった後は気が抜けていた部分はある。
普段はとても役に立ってくれているイシスにお前だけは常に周りを警戒しておけなどどの口が言えようか。
「それより……傷が治るまでの間にいくつか気になることがあるんだが聞いてもいいか?」
一度話題を逸らすという意味も含めて一ノ瀬はイシスに質問をする。
「フォクスが名乗るときに言ってた"管理者"ってなにか知ってるか?」
「うん、でもお姉さまから聞いただけだから詳しいってほどじゃないけど……。」
「構わない、話してくれ。」
一ノ瀬がそう言うとイシスは治療をしながら話だした。
「えーっと、そうね。いきなり管理者の説明をするよりダンジョンが何かって話からした方がいいかも。前にも少し話した王国のことは憶えてる?」
「たしか、大昔に世界を跨ぐ魔法を開発していろんな世界を侵略しているっていう物騒な王国……だよな?」
「うん、その王国。千年くらい前、王国は初めての異世界侵略を絶対に成功させるために色々な準備をしていた。最高の魔法使いに最強の魔獣を大量に集めてこれまでじゃ考えられない規模の軍団を用意したの。王国の誰もが勝ちを確信していた。そうして始まった最初の王国の侵略はどうなったと思う?」
「相手は異世界から侵略者が来るなんて想定してないのに急に準備万端の軍団が攻めてくるんだろ?普通に考えれば楽に侵略できそうだけど……わざわざ聞いてくるってことは負けたのか?」
「察しがいいわね。そう王国は負けたの、それもたった一週間で。王国史にはこの日は国民全員が悪夢を見たって書いてあるそうよ。」
余りにも予想外な王国の結末に一ノ瀬は絶句した。そんなことがあり得るのだろうか?
イシスは話を続ける。
「王国の敗因は侵略先の調査不足。一応、侵略前に先遣隊を送ってどの位の猛者がいるのか調べていたらしいけど……調査期間中、その世界はずっと平和だったせいでかなりの数の強者が平穏に暮らしていたみたい。あっちこっちから想定をはるかに超える強力な魔法が飛んできてボロボロにされたそうよ。」
なるほど、と一ノ瀬は納得する。
大きな戦争でもない限り、その世界の総力がどの位かなんて正確に測れるわけがない。
「それで王国はどうしたんだ?まさか異世界の侵略を諦めたわけじゃないんだろ?」
「ええ、もちろん。ただ大敗北を経験した王国はやり方を変えざるを得なかった。より正確に異世界の実力を測る方法を探して何十年も研究を続けた。そうしてできたのが"重層要塞転移魔法"、イチノセにもわかるように言うとダンジョンを異世界に送り込む魔法を作ったの。」
「ダンジョンを送り込む……。そりゃあダンジョン内で戦ってもらえばその世界のある程度の力はわかるだろうけど……そこまでいい方法か?」
真の戦力を測るためにダンジョンを送り込む、これがいい考えだとは一ノ瀬は思わなかった。
まず送り込んだダンジョンにその世界の住人が挑む保証はない。
少し中の様子を見て危険だから入らないでおこう、そう考えても何もおかしくない。
それに、もしダンジョンに挑んでくれたとしても全力を尽くして戦ってくれる保証もない。
実際、この世界における最終兵器である核兵器の存在を、ダンジョンに挑む探索者の戦いぶりから知ることなど不可能だろう。
「その辺の話は第7層に向かいながらしよっか。もう傷も治ったし立てるでしょ?」
「お、そう言えばもう痛くない!ありがとうイシス!」
いつの間にかイシスによる治療は終わっていた。
一ノ瀬はその場から立ち上がると軽くジャンプして体の調子を確かめる。
「よし、絶好調!」
「よかった、それじゃあ行きましょ。第7層に繋がる道は長いからお話を知り時間ならたっぷりあるわ。」
一ノ瀬とイシスはお寺の中に入る。
お寺の中は転移系の罠に引っかかる前と同様に薄暗く、埃っぽい。
イシス曰く魔法を組み込んだ罠は一度発動すると大気中の微量な魔力を集めて復活するまでの間は無力化するらしい。
罠が仕掛けられていた扉をもう一度引いて、今度は何事もなく開けることができた。
中には木製の長い廊下が続いており奥は真っ暗で何も見えない。
「流石に暗いな。何も見えないぞ。」
「わたしは魔力感知があるから問題ないけど……刀を抜いて足元を照らせば?魔法を使ってる時は光るんだし。」
「それもそうだな、頼む。」
一ノ瀬が刀を抜いて、念の為刀の峰の方を足元に向ける。
刃からは幻影魔法を使った時特有の青い光が溢れる、おかげで足元に注意すれば歩ける程度には明るくなり二人は長い廊下を歩き出した。
これでやっと第7層へ進める。
「えーっと、どこまで話したっけ。そうそう、ダンジョンを送ったからといってその世界の総戦力は測れないんじゃないかって話よね。」
第7層に続く隠し通路を歩きながらイシスは説明を再開する。
「もちろんただ送り込むだけじゃないわよ。ダンジョンには時間制限があるの。ダンジョンが送り込まれて五年以内に第100層まで到達するものが現れた場合、王国は大人しく侵略を諦めて別の世界を探す。もし、いつまで経っても100層まで到達できなかった場合は……ダンジョンの中にいるモンスターが一斉に外に出て暴れだすの。流石にそうなればどの世界も全力を出さないわけにはいかないでしょ?」
「たしかにそれなら本気の一端くらいは見れるのか……。」
平和な時には測りようのない底力を知りたいなら、いっそのこと平和じゃない状況をこちら側で作ってしまえという発想なのだろう。
ピョンピョン兎やゴーレム、それよりももっと強い上層のモンスターが大量に暴れだしたら流石に探索者ではなく軍が動く。
そうなれば、人里離れた場所に手強いモンスターが集中している、といった限定的な状況でなら核兵器も攻撃の選択肢に上がるかもしれない。
侵略先の調査にダンジョンを送り込むというのは案外理にかなっているかもしれない。
「もし溢れ出したモンスターに対処できるだけの力があるなら王国はやっぱり侵略を諦める。もし手こずるようなら王国は侵略を開始する。攻め込む前にダンジョンを送り込むようになってから王国は負けなしよ。」
「そりゃそうだろうな。負けない相手を探してから喧嘩売ってるわけだし。でも……俺の世界にイシスの世界、王国の世界に王国に侵略された世界……。世界って全部でいくつあるんだ?」
「そんなのわかるわけないでしょ。お姉さまはお星様の数を数える方が簡単って言ってたわよ。わたしは本物の星を見たことないからそれがどの位の凄いのかわからないけど……。」
「そんなにあるのかよ……世界。それだけあるなら、そりゃ王国も侵略する世界を選り好みするよなぁ。」
まさか異世界がそれほどあるとは……世界は広い、いやこの場合は世界の外は広いと言うべきか。
「……それで、ダンジョンが異世界への戦力調査ってのはわかったけどじゃあ"管理者"ってのは何だ?」
「うーん、管理者ねぇ。ダンジョンの話と違ってお姉さまもたまにしか話してくれなかったから詳しくは知らなくて……。たしか……ダンジョン内で不測の事態が起きた時に問題に対処する王国の精鋭魔法使いだったかな?」
「王国の精鋭……聞くだけでと嫌な気持ちになるな。たしかフォクスは自分の担当は30層以下だって言ってた、ってことは管理者は他にも何人かいるのか?」
「うん、全員で何人かまではわからないけど少なくとも一人じゃないと思う。お姉さまが管理者の話をする時はいつも管理者共って言ってたから。」
「あんな化物がまだ何人かいるのか……、ハァ。俺がダンジョンから出れるのはいつになるんだろうな……。」
今のところ、一ノ瀬はダンジョンの外へは出られない。
イヴが不老不死の力と一緒に与えた呪いの影響でダンジョンの外に出ようとすると結界の様な透明な壁に阻まれるからだ。
イヴから明言されたわけではないので一ノ瀬の推測ではあるが、この呪いは第百層にあるというダンジョンのコアを破壊してイヴを地下層から解放するまで解けることはないだろう。
そして、"ダンジョンのコアの破壊"、ダンジョン全体の魔力供給源である"イヴの解放"はどう考えてもダンジョン内での不測の事態に当たるだろう。
「どう考えても戦うことになるよなぁ……。」
ダンジョン内で起こった不測の事態に対応するのが管理者の仕事、一ノ瀬がダンジョンからの脱出を目論む限り管理者を避けて通ることはできないだろう。
「なにびびってるのよ!ここはお姉さまのために全員纏めて倒してやろうってなるところでしょ!?」
「ならない、ならない。限界以上の力で挑んでフォクス一人に、文字通り手も足も出なかったんだぞ?」
一ノ瀬はフォクスとの戦いを思い出す。
気がつくと刀と一ノ瀬を捉えていた謎の蔦、気がつくと幻影と入れ替わっているフォクス。
振り返ってみると一ノ瀬はフォクスに何をされたかすらわかっていない。
「せめて三日月の薬の素材を集めきるまでは遭遇しないことを願うしかな……あ!。」
長く暗く、先の見えなかった廊下の奥に光が見えた。
どうやらいろいろと話している間に第7層はすぐそこまで来ていたようだ。
「強くなんないとな。」
一ノ瀬はそう小さく呟くと第7層に足を踏み入れた。
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