ep.28 第七層
一ノ瀬とイシスは第7層に着いてから、特にトラブルやモンスターに見舞われることもなく無事セーフゾーンに辿り着いた。
第1層のセーフゾーンは広めの洞窟の中、探索者がまばらにいるといった感じだったがここは何もかもが違った。
まず圧倒されるのはセーフゾーンの周りをぐるりと囲む大きな壁だ。
高さ五メートル程の煉瓦造りの壁がセーフゾーンの門の左右に伸び、モンスターや未登録探索者の侵入を阻む。
セーフゾーンの門は恐竜ですら楽々通行できるであろうサイズだが、大勢の探索者が行き来する都合上常に込み合っており、高さはともかく幅は足りていない。
セーフゾーンの出入りは厳格に管理されているようで門の前には十数組の行列ができており、金属製――――紫がやけに強調された虹色のオーラを放っているのでおそらくはダンジョン内で採掘された金属でできた鎧と槍を装備した門番が二人一組で入街審査をしている。
「これが第七層のセーフゾーンか……!流石、全ギルドが共通で使っているだけあってもうちょっとした街だな。」
「こんなに沢山の人……初めて見たわ。」
一ノ瀬とイシスは街に入るため、入街審査の待機列の最後尾に並んだ。
前方で行われている審査がどのようなものか、一ノ瀬は耳をすませちらりと視線を向ける。
どうやら簡単な手荷物検査とギルドカードの提示が必要そうなので一ノ瀬はポケットに入れていたギルドカードを準備しておく。
一ノ瀬に限っていえば、手荷物に関しては何も準備をする必要はない。
第1層で鞄ごとダンジョンに持ち込んだものの大半を失ってからは持ち物と呼べるものはほとんどなく、強いて挙げるとするならギルドカードとこれまでのモンスターとの戦闘で得た魔法制御核くらいのものだった。
しばらくの間一ノ瀬は順番を待って審査を受ける。
門番に荷物がほとんどないことを少し怪しまれはしたが、モンスターから逃げる時に置いてきたと説明すればすぐに納得してくれた。
あとは、ギルドカードを見せただけで審査は終わりすぐに二人はすぐにセーフゾーンの中に入ることができた。
ちなみにイシスはギルドカードを持っていないので門をくぐる間だけは幻影魔法を解除してやり過ごさなければならなかった。
無事、審査をクリアし期待に胸を膨らませながら街に足を踏み入れると、そこには一つの街が広がっていた。
街の中央に長く伸びる煉瓦の敷き詰められた大通りは、沢山の探索者でにぎわっている。
以外にも探索者には女性も多くおり、ざっと見渡しても全体の三割以上は女性探索者だ。
道のど真ん中は巨大な亀の甲羅をすり鉢状に改造した様なモンスターが沢山の荷物を運搬しており、甲羅の上にはモンスターを乗りこなす探索者と、大量の武器、防具、ダンジョン内で採れたであろう素材など様々な物があちらこちらへと運搬されている。
一ノ瀬とイシスはモンスターに引かれないように少し端の方により、大通りに沿ってずらりと並んでいる様々な店の数々を眺めながら歩いた。
「っわぁああ!わたし初めて街を見たけどこんなに人がいるんだ……!色んなお店?もあるし、わたし全部行きたい!」
イシスはわかりやすく目をキラキラさせて二、三歩ごとに「あれは?あれは?」と一ノ瀬を質問攻めにする。
ずっと地下層にいたイシスは知識としての街や店しか知らなかったようで――――――
「ねぇ、あれが"おしょくじどころ"ってやつ?凄くいい匂いがする!」だとか「あの看板なんて書いてるの?何か面白そう!」だとか、全方向全店舗に好奇心製の矢を放ってはリードが外れた子犬のようにあちらへこちらへとせわしなく動いていた。
フォクス戦の後から明らかにいつもより落ち込んでいたイシスの元気はもう完全に元通りになっていた。
「武器屋に防具屋……飯屋に……しっかしほんとにいろいろあるな……。ダンジョン内でこんなにわくわくする場所があるなんて正直思ってもみなかった。」
「イチノセ、全部!全部回るからね!絶対だから!」
「流石に全部は無理!けど、モンスターの制御核を換金したら何店舗か行ってみようか。」
内心では一ノ瀬もわくわくしていたが、今は手持ちのお金がないのでそちらの確保が先だ。
一ノ瀬は通りすがりの探索者に道を聞きながら素材を買い取ってくれる店を探す。
素材の買い取り専門店は大通りの目立つところに店を構えていたためすぐに見つけることができた。
一ノ瀬はイシスを連れて店の中に入る。
店の奥には貫禄のある、少し意地悪そうな中年の男性がおりーーーーー
「なんだ手ぶらじゃないか……。何しに来たんだ?」
接客態度もぶっきらぼうだ。
「これを買い取ってほしいんですけど……。」
一ノ瀬はポケットから魔法制御核を二つ取り出して店主の前のカウンターに置く。
今の一ノ瀬がお金に換えられそうな物と言えばピョンピョン兎、マルルとかいう狐型モンスターを倒した時に回収したこの魔法制御核が二つだけ。
イシス曰く、低層のモンスターにしては強い方らしいのでそれなりの額での買い取りを期待したいがーーーー
「二つ併せて三十七万と三千円ね。」
しばらく魔法制御核を眺めた店主はこれまたぶっきらぼうに買い取り額を告げる。
「は?え?三十……?」
一ノ瀬は何かの間違いではないかと思った、が店主から渡された買取明細を見てそれが聞き間違いでないと知る。
店主が言うには一ノ瀬の取ってきた魔力制御核は低層では中々お目にかかれないサイズらしく需要も多いためこの値段になるそうだ。
「ほら、ボーとしてないで早くカード出しな。」
「カ、カード?俺この店来るの初めてでポ、ポイントカードとか持ってな……」
「はぁ?なに馬鹿なこと言ってんだ。カードつったらギルドカードに決まってんだろ?もともとしてると買い取り額減らしちまうぞ。」
「え!?それは困ります!」
一ノ瀬は慌ててギルドカードを取り出し店主に渡す。
店主はギルドカードを受け取ると謎の機械にカードを通して、今度は入金明細書と書かれた紙と一緒に一ノ瀬にカードを返した。
どうやらギルドカードはダンジョン内でのキャッシュカードの様な役割も果たしているようだ。
「こんな機能があるならギルドに入った時に教えてくれよ……。つくづく不親切なギルドだな。まぁ、いいか。」
想像以上の大金を手に入れた一ノ瀬は機嫌がよくなっていた。
それこそ杜撰なギルドのことなどどうでもよくなるくらいには。
まだバイトくらいしかしたことない一ノ瀬が、これだけのお金を一度にもらえることなどそうそうない。
買取明細書に書かれた額の桁を何度も確認しては、にやけてしまう一ノ瀬だった。
「イチノセさっきからにやにやしてて気持ち悪い。」
イシスは隣を歩くのも恥ずかしいと言わんばかりの視線で一ノ瀬を見つめる。
心なしか並んで歩く時の距離感も少し離れた気がする。
「しょうがないだろ?これだけの大金が手に入るなんて思ってもみなかったんだから。イシスが行きたがってたお店で買い物するのにもお金が必要なんだからな?」
一ノ瀬は言い返しはしたものの気持ち悪かったことは自覚しているので、これ以上にやけないように明細書をポケットに突っ込んだ。
今の一ノ瀬にはいろいろとほしいものがあった。
先ずは頑丈なバック、今後の探索で薬の素材やお金になりそうな資源を見つけるたびに、両手をいっぱいにして最寄りのセーフゾーンまで持ち帰るわけにはいかない。
バッグが手に入れば次は図鑑だ。
薬の素材が何層にあるか、どの様な見た目なのかはダンジョンに来る前から調べており把握している。
ただ素材の細かい位置や素材の取り扱い注意事項などは調べきれなかったので、痒い所に手が届く詳しい情報が必要なのだ。
他にもいくつか欲しいものはあるが、とりあえずこの二つは絶対に確保しておきたい。
軍資金を手に入れた二人が最初に向かったのは服や下着と言った衣類を中心にバッグや靴、更にはちょっとしたアクセサリーまで扱うお店だ。
一ノ瀬は最初から買うつもりだったバッグ以外にも何着かの服を購入した。
今着ている服にはこれまでの戦闘で流した血や汗が染み込んでいるため、お世辞にも清潔とはいえないし見た目もみすぼらしい。
そこで思い切って服を新調しようと考えたのだ。
丈夫さが売りという上下紺色の服を買い、そのままお店で買った服に着替え、次のお店へと向かう。
次に向かった店は小さな本屋だ。
本屋と言っても漫画や小説などはもちろんない。
あるのはダンジョンに関連した知識、例えば魔法指南書やモンスターの図鑑、各階層の地図、そしてーーーーー
「あった、この本だ。」
一ノ瀬は『ダンジョン素材図鑑~第30層まで~』と書かれた分厚い本を手に取る。
値段を見ると十七万円とかなり高額だが、これまで数多くの探索者がかき集めた貴重な情報の塊をお金を払うだけで手に入れられると考えれば当然の対価なのかもしれない。
一ノ瀬は値段に臆することなく本を購入した。
「さて、欲しかったものはあらかた買えたし……後は薬の素材を外に送る手段の確保と……それが終わったらご飯も食べるか。」
「ご飯!いいわね、早く食べましょう!」
「素材を運ぶ手段を確保したらな、ほらいくぞ。」
買い取り専門店に向かう途中、一ノ瀬は外でもよく見かけるマークを発見していた。
おそらく、というか間違いなくそこに行けば外との物資のやり取りが出来るはずだ。
一ノ瀬はイシスを連れてある場所へ向かう。
「凄い真っ赤な看板……血液でも売ってるの?」
イシスは店の前に掲げられた赤の下地に白いマークの描かれた看板を見てそう言った。
「なんだその吸血鬼しか喜ばなさそうな物騒な店は……。ここは郵便局だよ。」
「ゆうびんきょく?」
「あ、そっか。ダンジョン生まれじゃ郵便局が何かわかるわけないか。郵便局っていうのは手紙とか荷物とかを頼んだ所まで運んでくれるお店のことだ。」
「ふーん、そんなことをしてるところもあるんだ。一口にお店って言っても色々あるのね。」
簡単な説明だったがイシスはすぐに郵便局が何かを理解した。
一ノ瀬とイシスはそのまま郵便局の中に入る。
どうやらここは商売目的の個人探索者が経営しているわけではなく、各ギルドから派遣されたギルドの職員が郵便局としての業務を果たしているようだ。
ギルドごとにカウンターが別れており、カウンターの職員さんの首にはギルドの職員証がぶら下がっている。
一ノ瀬はウォーターのカウンター近くに置いてあった料金表を見る。
「うへぇ、やっぱり滅茶苦茶な値段してる……。」
料金表はダンジョン内輸送とダンジョン外輸送に別れていた。
どうやら他の階層にあるセーフゾーンともやり取りができるらしく、ダンジョン内なら一階層一キロごとに一万円。
ダンジョン外への輸送なら外へ運び出す手数料として更に三万円がかかるようだ。
例えば、第七層からダンジョン外に何かを運ぼうとすると先ずは第1層までの輸送料で七万円、ダンジョン外への持ち出しで更に三万円、合計で十万円がかかる。
ここまでの料金はあくまでダンジョンの外に運んだ時点での料金なので、その後の郵送にも通常料金が別途でかかる。
「そう考えるとあんまり無駄遣いしてる余裕もないのか……。」
これまでの買い物で一ノ瀬の手持ちは既に二十万を切っている。
今後のことを考えると財布の紐ーーーー実際のやり取りはギルドカードで行うので紐なんてないのだが、とにかく紐を締める必要がありそうだ。
「ん?」
一ノ瀬は料金表の端に小さく書かれている文字を見つける。
「手紙は一通500円しかかからないのか……。」
荷物と違い手紙のやり取りなら比較的安価で頼めるようだ。
一ノ瀬は近くの売店で紙とペンを買い、少し悩みながら手紙を書いて外へと送った。
「あの手紙、誰に送ったの?」
手紙の郵送手続きを終えて郵便局から出るとすぐにイシスが尋ねた。
「あの手紙は……そう言えばイシスにちゃんと話したことなかったな。」
手紙を送った相手は三日月だ。
一ノ瀬は三日月について、自分がダンジョンに来ることになった経緯と共にイシスに話した。
「ふーん、じゃあその三日月さん?はイチノセにとって大事な人なのね。」
「まぁ……。うん、そうだな……大事だ。」
こういったことをハッキリと口に出して言うのは少し照れ臭いが、ここまで行動を起こしておいてただの友達ですだなんて言ってもすぐに照れ隠しだとばれるだろう。
ただでさえイシスには感情の機微を悟られやすいのだ。
下手に嘘をつくより正直に話した方がいい。
「でも……イチノセがダンジョンから出られなくなって三日月さんも心配してるんじゃない?」
「多分な、だから手紙を書いたんだ。」
イチノセがダンジョンに入り、出られなくなって既に六日が経過している。
それはつまり、ほとんど毎日のようにしていた三日月のお見舞いをもう六日もしてないということでもある。
一日二日ならともかく、連絡も無しでほぼ一週間も顔を合わせないなんて三日月と出会ってから一度もなかった。
三日月は冷静で落ち着いた性格だが、その割には寂しがりやなところもある。
一ノ瀬は探索者としてダンジョンに入ることを三日月には告げていないので、心配もかけてるだろうし寂しい思いもさせているだろう。
本当なら余計な心配をかけさせたくなかったのでダンジョンのことは余程のことが無い限り隠しておきたかった。
ただ余程のことが、ダンジョンに入ったその日のうちに起こってしまった。
本当なら毎日ダンジョンの外と中を往復して、日の出ているうちはダンジョンで探索をし、探索が終わってからは何食わぬ顔でお見舞いに行こうと考えていたがそれも不可能になった。
こうなってしまってはダンジョンのことを隠しとおすことは難しい。
何より下手な言い訳が三日月に通用するとも思えない。
そこで一ノ瀬はダンジョンで起こったことをイヴやイシスのことも含めて、包み隠さずに手紙に記して伝えていた。
伝えたことによって余計に心配をかける可能性もあるが、だからといって隠し事される方を三日月は嫌がるはずだ。
「さて、この街でしておきたかったことは終わったし……イシスの行きたいお店を回って、その後はご飯でも食べるか!」
「やったー!」
三日月の為に早目に確保しておきたかった外との連絡手段も、これからの探索に必須になるアイテムも見つけることができた。
ほとんど一週間、ろくにご飯も食べずに探索しっぱなしだったのだ。
今後に差し支えない範囲で贅沢をしても罰は当たらないだろう。
一ノ瀬はイシスを連れて街の大通りに向かった。
イシスは主に服に関心があるようで、女性探索者をターゲットにした服や装備品を隅々まで観察しては自分の幻影で作った服に反映させていた。
イシスの付き添いとは言え女性探索者ばかりの店に足を踏み入れるのは遠慮したかったが、
「ねぇ、この服ちょっと広げてみて!」
だとか
「この装備ちょっと持ってみて!」
だとか。
実際に物に触れることができないイシスが服や装備をしかっりと観察しようと思ったら、一ノ瀬の協力は不可欠なのだ。
一ノ瀬は渋々ではあるが、ここまで探索をサポートしてくれたイシスに労いの意味も込めて付き合った。
幸いなことにイシスは、幻影魔法で作った自分の服装のバリエーションを増やすことが出来れば満足なようで、特に何かを欲しがることもなかったのでお金はかからなかった。
イシスのお店巡りが終わってから、二人はご飯を食べにちょっとした居酒屋の様な店に来ていた。
大通りから少し外れたこの店は一ノ瀬とイシス以外誰も客がいない。
これは今が昼の三時でもともと人が少ない時間帯ということに加え、意図的に人の少ない店を選んだということもある。
あまり人が多い店だと、人間離れした容姿を持つイシスがゆっくりできない。
ただ街を歩いているときでさえイシスは人の目を惹いたし、中には声をかけてくる者さえいる。
イシスは途中からは自分の服をフード付きの、肌の露出の少ない服に切り替えてできるだけ目立たないようにしなければならず窮屈そうだった。
そんなわけで、ご飯を食べている時もそんな思いをしたくなかった二人は人気のない店を選び、のびのびとご飯を食べることにしたのだった。
「あー、楽しかった!ファッションっていうの?こんなに奥が深かったなんて知らなかったわ。」
イシスは色々なデザインを摂取することが出来て満足そうだった。
「同じセーフゾーンでも1層とは大違いだったな。お店の数も種類も段違いだ。」
一ノ瀬はイシスと話しながら、目の前の肉にかぶりつく。
モンスターの肉を使用しているため独特の噛み応えではあるが味はまぁまぁだ。
「ふーん、意外とおいしいな。」
一ノ瀬は空腹だったこともあって匙が進む。
不老不死の力を得てからというもの、基本的にはお腹もすきにくいし眠くもなりずらいのだが、それはあくまで全く魔法を使わなった場合の話。
イシスが常時、幻影魔法を使うようになってからはむしろ普通の体だった時よりお腹がすきやすくなっていた。
「ほら、イチノセ!早く私が頼んだ料理も食べて食べて!」
イシスは直接ご飯を食べることは出来ない為、味を楽しもうと思ったら一ノ瀬の味覚を共有する必要がある。
それはつまり、一ノ瀬は自分が食べたい分の料理とイシスが食べたい分の料理の両方を食べなければならないということだが、今ならそれも全く苦にならず二人分どころか三人分の料理ですら食べれらる気がした。
一ノ瀬はイシスに促されるままイシスの頼んだダンジョン特製の麻婆豆腐風料理を食べようとした、その時ーーーーー
「す、すみません!ちょっと匿ってもらってもいいですか!?」
全力疾走でもしてきたのだろうか、ぜぇぜぇと肩で息をしている女性探索者が話しかけてきた。
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