ep.22触れられない男の正体
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
狐面の男は何事もなかったかのように一ノ瀬の周りで同じ文言を繰り返す。
一ノ瀬はもう一度、今度は掴むのではなく、刀で斬りつけるがやはり結果は同じだった。
刃は狐面の男の体を素通りする。
暖簾に腕押し、それ以下の手応えだ。
「一体全体どういうからくりだ?もしかして…………これも魔法か?」
『多分そうだと思う。幻覚か、幻影か、それともわたしの知らない魔法か……魔力感知できないからどれかはわからないけど。』
「がむしゃらに飛びかかっても意味はなさそうだな。どうにか種か仕掛けを暴かないと。」
狐面の男は宙に浮いたままだ、攻撃してくる気配はない。
不気味な敵意はひしひしと感じるものの、それだけだ。
一ノ瀬は考える。
何故、奴は攻撃してこない?
わざわざ一ノ瀬を罠にかけ謎の空間に幽閉しておきながら、直接殺そうとするでもなく、ただ"捉えてみろ"と言うだけ。
現状、敵の情報が少なすぎて攻撃手段も目的もわからない。
そこで……
「ごちゃごちゃ考えてもしょうがないか。」
一ノ瀬は刀を両手で握って高く高く振り上げる。
『何をする気?』
「まぁ見てなって!ふん!」
一ノ瀬は思い切り床に向けて刀を振り下ろした。
敷き詰められた畳が一斉に跳ね上がり辺りに残骸が散乱する。
舞い上がったホコリとイ草の中、一ノ瀬は一瞬で男の背後に回り込み背中を斬りつけた。
刀は空を走る、やはり手応えはない。
これまで男は一ノ瀬の周りを、まるで地球の周りを回る月の様に、背面を見せずにくるくると回っていた。
そのことから"無効化できる攻撃は正面限定、若しくは認識した攻撃のみ"と仮定して背後からの攻撃を試みたのだが、どうやらそれは間違っていたようだ。
狐面の男は何事もなかったかのようにくるりと振り向くと
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
と、既にお馴染みとなった文言を吐きながらスッと後ろ向きに動き出した。
そのまま部屋の襖まで下がったかと思うと……
「すり抜けた!? って待て!」
そのまま襖をすり抜けて部屋から出ていってしまった。
流石に予想外の挙動に驚きつつも追い掛ける。
襖を引いて開ける時間も惜しい、一ノ瀬は襖を思い切り蹴って隣の部屋に突入しようとする。
しかし襖に足が振れた瞬間……
『イチノセ!危ない!』
天井から無数の槍が乱雑に突き出される。
突き出された槍が一本だけなら回避できたかもしれないが、二十本近くの槍を至近距離で捌き切るのは至難の業だ。
大小合わせて十三か所、一ノ瀬の体に鈍く銀色に光る槍の切っ先が突き刺さった。
『大丈夫!? 直ぐ治すから待ってて!』
いくつか致命傷もあったかもしれないが関係無い。
イシスが不老不死の力を発動させ一ノ瀬は息を吹き返した。
「ありがとうイシス、助かった。あいつめ、逃げるふりして罠に誘導とかえげつないな。」
一ノ瀬は直ぐに立ち上がる。
天井から突き出ている槍を刀で切り落とし襖を開ける。
隣の部屋は今いる部屋と全く同じ造りになっていた。
天井はあまり高くない。
床は畳らしきもの。
部屋の四方には襖。
部屋を照らすヒトダマ。
そして中央に浮かぶ狐面の男。
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
男は相変わらずだ、一ノ瀬を挑発するだけで直接何かをしてくるわけではない。
一ノ瀬は細心の注意を払いながら隣の部屋に入る。
おそらくこの部屋にも何処かに罠が仕掛けてあって、敵はそこに一ノ瀬を誘導しようとするはずだ。
罠の位置さえわかればだいぶ楽に戦えるのだが……
「多分追いかけたらまた罠があるんだろうな。イシス、今も罠の位置もわからないんだよな?」
一ノ瀬はダメもとでイシスに尋ねる。イシスは
『うん……ぜんぜんわかんない。』
と、申し訳なさそうに答えた。
魔力感知が働かない以上、罠の位置も見抜けないのはしょうがない。
魔力感知なしでこの状況をどう打破しようかと一ノ瀬は思考を巡らせようとするが、イシスの言葉はまだ途中だった。
イシスは続けてこう言った。
『でも敵の使ってる魔法は何となくわかったわよ!』
「本当か!?」
一ノ瀬は驚いた。魔力感知なしでどうやって特定したのだろうか。
一ノ瀬が尋ねるとイシスは得意げに答えた。
『多分、これは幻覚魔法じゃない。ずばり!あいつが使っているのは魔法は幻影魔法よ!』
「ずばりって、フィクション以外で使ってるやつ初めて見たぞ。てか俺は幻影と幻覚の違いもよくわかってないんだけど……詳しく教えて貰ってもいいか?」
『しょーがないわね!いいわ、教えてあげる!』
自分が役に立っていると自覚した瞬間わかりやすく態度が大きくなる。先程までおとなしかったのが嘘みたいだ。
『幻覚魔法と幻影魔法の違いは簡単よ。存在しないものを存在しているように見せるのが幻覚魔法で、存在するものを別のものに見せるのが幻影魔法。』
ふむふむ、なるほど。と一ノ瀬は頷く。
おそらくVRとプロジェクションマッピングの違いのようなものなのだろう。
VRはデバイスを装着すれば何でも映し出せるのに対して、プロジェクションマッピングは映像を投射する為の立体物が必要になる。
「でも何で幻影ってわかるんだ?あの男は触ろうとしても触れないし、どっちかっていうと幻覚魔法を使ってそうじゃないか?」
一ノ瀬は当然の疑問をぶつけた。
触れようとしても触れられない、それこそVRの世界の物に触れることができないように。
これは実体がないところに幻を映し出しているからこそ起こる現象ではないのか?
いまいち納得できない一ノ瀬にイシスは説明する。
『わたしも最初は幻覚魔法の方だと思っていたんだけど、今ははっきり言えるわ。これは幻影よ。だってそうじゃないとさっきの傷に説明がつかないもの。』
「さっきの傷?槍で串刺しにされた時のことか?」
『そう、さっきの傷は刃物で刺されたにしてはやけに傷口がぐちゃぐちゃで汚かったのよね。どちらかと言うと低層の亜人モンスターが使う木の槍で刺されたみたいな感じかしら?多分寄せ集めの木の槍を幻影魔法で金属の槍に上書きしてるんだと思うの。』
普段から一ノ瀬の傷を治しているイシスならではの意見に一ノ瀬は納得しかけるが……
「でもじゃああの男に触れないことはどう説明するんだ? 幻影魔法で見た目の上書きをしてるだけなら捕まえることはできるはずだろ?」
結局あの狐面の男に触れられないことの説明にはなっていない。
しかしその部分についてもイシスは回答を用意しているようで
『ふっふっふ、まぁ普通じゃそう思うかもね。でも元々触ろうとしても触れないも幻影魔法をかければ捕まえられない幻影が生まれるとは思わない?』
ここまで言えば後はわかるでしょ?とでも言うようにイシスは得意げに話したが……
「触ろうとしても触れないもの……?」
一ノ瀬は頭をひねる。
イシスが何を言わんとしているのかわからない。
なぞなぞの類は昔から苦手だった。
なかなか答えに辿り着かない一ノ瀬にしびれを切らせたイシスが口を開いた。
『もう、察しが悪いわね!ヒトダマよ、ヒトダマ!その辺にぷかぷか浮いてるでしょ!?』
イシスに言われてハッとした。
この部屋の雰囲気が妖怪屋敷っぽいこともあっていつの間にか馴染んでしまっていたヒトダマ。
冷静に考えれば違和感の塊だ。
『ヒトダマはモンスターの中でもかなり特殊で体が魔力だけで構成されてるの。魔力のこもってない攻撃はすべてすり抜ける、あの男はヒトダマに幻影魔法をかけて出来上がってるのよ。』
「なるほどな、でも種がわかっても結局触れられないんじゃどうしようもないぞ。」
触れない理由がわかったからといって、それが打開の一手につながるとは限らない。
手詰まりなことに変わりはない、と一ノ瀬は思った。
しかしイシスはそのあたりにも詳しいようだった。
『大丈夫よ。ヒトダマは直接攻撃には強いけど魔力をこめた攻撃には弱いの。攻撃に魔力を込めれば簡単に倒せるはずよ。』
なるほど、物理に強い敵は魔力に弱い。
ゲームではよくあるパターンだ。
「魔力をこめた攻撃って俺にも出来るのか?」
当然、一ノ瀬の力だけでは攻撃に魔力を纏わせることは出来ない。
一ノ瀬はイシスに尋ねた。
『簡単よ!今までは魔力を完璧に制御していたけど今回はあえて制御を甘くして魔力を漏らす、そうすれば刀に魔力を纏わせることができるわ。ほら見て!』
イシスに言われて刀を見る。
刀から微かに白い霧の様なものが出始めた。
おそらくこれが刀から漏らした魔力なのだろう。
魔力を漏らした代償か、肉体強化魔法の出力は落ちていた。
若干刀の重みが増した気がするが、それでヒトダマを斬れるようになるならこのくらいのデメリットなど大歓迎だ。
「なるほど、魔法に関してはやっぱり頼りになるな。」
一ノ瀬は素直にイシスをほめた。
『ふふん!でしょ!?』
イシスは得意げにそう言った。
魔力感知が出来ずおとなしくなっていたイシスはもうどこにもいなかった。
イシスは元気が過ぎると騒がしくなる、が元気がないのもそれはそれでやりにくい。
イシスの気分も回復し、この状況を打破する方法も分かった。
一ノ瀬は改めて刀を握り妖怪屋敷の攻略を開始した。
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