ep.21 狐面の男
臼井と別れてから三時間、一ノ瀬とイシスの二人は第四層の道なき道をひたすら歩いていた。
臼井のお陰で空腹問題が解決したので足取りは軽い。
イシスの魔力感知によるガイドに沿って歩いていると……
『やっと着いたわね、あのあたりに第四層から第七層まで一気に行ける隠し通路があるはずよ!』
どうやら目的についたようだ。
辿り着いた場所には小さなお寺の様な建物があった。
「これは……外国人が考えた日本の寺みたいだな。」
瓦の形をした謎の建材によって組み立てられた屋根。
その屋根を支える木製の六角柱。
質素だが上品な細工の施された扉。
三つ目の龍の様な石像。
細かく観察するとダンジョンの外で見られる一般的なお寺とはまったく別物だとわかる。
しかしその建物には"和"を感じさせる何かが確かにあった。
「とりあえず、中に入ってみるか。」
一ノ瀬は扉に近づき中に足を踏み入れる。
中は薄暗く埃っぽかった。
床には木製の板が張られており、一歩踏み出すたびにギィギィと音がする。
たいして広くもない部屋を進んでゆく。
奥にはもう一つ、ボロボロで所々穴も空いている扉があった。
扉を見た瞬間、一ノ瀬は全身の毛が逆立つ様な、まるで初めてゴーレムと対面した時と同じレベルの威圧感を感じた。
東京生まれで人生の大半をコンクリートに囲まれて育った一ノ瀬の、辛うじて残された野生の本能は警告していた。
この扉の先には行くな、と。
しかし一ノ瀬はその直感に逆らって扉の取手に手をかける。
今の一ノ瀬は不老不死なのだ。
例えどんな罠が仕掛けられていたとしても臆する必要はない。
「開けるぞ。」
少し緊張しながら、一ノ瀬は扉を引いて中に入……
『きゃぁあ!』
「なんだ!? 罠か!?」
一ノ瀬が扉を引いた瞬間、中から青く薄い光が溢れ出した。
光はあっという間に一ノ瀬を包み込む。
あまりにも眩い光に一ノ瀬は思わず目を閉じ、光に背を向ける。
時間にして十秒ほどだろうか、光は徐々に収まりついには完全に消え去った。そして……
「ここはどこだ?」
一ノ瀬は見知らぬ部屋の中に立っていた。
先程までいた狭い寺の中とはまったく違う場所だ。
先程までとは違い、床には綺麗な畳が三十畳ほど敷き詰められている。
天井はあまり高くない、全力でジャンプすれば手が届きそうだ。
部屋の四方は煌びやかな襖で仕切られている。
部屋の中には一ノ瀬を包んだ謎の光と同じ、薄く青い光を放つヒトダマがぽつりぽつりと浮いており、部屋全体を怪しく照らしていた。
「こりゃ完全に和式の幽霊屋敷だな。」
一ノ瀬はやっと自分が罠にかかったのだと気付いた。
そして先程感じた嫌な感覚の正体はこれか、と理解した。
ダンジョンでは探索者が急に消えることがあると言う。
探索から帰ってこないとか、最近顔を見なくなった、と言う意味ではなくついさっき話していた相手が目の前から忽然と消えることがあるのだ。
それらはすべて転移系の罠で未だに生還者は確認されていないと、まだイシスやイヴに出会う前、ギルドに登録する際に貰った新人用マニュアルにはそう書いてあった。
もし、一ノ瀬もその罠に掛かってしまったと仮定するなら状況はかなり不味いのかもしれない。
と言うか……
「イシス、魔力感知があればどんな罠も看破できるんじゃないのか?」
一ノ瀬はイシスに尋ねる。
イシスはこれまで何度も罠を見抜いて忠告してくれた。
それなのにどうして今回は罠があるとわからなかったのだろうか。
『うっ、それは……痛いところをついてくるわね。』
イシスは少し気まずそうだ。まるでテストで悪い点を取ったことを咎められている子供の様だ。
「別に怒ってるわけじゃないぞ? 何か理由があるのか?」
一ノ瀬はそう言ってイシスが話しやすくなるように尋ねた。
怒られないとわかったからか、イシスは話しだした。
『えーとね、実はさっきから魔力感知が上手く出来なくなってるの。』
「感知ができない?イシス、それは具体的にどのタイミングからだ?」
『うーんと、多分さっきの建物の中に入ったあたりから? 魔力の輪郭がぼやける感じというか……、イチノセにもわかるように言うと、音が反響しすぎて何の音が何処から聞こえてるかわからなくなっちゃう感じかしら。』
イシスは少ししおらしくなっていた。自分が役に立たなかったことを気にしているようだ。
「ふーむ、それなら魔力感知で罠を見抜けなかったのもしょうがないか……。あんま気にすんな。」
一ノ瀬は軽くフォローを入れ、改めて部屋の中を見渡す。
部屋に特筆すべき変化はない。
天井はあまり高くないまま。
地面も畳らしきもののまま。
部屋の四方には襖。
部屋を照らすヒトダマ。
「しかしヒトダマなんて初めて見たな。これって触っても熱くないのかな?」
『触れないわよ。ヒトダマって……イチノセ!誰かいる!』
「こいつ……いつの間に!?」
間違いなく先程まで誰もいなかった場所に狐の様なお面を被った謎の人物が立っていた。
彼の体系が中性的であることに加え、巫女と神主の装束を雑に混ぜたような格好のせいで正確な性別がわからない、が恐らくは男だろう。
足の開き方や手の置き方、全体的な立ち姿がどちらかと言うと男らしい気がする。
一ノ瀬はすぐに臨戦態勢に入った。
「イシス、魔法の準備を頼む。」
『わかってるわ。』
一ノ瀬は腰の刀に手をかけながら男に尋ねる。
「おい、お前は敵か?味方か?」
「…………。」
男からの返答はない、が男はゆっくりとこちらを見た。
殺気、とまではいかないが明らかに敵意を感じる。
一ノ瀬は刀を完全に引き抜きもう一度尋ねた。
「 お前は敵か?味方か? 答えろ!」
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
「どういう意味…………っておい!」
狐面の男は地面からほんの少し浮き上がった。
そしてそのまま、まるで氷上のフィギュアスケート選手の様な美しい足取りで一ノ瀬の周りをぐるりと周る。
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
「…………ここを去りたくば、私の姿を捉えてみろ。」
同じ言葉を何度も繰り替えす。
「イシス、あいつは何がしたいんだ?」
『わかんない!でも捉えてみろって言ってるんだし捕まえちゃえば?』
「まぁ、それもそうだな。いくぞ!」
一ノ瀬の掛け声に合わせてイシスは肉体強化魔法を発動させる。
刀が白くなった瞬間、一ノ瀬は右足に渾身の力を込めて爆発的に加速した。
一ノ瀬に蹴られた畳はその圧倒的な脚力によって爆ぜ、ぽっかりと空いた穴からはチリチリと煙が上がっている。
「…………ここを去りたくば」
「お前を捉えればいいんだろ!?」
一ノ瀬は一瞬で狐面の男に詰め寄り、ひらひらとした長い袖をつかもうとする…………が
袖に向かって伸ばした指は何にも触れることはなかった。
間合いを間違えたわけではない。
不規則にたなびく袖を掴み損ねたわけでもない。
まるで霧に投射された映像のように、
宙に浮いたホログラムのように、
狐面の男には実体がなかった。
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