ep.24イシス
特別なステージで敵とエンカウント、敵を倒したら元の場所に戻る。
ゲームだと珍しくもないあるあるの展開だが、現実はそう甘くないらしい。
冷静に考えてみれば当然のことだ。
相手に危害を加えるために設置したであろう転移系の罠に、わざわざ帰還機能を付ける者などいない。
そんな機能は罠の設置者がよぽっど正々堂々とした性格の時にしか実装されない。
そして、正々堂々としたものはそもそも罠を仕掛けない。
一ノ瀬は依然として妖怪屋敷に取り残されていた。
この妖怪屋敷は同じつくりの部屋が襖を挟んでいくつも並んでいる。
それはもう、うんざりするほど大量に。
手当たり次第に部屋を移動していればいつかは外に出れるだろうが、先が見えない移動はやはり気が滅入る。
「でもしょうがないか。」
一ノ瀬は面倒くさいと思いながら適当な方向を選び進もうする。すると
『どこに向かってるのよ?出口は反対方向よ?』
イシスが不思議そうにそう言った。
そういえば……
「そうか!モンスターを倒したから魔力感知も復活してるんだ!」
完全に忘れていた。
もうイシスの魔力感知を阻害していたモンスターはいないのだから簡単に元の場所までの道のりがわかるのだ。
これで勘を頼りにこの妖怪屋敷を彷徨わないで済む。
一ノ瀬は今までで一番、魔力感知のありがたみを感じた。
「よし、じゃあさっさとこの妖怪屋敷から脱出するぞ。イシス、案内頼めるか?」
『いいわよ、でもちょっと待ってね!ええと、髪はお姉さまと同じ色で……でも短くして、身長はちょっと低めで……。』
「うん?」
ブツブツと何かつぶやいている。
イシスは何やら考え込んでいるようだ。
『よし、準備完了!イチノセ、びっくりするもの見せてあげる!洗脳魔法!』
考え込んだと思ったら今度は急に魔法を使いだした。
鞘に収まった刀から青い光が漏れる。
直後、近くにいたヒトダマが一つ、ふわふわとゆっくり近づいてきた。
どうやらこのヒトダマに洗脳魔法をかけたようだ。
唐突な展開に一ノ瀬は驚いて
「お、おい急にどうしたんだ?」
と言ったがイシスはお構いなしに魔法を続ける。
『お次は幻影魔法!』
イシスは洗脳魔法をかけたヒトダマに幻影魔法をかける。
ヒトダマの輪郭がぼやけ内部から青白い光が溢れ出す。
眩しくてつい瞬きをした瞬間……なんとも可愛いらしい少女が目の前に現れた。
「イシス、それって!そんなことが出来るのか!?」
想像もしていなかったことに、一ノ瀬は大きく口を開けて驚いた。
イシスは幻影魔法を駆使して自分の体を作り出していたのだ。
「どう? お姉さまの妹っぽく見えるかしら?」
イヴ同じ、雪のように白い肌、半透明な銀髪と紫の瞳。
もちろんまったく同じというわけではない。
髪はちょうど肩にかかるくらいのセミロング、背中の半分あたりまで髪が届いていたイヴと比べると随分短い。
身長もイヴより低い。イヴは一ノ瀬の目の高さまで背が届いていたのに対して、イシスは一ノ瀬の胸より少し高いくらいの背しかない。
ただ、最もイヴと違うところはそのどちらでもない。
「うーん、白い服もかわいいけど……もう少し色があった方がいいかな?あ、この色かわいい!」
イシスは幻影魔法を駆使して自分の服装をアレンジしている。
うまくいったり、いかなかったり、服装とともに表情がコロコロと変わってゆく。
これがイヴとの一番の違いだ。
表情が柔らかくて無邪気なのだ。
イヴは確かに美人だった。
美人ではあったのだが、表情から可愛らしさや可憐さは感じられなかった。
常にこちらを値踏みしているようなあの目からは、よく言えば知的、悪く言えば老獪さや狡猾さを感じてしまう瞬間もある。
良くも悪くも大人の顔だ。
しかしイシスはそんな大人の雰囲気を全く感じさせない。
どこにでもいそうな無邪気な女の子、それが一ノ瀬がイシスに対して抱いた率直な印象だった。
しばらくの間、イシスはあーでもないこーでもないと服装をいじっていたがそれもどうやら終わったようだ。
白をベースとしたカラフルなワンピース。
オフショルダーのワンピースはイシスの華奢な肩と鎖骨を隠さない。
桃色の細いリボンは細い腰をきゅっと絞めており、
柔らかな風が吹きスカートが揺れるたびに、膝のあたりが見え隠れする。
靴は少し踵が浮いたサンダルで、重心が上がって見えるせいか軽やかな雰囲気を感じる。
「よし、今日はこれで決まり!どうイチノセ、可愛いでしょ!」
自分自身で考えたお気に入りのお洋服を纏ったイシスはくるりとその場で回って見せ、そして得意げに胸を張った。
たいして胸がないところはイヴと同じだった。
感想を求めるイシスに一ノ瀬が「まぁまぁだな。」と返す。
「まぁまぁ?イチノセって見る目ないのねー、可哀想。」
まぁまぁと言われても、イシスは怒るどころか憐れむ余裕すらあった。
イヴをモデルにした容姿に余程自信があるのだろう。もしくは自分でデザインした服に自信があるのかもしれない。
イシスが不機嫌にならなくて良かった、と一ノ瀬は思った。
本当なら軽く褒めてやるのがいいのだろうが一ノ瀬はそういったことが苦手だった。
病室で三日月と話している時もよくそれで怒られたものだ。
三日月曰く、一ノ瀬はもっと社交性を磨くべきらしい。
「そんなこと言われても性格なんて早々変えられるもんじゃないしなぁ。」
「え、何の話?」
「いや、何でもない。それよりいい加減この妖怪屋敷から脱出するぞ。これ以上この内装を見続けていたらノイローゼになりそうだ。」
「のいろぜ……?またわけのわからないこと言ってる……。」
それからしばらく、二人は魔力感知に従って歩き続けた。
歩き始めてから三十分、一ノ瀬とイシスはやっと妖怪屋敷屋敷から出ることができた。
意外なことに妖怪屋敷は転移系の罠が設置してあったお寺の様な建物のすぐ近くにあるそうだ。
一ノ瀬はイシスの案内に従ってお寺まで戻る。
「そういえば、今更だけど……」
お寺まで歩く間、一ノ瀬はふとイシスの、見た目以外の変化に気付いた。
「脳内でじゃなく、直接話せるようになったんだな。これも幻影魔法のおかげなのか?てっきり見た目しか変えられないと思っていたぞ。」
「一口に幻影魔法って言ってもいろいろなタイプがあるのよ。今使ってるやつは視覚と聴覚……あとやろうと思えば嗅覚も騙せるかも。」
「へー、随分と高性能なんだな。」
一ノ瀬は感心した、と同時に少し不安にもなった。
第4層のモンスターでこの厄介さか、と。
「高度な幻影魔法に魔力感知阻害に洗脳魔法……。本体が弱かったから何とかなったけどこれからはもっと強いモンスターもいるだろうし、先が思いやられるな。」
一ノ瀬は半年以内に42層まで行かねばならず、薬の素材を集め終わったら今度は自分がダンジョンから出るために第100層までいかねばならない。
ダンジョンに入る前は10層くらいまでなら頑張れば経験値がなくても戦えるんじゃないかと思っていた。
しかし第1層では罠にはまり、ゴーレムに襲われ何回も死んだ。
第4層に来る道中ではピョンピョン兎にも十回以上殺された。
第4層でも何度かあの狐型モンスターとの戦闘で致命傷を負っている。
今後さらにモンスターも罠も凶悪になっていくと考えると半年以内に第42層という条件はかなり厳しいものになるかもしれない。
そうなると三日月も……。
嫌な未来予想図が思い浮かんだ。
「なんで急に不安になってるのよ。」
「勝手に心を読むんじゃない。約束しただろうが。」
「ごめん……。なんか暗い顔してたからつい。」
イシスは一ノ瀬の顔を横目で見ながら謝る。
どうやら心配をかけてしまったようだ。
まだ見ぬ脅威を想像して不安を抱いても何かできるわけじゃない。
一ノ瀬は気持ちを切り替える。
「こっちこそ暗い顔してわるかった、別にそんな深刻な悩みとかじゃないんだ。ただ、まだダンジョンも序盤だってのにそれなりに手強いモンスターがいるとなると、もっと上の層はどうなってるんだろうと思ってな。」
「でも……」
一ノ瀬の言葉を受け、イシスは唇に指をあてて考え出した。
「でもたしかに妙なのよね。まだ第4層なのに三つも魔法が使えるモンスターがいるのはちょっと変。第10層くらいまでは魔法系モンスターなんてほとんどいないし、いても単純な魔法が一つ使える程度なんだけど。」
上手く気持ちを切り替えた一ノ瀬と入れ替わりで、今度はイシスが悩み出した。
「上の層から降りてきたって可能性はないのか?」
「絶対ではないけど……ないかなぁ。層と層の間には、その層を守る強いモンスターがいるの。お姉さまは番人モンスターって呼んでたわ。」
「番人モンスター……もしかしてピョンピョン兎もその番人モンスターってやつなのか?」
「あら、理解が速いわね。そうね、ピョンピョン兎は第一層から第四層につながる道を守っていて、第四層までだと一番強いモンスターなの。」
一番強い……肉体強化魔法を吸収するまでは手も足も出なかったのも納得だ。
いくらショートカットのためとはいえ、えげつない道案内をしてくれたものだ。
「そのピョンピョン兎でも使える魔法は肉体強化魔法だけだったでしょ?やっぱり三つも魔法が使えるのはおかしいのよね……。」
あの狐型モンスターの強さに納得がいかないようでイシスは「うーん」と唸っている。
一ノ瀬も一緒になって何故番人モンスターでもないモンスターがあれほど手強かったのか考える。
しかし結論が出るより先に、二人はお寺に戻っていた。
やっと戻ってこれたお寺には……
「なんでまだいるんだ?」
「イチノセ……気を付けて、あいつ幻影じゃない。」
お寺の前には狐面の男がいた。
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