ep.11VSゴーレム

ゴーレムと戦い始めてどのくらいの時間がたっただろうか。


一ノ瀬は逃げ道のない洞窟でゴーレムと死闘を繰り返していた。


死闘、と言っても死にかけているのは一ノ瀬だけだ。


突進、投石、巨大な手から繰り出される張り手、ゴーレムの繰り出す攻撃はどれも簡単に一ノ瀬を死の淵まで追い込む。


一方で戦いの素人である一ノ瀬はまだゴーレムにダメージを与えられていない。


一ノ瀬が死にかける度……



「また、回復した……。これが不老不死の力か?」



一ノ瀬の体は何事もなかったかのように修復される。


圧倒的な劣勢でも闘いが続いているのは偏に"不老不死の力"のおかげだった。


もちろん傷を負った瞬間の痛みは緩和されない。


手加減など一切なく等身大の痛みが全身を襲ってくる。


それはつまり人生で一度あるかないかというレベルの苦痛を短期間で何度も何度も経験しなければならないということであり、常人ならまず間違いなく精神が持たない。


だが一ノ瀬は違った。


ダンジョンの出現によって全てを失い、人生そのものに価値を見いだせなくなり一度は死を考えた。そんな絶望の淵から三日月と出会い再び人生に希望が持てた。


絶望に心が支配されていた過去に比べれば、傷だらけでも希望に向かって前進している今のほうがいい。


物理的な痛みがどれだけ積み重なろうとが、三日月を助けるという希望が霞むことは決してない。


一ノ瀬は百回死のうが千回死のうが歩みを止めるつもりはなかった。


一ノ瀬はゴーレムを注意深く観察する。


片方の足を引いて少し前傾姿勢になる、それが何度も死んで確かめたゴーレムの突進の予備動作だ。


突進中はほとんど進路変更が出来ないのである程度距離を取って予備動作に気を付けていれば避けるのは容易い。


ただしあまりにも早くよけすぎるとゴーレムは減速し方向転換をして追撃してくる。


完全にゴーレムの突進を避けるには早すぎず遅すぎずベストなタイミングで避け始める必要がある。



『衝突まであと三歩、今よ!』



「了解!」



一ノ瀬はゴーレム突進を完璧なタイミングで回避する。


もう十回以上あの突進によって殺されているので、回避のタイミングはこれまで流してきた血と共に文字通り体に染みついている。


突進を回避されたゴーレムはそのまま壁に激突する。


壁には大きなヒビが入り大小の細かい瓦礫が粉塵を巻き上げながら辺りに散乱する。そして……



『投石が来るわ!避けて!』



「分かってる!」



ゴーレムは壁際に散らばった瓦礫をその大きな手で大量に握りしめ、横方向に薙ぎ払うように投げつける。


一つ一つの瓦礫自体はそこまで大きくはないが数が数だ。


一ノ瀬は走って投石範囲から逃れようとするも間に合わない。


足と脇腹に瓦礫を数発喰らってしまい大きな傷を負った。


大量の血が流れる、がものの数秒でその傷は完全に修復される。そして……



『もう、どんくさいわね!突進の後に礫の攻撃が来るのはこれで四回目よ!? 何回死ねば学習するのよ!』



大音量で喚く声。一ノ瀬がダメージを負う度にまるで口うるさい監督のように騒ぎ出す。


これもお決まりのパターンになっていた。



「今のは惜しかっただろうが!というかあの攻撃、範囲が広すぎて完璧に避けるのは無理だ。」



『何よ、たった数回失敗しただけで諦めてんじゃないわよ!頑張りなさいよ!』



「諦めたわけじゃない、やり方を変えるだけだ。」



ゴーレムは再び前傾姿勢を取り突進を始める。もう完全にベストなタイミングを把握した一ノ瀬はその突進を難なく避ける。



『今までと一緒じゃない!これじゃまた礫が……』



「いや、今度は大丈夫だ!」



一ノ瀬は滑り込むように近くにあった岩の陰に身を隠す。


直後、ゴーレムの投石によって大量の瓦礫が辺り一面に飛び散るがそれらはすべて岩に当たり一ノ瀬に当たることはなかった。


4回の失敗を経て岩を遮蔽物として利用することで一ノ瀬は投石攻撃を完全に攻略した。


ゴーレムの攻撃を避け切った一ノ瀬は即座に岩の陰から飛び出しゴーレムに接近する。


そして渾身の力を込めて刀を振り下ろす、が……



ガキィィィン



半透明に煌めく刃はゴーレムの右手に当たったが大きな金属音を鳴らすだけで簡単に弾かれる。


体の表面を少し傷つけただけでダメージはほとんどない。


刀が弾かれた次の瞬間にはゴーレムが一ノ瀬目掛けて拳を振り下ろすが、一ノ瀬はそれを後ろに下がって回避する。



「あっぶねぇ、なんだよこの刀!本来の姿を取り戻した割には全然斬れないじゃねーか!」



『どう考えても狙いどころが悪いだけでしょ!? ゴーレムは低層モンスターの中じゃ最高級に硬いのよ!目か関節を狙って!そうすればあなたの貧弱な攻撃でも十分ダメージを与えられるはずよ!』



「貧弱で悪かったな!」



一ノ瀬は再びゴーレムに近づき刀を振るう。


ゴーレムと戦う上で最も厄介な大きな手を切り落とす為に手首の関節を狙った。


しかし……一ノ瀬の攻撃はゴーレムの腕に当たり先ほどと同様に弾かれた。



『何やってるのよ!下手くそ!』



「うるさい!初めて真剣握った一般人がそうやすやすと狙い通りに刀を振れると……グハァッ!?」



一ノ瀬は素早く繰り出されたゴーレムの反撃を避け切れず、巨大な正拳突きをもろに喰らった。


一ノ瀬は口から血を噴き出して後方の壁まで吹き飛ばされる。


腹の中でいくつかの内蔵が潰れ折れた骨と共にぐちゃぐちゃになって混ざり合う。


そしてそれらの損傷は直ぐに修復される。



『……今のはかなり痛そうだったわね、大丈夫?』



「大丈夫じゃない……今までで一番痛かった。次からは絶対に避ける。」



一ノ瀬は懲りずにゴーレムに向かって走り出す。


そしてその度に反撃を受ける。


殴られ、蹴られ、投げられ、潰され、捻じられ、砕かれる。


これだけのパターンの死に方があるのだ、感じる痛みもバリエーションに富んでいて最悪だ。


何度死んでも痛みに慣れることはない。


それでも何度でも一ノ瀬は立ち上がり刀を振るった。


少しずつゴーレムの動きを学び、刀の扱いを憶えながら戦う。


気付けば初めは全く反応できなかったゴーレムの攻撃のほとんどは既に対策済みの攻撃と化し、全く通らなかった一ノ瀬の斬撃も徐々に狙った場所に命中するようになっていた。



『あーもう惜しい!もうちょっとだったのに!』



「最後の最後で目からビームは反則だ!でも大丈夫だ、次で決める。」



全身に負った重度の火傷が癒えるや否や一ノ瀬は最後になるであろう攻撃を仕掛ける。


これまでの幾重にもわたる攻防によって少しずつ、だが着実にダメージは蓄積していた。


何度も一ノ瀬を屠ってきた巨大な両腕はダランと地面に垂れ動かない。


左足も同様にダメージを受けており四肢の中で唯一無事な右足だけではゴーレムの巨体を動かすことは出来ない。


無様に膝を着くゴーレムに残された攻撃手段は先程一ノ瀬を焼き殺した目から放出される赤い光線だけだ。


一ノ瀬はゴーレムの視線に最大限の注意を払って接近し、ゴーレムから発射される光線を完璧に避け……



「これで終わりだ。」



バスケットボールサイズの眼球に刀を深く突き刺した。


人間でいうところの脳がゴーレムにもあるが分からない、だが脳がある場所に攻撃を受けたくないのはゴーレムも同じらしい。


ゴーレムは崩れるように地面に倒れた。



実に二十八回にも及ぶ死闘の末、一ノ瀬 宗真は勝利した。

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