ep.15ボス③
傷一つ付けられない敵を倒すためには、敵に傷を付けなければならない。
この大いなる矛盾の前に、一ノ瀬は無課金で遊んでいたソシャゲにいた理不尽なラスボスのことを思い出していた。
ラスボスを倒すには最強の武器が必要だが、最強武器の素材はラスボスを倒さないと手に入らない。
そんな無課金には厳しすぎる仕様に当時の一ノ瀬は憤慨していたが今ではそれもかわいく見える。
ゲーム内では最強武器の素材を課金で手に入れることが出来たが、ダンジョンの中ではそんな資本主義的なシステムはない。
本人の意思に関係なく無課金プレイヤーとして攻略に挑まねばならず、致命的な矛盾を背負った攻略法しかないとしても戦わないといけないのだ。
「イシス、あいつの体に傷を付けられそうないい考えはないか?」
一ノ瀬はイシスに尋ねた。
イシスなら一ノ瀬の知らないピョンピョン兎の弱点について何か知っているかもしれないと思ったからだ。しかし……
『うーん、毛皮がないところを狙えばかすり傷くらいは与えられると思うけど……兎には肉球がないから毛皮のないところなんてほとんどないし、目を狙うって方法もあるけど目をつむられたら簡単に防がれるし……わかんない!』
やはり都合よく突破口が見つかったりはしないようだ。
『でもなんか戦ってたら何か思いつくわよ!頑張れ!行け!』
イシスが喚く。
実際に傷つくのは一ノ瀬だというのに気楽なものだ、と思ったが実際のところピョンピョン兎とはまだ一度しか交戦していない。
何度か戦ううちに今はまだ気づけていない弱点を見つけられるかもしれない。
現状、圧倒的に戦闘能力で劣るこちらの唯一のアドバンテージは何度でも死ねること。
何度倒されようが攻略の糸口を見つけるまで戦う、それが無力な一ノ瀬にできる唯一の戦い方だ。
「弱音を吐くにはまだ早いか、行くぞ!」
一ノ瀬は部屋の中央にいる兎目掛けて走り出す。
先程よりも長く助走をつけてピョンピョン兎を斬りつける、がやはり相手にとっては避けるまでもない攻撃のようだ。
一ノ瀬の刀が当たることなどお構いなしで蹴りを繰り出してくる。このまま蹴り飛ばされては一つ前の攻防と何も変わらないままやられてしまう。
だからこそ一ノ瀬は蹴りが繰り出された瞬間、限界まで体を低くしピョンピョン兎の蹴り足の下に潜り込んだ。そして……
「おりゃ!」
下から上に向かって勢い良く刀を振り上げた。狙いは前足と胴体の付け根、人間で言うなら脇に当たる部分だ。
ゴーレムの時もそうだったが、守りが硬い相手に対しては骨と骨の継ぎ目である関節を狙うのが有効である場合が多い。
かすり傷でもいいから効いてくれと思いながら一ノ瀬は斬撃を当てる、が結果は同じ。
ピョンピョン兎の毛皮と肉は何事もなかったかのように一ノ瀬の攻撃を無効化した。
『惜しい!でもまだまだこれからよ!』
「ああ、わかってる!」
それから一ノ瀬は何度もピョンピョン兎に挑んだ。
頭、顔、胴体、脚、尻尾、いろいろな部位を斬りつけては反撃を避けたり避け損ないながら戦い続ける。
戦闘開始から三十分、一ノ瀬は既に十二回は致命傷を負っていたが、未だにピョンピョン兎は無傷なままだった。
何度も諦めずに突撃していた一ノ瀬も流石に手詰まりでどうすればいいのかわからなくなっていた。
「どうすりゃいいんだ。どこ斬ってもはじき返されるし……イシスあいつの魔力は衰えてないのか?」
『全く衰えてないわ!全然追いつめてないんだから魔力切れは期待出来ないかも?』
「耐久戦狙いも無理か。」
一ノ瀬は考える。
今の一ノ瀬の手札はたった一つ、単純な斬撃のみ。
その手札だけでは体の表面は傷つけられず、魔力切れによるパワーダウンも期待出来ない。
一度でもピョンピョン兎に傷を付けて肉体強化の魔法を模倣することが出来れば活路は見出せそうなのだが……
「もっと色々試すしかないか。」
これまでは"どの部位なら傷つけられるか"という発想で戦ってきた。
しかしどの部位を狙おうが結果は変わらなかった。
ならば根本となる発想そのものを変換して試していく必要がある。
一ノ瀬はピョンピョン兎に今までと同じように斬りかかる。
ピョンピョン兎は一ノ瀬の攻撃を分厚い毛皮で受け止めカウンターで蹴りを放つ。ここまでは今までと同じパターンだ。
今までと違うのはここから、一ノ瀬はこの攻撃を避けるのではなく……
「ここだ!」
避けるのではなく刀の切っ先を突き出して全力で踏ん張る。
例えば、画鋲を踏んだ時に足の裏が傷ついたとして、それは画鋲が途轍もない力を持っていたからだろうか?
もちろん答えは否だ。
画鋲はただ尖った部位を向けているだけで力など微塵も入れていない。
一ノ瀬はこれと同じことをしようとしていた。
自力で突破できない防御ならば相手の力を利用しようと考えたのだ。
ピョンピョン兎の蹴りが飛んでくるところに合わせて刀を構える。
失敗すれば間違いなく致命傷を負う。
ろくな成果も得られず痛い思いをするのは御免だ、一ノ瀬は極限まで集中していた。
そして、その集中のおかげかピョンピョン兎の蹴りは吸い込まれるように刀の切っ先にあたり、刀の先端はピョンピョン兎の脚に食い込み軋んだ音をたてる。
刀越しに伝わってくる途轍もない衝撃。
一ノ瀬は足と腕に限界まで力を込めて吹っ飛ばされないようにこらえる、しかし……
『おしい!あとちょとだったのに!』
一ノ瀬の方は耐えられなかった。
渾身の力を込め踏ん張り続けたところまでは悪くなかったが、先に限界が来たのは一ノ瀬の方だった。
足の骨が砕け踏ん張りがきかなった一ノ瀬は派手に吹き飛ばされる。
再び部屋の壁に激突し、気絶しかけるが……
『ほら、治したわよ。』
イシスが直ぐに不老不死の力を発動させ受けた傷は直ぐに修復される。
一ノ瀬はすぐに立ち上がった。
「ありがとうイシス。くっそー、弱い部分を狙うんじゃなく相手の力を利用するって発想はいいと思うんだけどなー。」
『今までで一番おしかったと思うわよ!大丈夫、何度吹き飛ばされても治してあげるから頑張れ!』
「おう!」
一ノ瀬は立ち上がって刀を握りピョンピョン兎に向かって走り出す。
ピョンピョン兎は一ノ瀬の攻撃を避けるまでもないので一ノ瀬が十分に近づく瞬間を待って蹴りを入れようとするのだが……
「もうお前の蹴りは見切ってんだよ!」
今度は蹴りに合わせてカウンターをせずにただひたすらに避ける。
ピョンピョン兎は即座に次の蹴りを繰り出すが一ノ瀬はそれも避ける。その後も一ノ瀬は反撃をせずにピョンピョン兎の蹴りを避け続ける。
『何してんのよ!避けてるだけじゃ一生勝てないわよ!?』
「いいから見てろ!」
傍から見れば防戦一方の一ノ瀬だが、あくまでカウンター狙いという点は変わっていない。
しかし、普通の蹴りにカウンターを合わせても通用しないことは既に検証済みだ。
ならばさらに勢いのある攻撃を引き出しそこにカウンターを合わせる、それが一ノ瀬の考えだ。
ピョンピョン兎を挑発するようにわざとギリギリで避け続ける。
もう少しで捉えられそうなのに毎回交わされる、ピョンピョン兎は確実にストレスを貯めていた。そして……
「ここだ!」
ピョンピョン兎は遂に蹴りで一ノ瀬を倒すことを諦め、攻撃範囲の広い頭突きに切り替えたようだ。
今までの二足歩行を辞め兎本来の姿、四本の足で勢いをつけ地面を強く蹴り突進を始めた。
この好機を逃すまい、と一ノ瀬は刀の切っ先をピョンピョン兎に向けて狙いを定める。
目標はピョンピョン兎の目、例え目を閉じたとしても薄い瞼ならば突破できる可能性はある。
限界まで気を張りつめピョンピョン兎の動きを見極めて……
「な!? しまった!」
一ノ瀬の作戦は完全に失敗した。
いや、失敗させられた、というべきかもしれない。
ピョンピョン兎は一ノ瀬とぶつかる直前に動きを変え、一ノ瀬に噛みついた。
完全に予想外の攻撃に反射的に対応できるほど、一ノ瀬は経験豊富ではない。
黄ばんだ長い前歯が一ノ瀬の左肩に深く食い込んでいく。
骨まで貫通しているのか左腕がうまく動かせない。
ピョンピョン兎は一ノ瀬の挑発に余程イライラしたのか噛む力を一切緩めず一ノ瀬を地面に何度も叩きつけた。叩きつけられる度に余計に前歯は食い込んでいく。
地獄の様な苦しみの中、一ノ瀬は右手に握った刀だけは絶対に手放さなかった。
一ノ瀬はこれまで何度も死に至るレベルのダメージを受け、その度襲い来る激しい痛みに耐えてきた。
何度経験しようが痛みに慣れることはない、実際噛みつかれている今だって痛くて痛くてそれだけで死んでしまいそうだ。
それでも、何度も死と隣り合わせの痛みを乗り越えてきた経験だけは誰にも負けない。
一ノ瀬は激痛の中でも冷静な判断が下せるようになっていた。
「見落としてたけどさぁ、口の中って毛ぇ生えてないよな!」
一ノ瀬は血だらけの視界でピョンピョン兎の口の中に標準を定め、刀を突っ込んだ。
"どの部位なら傷つけられるか"という発想を捨て別の攻略法を探した結果、逆に傷つけられる部位を発見したのだ。
一ノ瀬は口の中に突っ込んだ刀を滅茶苦茶にかき回しピョンピョン兎の口内を傷つけた。
急に口内に刃物を突っ込まれて驚いたのかピョンピョン兎は一ノ瀬を投げ飛ばし噛むのを辞めた。
「いててて、全く乱暴な奴だ。人をポンポンと投げ飛ばしやがって。でも取ったぜ、お前の血。」
一ノ瀬は刀に突いた血を満足げにみる。
血は一滴も地面に地面に垂れることはなく全て半透明な刀の刀身に浸透する様に吸収された。
『一ノ瀬、よくやったわ!あの状況から反撃するなんてやるじゃない!』
そう言いながらイシスは一ノ瀬を治した。
「イシス、 これであいつが使っている肉体強化の魔法は吸収できたのか?」
一ノ瀬は魔法に関する才能がないので魔法が吸収できたのかを把握できない。
もし血の吸収量が足りないと言われたらどうしよう、と一ノ瀬は考えたがどうやらその心配はいらないようだ。
『完璧に吸収できたわ。見なさい、半透明だった刀の色が白くなってるでしょ? 』
一ノ瀬が刀を見ると刃が雪のように真っ白に染まっていた。
『これが吸収できた証よ。この刀は吸収した魔法に応じてその色を変えるの。』
「なるほど、わかりやすくていいや。じゃあこっから……」
完全に回復した一ノ瀬は立ち上がって白い刀をピョンピョン兎に向け言い放った。
「反撃開始だ!」
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