ep.16ボス④
「さてと、肉体強化魔法の試運転に付き合ってもらうぜ!」
『あ、ちょっと待……!』
白い刃と共に一ノ瀬は走る、心なしか体が軽くなった気がする。
少し前までこちらのことをなめ腐っていたピョンピョン兎は口の中を刀で切られ大層ご立腹だ。
攻撃をただ待つのではなく、一ノ瀬に向かって走り出す。
互いの速度が最大になった刹那、両者は激突し……一ノ瀬はあっけなく吹き飛ばされた。
今までで一番勢い良く壁に叩きつけられた一ノ瀬は気を失いかけるも直ぐに体が修復され意識も元通りとなる。
「ふっふっふ、肉体強化魔法使ったってのにこんだけやられるって事はあいつも遂に本気ってわけ……」
『ばか!ちょっと待てって言ったのに突っ込むからこうなるのよ!あんたまだ生身なのよ!?』
「あれ? 刀が白くなったってことは魔法が使えるようになったってことじゃないのか?」
一ノ瀬は困惑した。
『使える状態にはなったわよ。でもさっきも言ったけどあなたには魔法の才能が無いから魔法を発動させられないの。』
「なんだって? それじゃ苦労して魔法を吸収したのに使えないってことか?」
『あのねぇ、毎度毎度あなたが死ぬたびに不老不死の力を発動させてるのは誰だと思っているの?お姉さまがわたしをあなたの中に潜り込ませた理由はただ道案内のためだけじゃない、あなたが魔法を使えるようにするためでもあるの!』
イシスはそう言うと刀を発光させる。
直後、一ノ瀬は全身に力が漲るのを感じた。
その場で軽くジャンプすると重力が半減したのかと思うほどに高く飛べた。
次に片手で刀を振ってみると今迄の倍以上の速度で刀は空を切り裂き風が巻き起こる。
「これが肉体強化魔法……さっきと全然違う。何だか負ける気がしないな。」
『当然よ、誰が魔法をかけていると思っているの? あなたの体が耐えられる限界まで強度を高めて肉体を強化してあるから思いっきり行きなさい!」
「おう!」
一ノ瀬はピョンピョン兎に向かって走る。
これまでの速度が乗用車なら今はスポーツカー、段違いの馬力だ。
ピョンピョン兎もこれまでとは一線を画した一ノ瀬を警戒したのか初めて距離を取ろうと後ろに下がるが……
「遅い!」
一ノ瀬はさらに強く地面を蹴って加速する。
地面にヒビが入るほど強い踏み込みが生み出した推進力によって、一ノ瀬は一瞬でピョンピョン兎に迫る。
ピョンピョン兎は一ノ瀬を迎撃すべく蹴りを放つ、しかし所詮は肉体が強化される前でも何とか避けられた攻撃だ。
肉体強化魔法を受けた今の一ノ瀬に通用するはずもなく、一ノ瀬は最低限の動きで蹴りを避けつつピョンピョン兎の懐に入り込み……
「そりゃ!」
一ノ瀬は渾身の力を込めてピョンピョン兎の胸元を斬りつける。
何度も何度も一ノ瀬の攻撃を無効化してきた分厚い毛皮が、ただの布切れ同様に切り裂かれ、そこから大量の鮮血が飛沫をあげる。
ピョンピョン兎は甲高い声で鳴き苦悶の表情を浮かべた。
間違いなく攻撃が効いている、そう考えた一ノ瀬は更にダメージを与えるべく下から上へと刀を切り返しもう一撃、見舞おうとする。
しかしピョンピョン兎はもうこれ以上攻撃を受けるわけにはいかないと、全力で後ろに跳びはねた。
結果、追撃は避けられてしまったものの、一ノ瀬はかなりの手応えを感じた。
これならあれだけ苦戦させられた目の前の相手を簡単に屠れそうだ。
深い手傷を負ったピョンピョン兎は既に一ノ瀬の間合いの外まで退避しているが、今の一ノ瀬なら直ぐにもう一度接近できる。
一ノ瀬は再びピョンピョン兎に向かって駆け出そうとするが……
「何だか様子がおかしくないか?」
ピョンピョン兎の様子に違和感を感じて立ち止まる。
ピョンピョン兎の呼吸はどんどん荒くなりみるみるうちに目が充血していく。
雪のように真っ白だった毛並みも少し赤みがかった気がする。
その姿を見たイシスが説明する。
『魔法を暴走させているのよ。肉体への負担を度外視した魔法の運用、魔法が使えるモンスターが追い詰められた時に見せる最後の手段よ。』
イシスの説明通りピョンピョン兎から発される圧はどんどん強くなってゆく。
「なるほどな、所謂奥の手ってやつか。」
一ノ瀬は気を引き締めて刀を強く握りなおす。
そして強く地面を蹴って走り出す。
まるで示し合わせたかのように同じタイミングでピョンピョン兎も動き出した。
両者は部屋の中央で激しくぶつかる。
ピョンピョン兎の前歯と一ノ瀬の刀は火花を散らしながら鍔迫り合いをする。
どちらも渾身の力を込めて相手の武器をへし折ろうとするが形成は完全に互角。
このままではいつまで経っても決着はつかないと悟り一度鍔迫り合いを解く、次の瞬間には乱打戦が展開された。
ピョンピョン兎は先程までとは速さも威力も段違いの蹴りを連続で繰り出し、一ノ瀬もその猛攻をさばきながら負けじと刀を振る。
限界を超えて強化されたピョンピョン兎の毛皮はありえないほどに硬く、どれだけ力を込めて刀を振ってもかすり傷をいくつか増やすばかりで大きな傷は与えられない。
ただかすり傷でも傷は傷、確実にダメージは蓄積されると信じて一ノ瀬は戦う。
お互い一歩も引かない近接戦は数分近く続く、が突如として均衡が破れる瞬間が訪れる。
ピョンピョン兎の肉体に限界が来たのだ。
ピョンピョン兎の蹴りはどんどんキレを失い始め、それに反比例するかのように毛皮は柔らかくなり一ノ瀬の斬撃は深いところまで届くようになる。
不利を悟ったピョンピョン兎が後ろに下がろうとしたのを一ノ瀬は見逃さなかった。ピョンピョン兎が下がるよりも速く一ノ瀬は前に出る、そして……
「これで終わりだ!」
心臓に刀を突き刺した。確実に仕留めた、そう確信した一ノ瀬はたっぷり根元まで深々と刺さった刀を引き抜く。
傷口から大量の血を流しながらピョンピョン兎は暴れ狂うが段々とおとなしくなり最後には力尽きて動かなくなった。
最初は真っ白だったピョンピョン兎も気づけば血で真っ赤に染まっていた。
『やった……のよね?』
ピョンピョン兎の死体を見ながらイシスがつぶやく。
「おいおい、わかりやすくフラグを立てるんじゃない。これで復活したらどうするんだ。」
『ふらぐ……? あなた達の世界の蘇生魔法か何かのこと?』
「まぁそんなもんだ。」
蘇生魔法のパターンもあれば、場合によっちゃ死の魔法になる場合もあるが細かく説明する余力はないので適当に相槌を打つ。
肉体強化魔法はかなり体力を消耗するようだ。
不老不死の力のお陰で疲れはないもののとんでもない空腹が一ノ瀬を襲う。
「このウサギって焼いたら食べられるかな……?」
『残念ながら無理ね、魔法が使えるモンスターは食べられないわ。ほら見て!』
イシスに促されるままピョンピョン兎の死体を見ていると死体から煙の様なものが出てきた。
煙はどんどん大きくなってゆき、ピョンピョン兎の体がくずれていく。最後には小さなの灰の山とその中で光輝く白色の宝石が残った。
『魔法が使えるモンスターは体内に魔法を制御するための制御核があるの、その宝石みたいなやつのことね。モンスターは死ぬと制御核だけを残して灰になる、だから食べようと思っても食べられないのよ。』
「よりによってお腹がすいたタイミングでそんなこと知りたくなかった……。」
一ノ瀬は凹んだお腹をさすりながらそう言った。
ピョンピョン兎が灰になってからしばらくすると部屋の出口側のドアが大きな音を立てて動きだす。
ますで勝者を歓迎するかの様に部屋の外からは眩い光が差し込んでいる。
『よくやったわね、第4層は目の前よ!』
「ああ、だがまだ道は半ばだ。ここからすぐにでも第7層のセーフゾーンに向かう。そんで……腹一杯飯を食うぞ!」
そう叫ぶと一ノ瀬は出口に向かって歩き出した。
念の為ピョンピョン兎の制御核も拾っておく。もしかしたら第7層のセーフゾーンで買い取ってくれる商人がいるかもしれない。
ダンジョンに入ってからたったの二日で一ノ瀬は第1層から第3層までを飛ばして第4層に到達した。
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