ep.7脱出不能
目を覚ますとそこは見覚えのある第一階層のサビタナ洞窟の中だった。
一ノ瀬はゆっくりと記憶を取り戻す。
罠にはまって地下まで落ちて、運良く魔法で治療されたはいいものの、不老不死を名乗る少女に第100層を目指せと言われて……。
振り返ってみても現実味のない夢のような話だが、一ノ瀬は頬っぺたをつねるまでもなく現実だと理解していた。
何故ならばすぐ近くには大量のモンスターの死体と、爪に付いた返り血をペロペロと舐めているホワイトタイガーのような獣がいたからだ。
あの獣には見覚えがある、イヴが飼いならしていた獣だ。
バラバラになって倒れているモンスターは原型は留めていないものの、恐らくは一ノ瀬がやっとの思いでやり過ごしていたあの半人半蟲のモンスターだろう。
「確か……ミシャだったか?俺が目を覚ますまで守ってくれていたのか?」
と一ノ瀬が聞くと、ミシャは得意げに喉を鳴らした。そして何か棒状のものが入った袋を咥え一ノ瀬の腕に押し付けた。
「受け取れってことか?これは一体……」
一ノ瀬は受け取って直ぐに袋の中身を確かめる。
中にはボロボロの鞘と刀が入っていた。鞘から刀を引き抜くとやはりボロボロで刀身は錆だらけだ。
「もしかして力を与えるってこれのことか?あのイヴとかいうやつ、こんな刀でどうやって100層まで行けっていうんだ!」
一ノ瀬は刀を地面に叩きつけようとした。
しかしミシャが吠えたので手を放す直前で一ノ瀬は投げるのを辞めた。どうやら主人の悪口は許さないらしい、賢い獣だ。
一ノ瀬はしょうがなく刀を腰に装備する。装備する際にはなるべく丁重に扱って見えるように最新の注意を払った。
一連の動作をみて満足したのかミシャは満足そうに再び喉を鳴らす。
そして胴体に付いている大きな翼を広げて直ぐ近くにあった落とし穴に飛び込んだ。恐らくはこれが一ノ瀬を瀕死にした落とし穴で地下層まで繋がっているのだろう。
飛んでいるところを見るに一ノ瀬が眠っている間に第1層まで連れて来てくれたのもミシャで間違いないだろう。
「どのくらい眠っていたんだろう、とにかく一度外に出たいな。」
手元に時間が確認できるツールがないので外の時間が全く分からない。
今が何時かは分からないが間違いなくダンジョンに入って半日以上は経過しているだろう。
一ノ瀬はサビタナ洞窟の出口に向かって歩き始めた。
イヴの治療のお陰か、あれだけいろいろなことがあったのにも関わらず一ノ瀬は疲労を全く感じていなかった。
落とし穴から出口までの距離は想像以上に近く直ぐに外に洞窟の外に出ることができた。
後はセーフゾーンから水中洞窟ゲートを泳いで帰るだけ。行きと違い帰りは楽だろう、なにせほとんどの装備を失っていて持ち物と言えばボロボロの刀のみなのだから。
散々だった初探索もこれで終了だ。
「ホントにいろいろ酷い目にあったな……帰るか。」
一ノ瀬はセーフゾーンから水の中に入りある程度深くなってきたところで潜る。
そしてそのまま外につながる誘導灯を頼りに水の中を泳ぐ、だが……
「!?」
水中で何か硬いものにぶつかった。
一ノ瀬は驚いて口から大量の泡を吹いてしまった。
何にぶつかったのか、一ノ瀬は目を凝らして辺りを確認するが何も見えない。
水中は薄暗いとは言え誘導灯もあるので何も見えないわけじゃない、それなのにも関わらずぶつかったものの正体は見つからなかった。
何にぶつかったのか、とても気になるところではあるがこれ以上水中に長居はできない。単純に息が続かない。
一ノ瀬は一度疑問を棚に上げて外に向かって泳ごうとするが……
「?」
やはり硬い何かにぶつかって前に進めない。
一ノ瀬は、今度は手を伸ばしてぶつかったものの正体を探ろうとする。すると指の先がその何かを捉えた。
壁だ、一ノ瀬の前には透明な壁があった。
一ノ瀬は全力で、とはいっても水中なのでだいぶ威力は落ちるがそれでも全力で壁を蹴りつける。
しかし壁は微動だにせず一ノ瀬の行く手を阻んだままだった。
この壁が何なのかは解らなかったがもうそろそろ息が限界に近い、一ノ瀬は引き返して再びダンジョンに戻ることに決めた。
しかし一ノ瀬が水中でターンしようとしたその瞬間、ダンジョンの外から泳いできたであろう別の探索者が現れた。
運がいい、と一ノ瀬は思った。
この壁のことを外のギルド職員に伝えてもらえば何か対策を講じてくれるはずだ、と考えたからだ。
ダンジョンのゲートで起こった事故の責任は全てそのまま、ゲートを管理しているギルドの責任になる。
いくら適当なギルドといえどゲートに起こった問題の解消には力を入れて取り組まざるを得ない。
一ノ瀬は水中の透明な壁を叩きジェスチャーを用いて反対側にいる探索者に壁のことを伝えようとした。しかし……
外から来た探索者は一ノ瀬を不思議な目で見ながらそのまま壁を素通りしてダンジョンの中まで泳いでいった。
一ノ瀬には何が起こったのか全く理解できなかった。
今この瞬間も一ノ瀬は壁に触れており、外から来た探索者が素通りした瞬間も触れていた。
だからこそわかる、壁は一瞬たりとも消えたりはしていない。
一ノ瀬は困惑した、がもう既に限界まで息を止めていたので急いでダンジョンの内部に戻った。
「ハァッハァッ、どういうことだ?なんであの探索者は壁を素通りできたんだ?」
一度完全に水から上がり呼吸を整える。
その間何人かの探索者が水中洞窟ゲートを行き来していたが誰一人として引き返してくるものはいなかった。
「まさか……あの探索者だけが壁を素通りしたわけじゃない?むしろ反対、俺だけがあの壁に阻まれているのか?」
一ノ瀬は自らが導き出した結論は間違っていない気がした。
何故ならば思い出したからだ。地下層で眠りにつく前に聞いたイヴの言葉を……
"目が覚めた後、ダンジョンコアを破壊するまでお主はこの契約の為に全力を尽くすのじゃ"
全力を尽くすとはどういう意味だ?
何時間以上ダンジョンを探索すればイヴの言う全力に該当する?
一般的な労働時間である八時間か、一日の半分である十二時間か、それとも文字通りの全力、二十四時間?
イヴの横暴な性格から察するにどれも違う。
答えは第100層にあるダンジョンコアを破壊するまでの全ての瞬間、契約の為に尽くすことがイヴの言う全力だ。
ならば一ノ瀬だけを通さないあの透明な壁はおそらく……一ノ瀬だけを阻む結界。
「ダンジョンコアを破壊するまでこのダンジョンから出さないつもりか、あいつ!」
一ノ瀬は第100層まで到達せざるを得なくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます