ep.13ボス①
ゴーレムとの戦闘後、崩落した洞窟から脱出した一ノ瀬とイシスは第1層のセーフゾーンまで戻っていた。
目的のギルドカードは手に入れた。
これを持ってもう一度交渉すればダンジョンの外と物資のやり取りをしてくれる取引相手を探すことができる。
一ノ瀬は以前断られた店にもう一度交渉を持ちかけることにした。
「すいません、ちょっといいですか?」
店主は昨日と変わらず店先で煙草を吸いながらスポーツ新聞を読んでいる。
「うん?お前は……誰かと思えばギルドカードを落としたやろうじゃねえか。ギルドカードをなくした新しい言い訳でも思いついたか?」
店主は笑いながら手を振って帰れという仕草をした。だが今の一ノ瀬は以前とは違う。
「いや違います。ギルドカードを見つけてきたのでもう一度話を聞いてもらえないかと思って。」
そう、今の一ノ瀬にはギルドカードがあるのだ。一ノ瀬の言葉を聞いた店主は
「見つけてきたって?見せてみろ」
と言う。
一ノ瀬はギルドカードを店主に見せた。
店主は受け取ったギルドカードを訝しげに見つめて本物かどうか確認する。
しばらくすると申し訳なさそうな顔でこちらを見て謝った。
「お前、本当にギルドカードを持ってたんだな。いや、この前は疑っちまって悪かった。」
そして、続けて店主は真面目な顔でこういった。
「それでも一つだけ言わせてくれ。もっとギルドカードを大事にしろ!これはダンジョン内じゃ本当に大切なんだ。ここはウォーターが管理するセーフゾーンってこともあってウォーターの探索者しかいねえ。ウォーターの探索者は横の繋がりが薄い上にガラが悪い奴も多い、だから未登録者をわざわざ捕まえて警察に引き渡そうなんて考える奴もいない。でもな、上の層に行けば必ず他のギルドの奴らとも出会うはずだ。他のギルドはここと違ってしっかりしてるからな、未登録者は直ぐに捕まって警察に突き出される。"ファイヤー"の探索者に捕まっちまったらもっと悲惨だ。ダンジョンの中ならモンスターに襲われたって言い訳ができるのをいいことに未登録者を殺して回っているって噂もあるんだ。だからいいか、もう二度とギルドカードをなくすんじゃねえぞ!」
そう言うと店主は一ノ瀬ギルドカードを手に強く押し付けて返した。
一ノ瀬は店主の態度の急変ぶりに驚いた、と同時にこの人は信用しても良さそうだとも思った。
以前、門前払いにされた時は碌に話も聞いてくれない酷い人だと感じたが、未登録者に対する態度はどこの店に行っても似たようなものだった。
ああいった態度は未登録者を店に寄り付かせないようにどこの店もやっている自己防衛手段の一種なのだ。
一ノ瀬は腹を割って店主に話せることを話すことにした。
事情があってダンジョンの外に出られないこと、素材の輸送と換金に外での買い物などを代わりに誰かにお願いしたいことを伝える。
「なるほどな、外に出られない呪いってのは正直ピンと来ないがダンジョンじゃ魔法仕掛けのトラップだってある。有り得ない話じゃねえか。」
店主はしばらく顎に手を当てて一ノ瀬の提案について考え……
「でもやっぱりうちじゃその取引には応じられないな。」
と言い取引を断った。今回はいける、と思った一ノ瀬は面喰ってしまった。
「な!? せっかくギルドカードをまで持ってきたってのにどうして?」
「理由は簡単、水中洞窟ゲートは物を運ぶのに絶望的に不向きだからだ。ほれ、見てみろ。」
店主はそう言って周りの店を指差す。
「預り屋ばっかだろ?他のゲートじゃ最低でも軽トラが通れるくらいには道が整備されるがウォーターのゲートは水の中にあるからそれが出来ねえ。物を運ぼうとすると採算が取れねえんだ。だからゲートの通行を楽にするための預り屋くらいしか商売がねぇんだよ。」
一ノ瀬は納得した。確かに水中洞窟ゲートは物を運ぶのには不向きだろう。それは実際にダンジョンの中に入ってくるときの苦労を思い出せば十分に理解できる。
「取引がしたいならここじゃなくて別のセーフゾーンで相手を探しな。確か第7層まで行けば全ギルドが共通で使ってるセーフゾーンがある。お前が探索者になりたてでも一月もあればそこに行けるはずだ、そこなら食料も武器も売ってるし物の輸送をしている奴もいる。」
「わかりました、色々教えてくれてありがとうございました。」
一ノ瀬は店主に礼を言って店を後にした。
「第7層か……うーん。」
店を離れた後、一ノ瀬は悩んでいた。
店主の話は一ノ瀬にとってはかなり有益でその通りに動きたいと思う反面、第7層まで到達するのにどのくらいの時間がかかるのか分からないと言う問題もあった。
一ノ瀬がダンジョンに入って既に丸一日以上経過している。
今の一ノ瀬は不老不死の力を持っているため飢餓で死ぬことはないが、それは空腹を感じないということではない。
もし第7層に到達するまで最短でも数週間近くかかると仮定した場合、その間の空腹は想像を絶するものになるだろう。
もちろん必要とあらばその空腹を我慢して第7層まで向かう覚悟はある。
ただそれでも他にうまく空腹問題を解消しながら取引相手を探す方法はないかと考えてしまうのだ。
セーフゾーンの人気のないところで一ノ瀬は
「なぁイシス、ここから最短で第7層まで行こうと思ったら大体どのくらいかかるかわかるか?」
と尋ねた。
『うーんそうね、私が案内すれば……二日ってところかしら。』
「二日!?」
余りにも早すぎるイシスの回答に一ノ瀬は驚いた。
『そうね、私がいれば道に迷うこともないしトラップにも気づけるからそのくらいで行けると思うわ。あ、モンスターとの戦闘は計算に入れてないわよ? あなた次第で結構変わっちゃいそうだし。』
「それでも滅茶苦茶速いじゃないか!よし、決めた!第7層に行くぞ!」
そこからの一ノ瀬の行動は早かったイシスに案内されるままに【未探索】と書かれた洞窟に入る。
イシス曰くこの洞窟は4層に繋がっているらしく、第4層からは第7層まで簡単に行けるルートが有るらしい。
この方法なら普通に一層ずつ攻略して行くよりも圧倒的に短い時間で第7層まで到達できる。
サビタナ洞窟とは違い初めて入る洞窟だったがイシスの案内があるため一度も迷うことなく順調に道を進むことができた。
時々現れるモンスターとの戦闘に関しても問題はなかった。
「何だかここのモンスターって大したことなくないか?ゴーレムと比べると攻撃も単純だし、防御力もないし……。」
『あのゴーレムは低層のモンスターの中だと結構強い方なのよ?一度ゴーレムを倒したあなたが苦戦するモンスターは当分でてこないわよ。』
どうやら気づかぬうちに一ノ瀬は強くなっていたようだ。
大抵のモンスターの攻撃は簡単に避けることができたし、ゴーレム以上の硬さを持つ敵もいないので反撃も容易い。
最初は隠れることしか出来なかった半人半蟲のモンスターと遭遇した際も一度も死ぬことなく倒しきることができた。
不老不死の力に加えゴーレムとの戦闘で得た経験値はそれなりに力になっているようだ。
『あっ、そこの道を右に行って……左の壁にはトラップが仕掛けてあるから絶対に触らないようにしてね。』
とイシスが道を教える。
「了解、ここを右ね。しかしイシスがいると本当に探索がスムーズになるな。正直ここまでできる奴だとは思ってなかったぜ。」
感心したように一ノ瀬は言った。
『ふふふ、やっとわたしの凄さに気が付いたみたいね。もっと褒めてもいいのよ?』
イシスは得意げにそう言った。
まだ短い付き合いではあるものの、イシスは調子に乗ると騒がしくなるタイプだと知っていたので、一ノ瀬は話題を変えた。
「そう言えばイシスは一度も地下層から出たことが無いんだよな。」
『そうよ、今まではお姉さまの体に居たから地下層からは出れなかったわ。』
「じゃあ、実際に地下層以外に足を踏み入れるのは初めてなんだろ?これだけ複雑な道やトラップをどうやって把握してるんだ?」
一ノ瀬は単純な疑問をぶつけてみた。
もしかするとダンジョンについて詳しく記載された地図でもあってそれを全部覚えているのだろうか。
いや、例えそんな地図があったとしても自分が直接訪れたことがない土地を案内できる自信は一ノ瀬にはない。
だからこそどうしてイシスが自信満々に道案内をできるのか気になった。
『そうねぇ、一言で言うなら魔力感知かしら。お姉さまの体の中にいる時は退屈だったから、外の様子をどうにかして知ることは出来ないかって色々試しているときに魔力の流れを追えばいいってことに気が付いたの。モンスターも植物も鉱石でさえもダンジョン産である以上必ず魔力が流れているからね。それを感知すればダンジョンの構造は把握できるのよ。』
「魔力感知か……なるほどそんな方法が。その、魔力感知って俺にもできるのか?」
『無理!』
「即答かよ!」
一ノ瀬はイシスの回答にがっかりした。もしイシスに頼らずとも自力で魔力感知が出来れば何処かで役に立ちそうだと思ったのだが……
『あなたの体の中にいるとよーくわかるのだけれど、あなたの体には魔力ってものが全くないの。はっきり言って才能がないし、どう頑張っても魔力が絡む技術は使えないと思ったほうがいいわね。』
「魔力が全くない……まじか。」
一ノ瀬はがっかりした。
ダンジョン内では魔法を使う敵がいたり、ほんの一握りではあるが魔法が使える探索者もいると聞いたことがあったため、一ノ瀬ももしかしたら魔法が使えるのでは?と期待していたのだがどうやらその見込みはないようだ。
『なに落ち込んでんのよ。もしあなたに魔力がちょっとでもあったらお姉さまの血を取り込んだ時に魔力が反発しあって死んでたのよ?あなたはむしろ魔力が全くないことに感謝すべきね。』
「何その怖い情報!? 」
地下層で死にかけた時、イヴから不老不死の血を貰えなければ間違いなく死んでいた。
だから今さら血を経由して魔法を注がれたことに不満はないが……そういう大事なことはもう少し早くいってほしいものだ、と一ノ瀬は思った。
「しかし……魔法が全く使えないって少し残念だなぁ。」
『もしかして魔法に憧れでもあったの?』
「そりゃあるだろ。魔法なんて誰でも一回は憧れるだろうし、一部の探索者なんかダンジョンで取れる素材で魔法武器を作ってるらしいしな。魔法に憧れて探索者を目指す奴だっているんだぞ。」
魔法武器に関しては一ノ瀬も聞きかじった程度の知識しかないので詳しくは知らないのだが、武器ごとに決まった魔法が付与され炎を出したり空を飛んだりなど様々なことができるらしい。
『魔法武器ねぇ。そんなものなくてもイチノセにはその刀があるじゃない。わたしは探索者の魔法武器を全く知らないから断言はできないけど、その刀よりいい武器なんてそうそうないと思うわよ。』
イシスが呆れたように言った。
「これってそんなにいい武器なのか?たしか前に魔法を吸収してあーだこーだって言ってたけど……現状見た目の綺麗な普通の刀でしかないんだけど。」
そう言いながら腰に差した刀を見た。
初めの錆びた状態に比べれば見た目だけではなく切れ味も良くなっているのは理解できるが、それはあくまでマイナスがゼロに戻っただけである。
とても魔法武器に匹敵する性能があるとは思えない。
納得しかねる一ノ瀬にイシスは説明を始めた。
『その刀はお姉さまがミシャの牙を研いで200年かけて創り上げた傑作なのよ、普通の刀なわけがないでしょ!その刀は切った敵の血を吸うことで相手の魔法を吸収して模倣することができるの、前にイチノセの血を吸った時に錆びた状態から今の状態まで復元されたのもその力のおかげよ。不老不死の力を模倣しているから絶対に錆びないし刃こぼれしても直ぐに修復して元の切れ味を保っていられるの。』
「へー、そんな便利機能があったのか。じゃあ魔法を使うモンスターを斬ればこの刀でその魔法を使えるようになるんだな?」
『そういうこと!今のところ魔法を使えない雑魚モンスターとしか戦ってないから恩恵はないかもしれないけど、長い目で見れば凄く役に立つ能力のはずよ!すごいでしょ!?』
それからイシスはこの刀をイヴがどうやって作ったか、イヴがいかにすごいのかを延々と一ノ瀬に話して聞かせた。
一ノ瀬は適当に相槌を打ちながら再びサビタナ洞窟を進んだ。
それからしばらくの間、イシスが案内通りに歩いていると……
「でかいな。」
『おっきいわね。』
巨大な石製の扉が現れた。
扉には趣味の悪い細工が所狭しと施されている。
これまでは岩肌がむき出しだで人工物など全くなかった洞窟の中に突如として現れた扉はこの先に何かが有る、と思わせるには十分すぎるほどの異彩を放っていた。
『やっと着いたわね。ここがこの洞窟最大の難所、"ピョンピョン兎"がいる場所よ。ここを突破すれば後は弱いモンスターばっかりだから簡単に第4層まで行くことができるわ。"ピョンピョン兎"は今まで倒してきた雑魚とは格が違うから気を付けることね。』
イシスは神妙な面持ちで……と言っても実際に顔があるわけではないので神妙そうな声でといった方がいいかもしれないが、そう言った。
ここまで何処か余裕のあった一ノ瀬にも緊張が走……
「ああ、分かってる。油断せずに"ピョンピョン兎"を倒し……なんか名前ダサくないか?」
緊張が走らなかった。
『な、な!? ダサいってどーゆうことよ!可愛くて覚えやすくていい名前でしょ!? 』
一ノ瀬の言葉にイシスは憤慨するがダサいものはダサい。
「もしかしてイシスが名付けたのか?壊滅的なネーミングセンスだな……。」
『ねーみんぐせん……?よくわからないけどいい意味じゃないってことくらいはわかるんだからね!』
怒るイシスが余りにも必死だったので一ノ瀬は思わず笑ってしまった。おかげで緊張感は程よくほぐれた。
「よし、じゃあ行くか!」
一ノ瀬は扉を押して中に入った。
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