ep.18臼井 鉄平②
「へぇ、惚れた女のために一人でダンジョンに来たのか!一ノ瀬くん、意外と熱いとこあんじゃねえか!」
「別に惚れたってわけじゃないって何度も……もういいです。」
一ノ瀬とイシスは臼井に案内されるがままに食材を探しながら第4層を探索していた。
臼井ははかなりお喋りなタイプだった。
気を許した相手以外とは基本的に必要最低限のことしか話さない一ノ瀬とは真逆のタイプだった。
『ねぇ、この臼井ってやつホントに大丈夫なの?この男と一緒にいるとろくな目に合わない気がするんだけど。』
イシスは臼井のことを大分警戒しているようだ。一ノ瀬は
「大丈夫だよ、変な人だけど悪い人ではないと思う……多分。」
と答えイシスをなだめるが、正直なところ一ノ瀬もこの男と行動を共にするのは若干不安ではあった。
もし極限の空腹状態でなければ間違いなくお礼を断って第7層を目指すことにしていただろう。
一ノ瀬がそんなことを考えているとはつゆ知らず、臼井が呑気そうな声で
「そう言えば、一緒に探索する以上聞いとかないとな。一ノ瀬くんは普段パーティーではどのジョブを担当してるんだ?刀持ってるしやっぱり前衛?それともタンク?」
と質問した。
一ノ瀬は一瞬考えこむ、実際に前に出て戦っている一ノ瀬は前衛と言えば前衛かもしれないがそもそもソロでやっているので前衛という表現はあまりしっくりこない。
「俺は……ソロで探索者をしてるので前衛とかタンクとかそういうのは無いですね。」
と一ノ瀬は答えた。
無理に前衛やタンクといった役割に自分を当てはめることもないだろうと思ったからだ。
返答を聞いた臼井は
「そうかそうかソロで……え!? ソロで探索者やってんの?」
と驚いた。
「そう言えば所属は"ウォーター"って言ってたもんな。確かにあのギルドの探索者はソロが多いし納得はできるが……しっかし、碌に防具もつけずに刀一本でソロなんざいくら命があっても足りねえぞ? せめてちょっとした胸当てぐらいは着けといたほうがいいぜ?」
「それはそうかもしれません、ハハ……。」
一ノ瀬は乾いた声で笑った。いくら命があっても足りないのは本当にその通りだ。
「ま、そんなこと防具をつけてない俺が言ってもブーメランか!ガハハハハハ!」
臼井はそう言って笑った。
よくもまあこれだけ大きな声で笑えるのもだ、と一ノ瀬は思った。
もし近くにモンスターがいたらどうするつもりなのか。
臼井は防具はおろか武器すら持ってない。
一ノ瀬は少し気になって聞いてみることにした。
「臼井さんは武器も防具もつけてないですけどもしモンスターが現れたらどうするつもりなんですか? 」
そこまで変な質問をしたつもりではなかったが、質問を聞いた臼井は少し考えて
「うーん、ホントはパーティーの仲間以外には秘密にしてるんだけど……まぁ一ノ瀬くんならいいか。誰にも言わないって約束してくれよ?」
と言うと手首に付けていた銀色に輝くブレスレットを見せた。
「こいつが俺の武器兼防具だ。所謂魔法武器ってやつだな。ほら、こうやって魔力を込めると……」
ブレスレットはまるで水銀のように溶けだして馬の形になった。
「こいつは"メルトブレスレット"って言ってな、魔力を込めると溶ける鉱石を加工して作った武器なんだ。込める魔力の量や動きをうまく調整してやると大きさや形を自由に変えられる。やろうと思えば剣にも盾にもなるすげぇ魔法武器なんだ。」
臼井はそう言うと次々にブレスレットの形を変えて見せる。
カエルやヘビ、猫に狸と様々な動物を模した後、最後はマッチョになった臼井自身を作り満足そうに魔法武器のお披露目会を終えた。
そして……
「さて、こっちの手の内を教えたんだ。一ノ瀬くんの魔法武器についても教えてもらっていいかな?」
と臼井は言った。
一ノ瀬は少し驚いた、臼井にはまだ一ノ瀬の武器が魔法武器だとは伝えていない。
「どうして俺の武器が魔法武器だってわかったんですか?」
と一ノ瀬は尋ねた。すると……
「え!? 本当に魔法武器だったの? え、本当に?」
臼井もビックリした様な表情を浮かべていた。
「いやー、俺の魔法武器を見てもあんまり驚かなかったからさ、もしかした一ノ瀬くんも魔法武器を持っているのかなって思ってカマをかけたんだけど……。俺の勘もまだまだ捨てたもんじゃないな!」
まさかの返答に一ノ瀬は呆れたような表情をした。
なんだかよくわからないがペースの狂う男だ。
その後、一ノ瀬は魔法武器について詳しく説明した。
説明を聞いた臼井は信じられないというような表情で一ノ瀬の刀を見ていた。
「斬ったモンスターの魔法を吸収ねぇ。ふーむ、俺がこれまで見てきた魔法道具の中で一番強い武器かもしれんな。吸収した魔法を戦闘で使えるレベルにまで鍛え上げるのは大変だろうが使いこなせれば間違いなく最強だよこの刀。こんな刀が有ればソロで探索者ができるのも納得だ。でもなぁ……」
臼井は一頻り感心した後……
「先輩探索者からの忠告その2、だ。あんまり簡単に魔法道具のことを人に話すんじゃない。ダンジョンの中は外の法律が機能していない無法地帯だ。強い武器や価値の高い素材を狙って探索者狩りを行う探索者だっている。ダンジョンの中で危険なのは何もモンスターだけじゃない。」
臼井はこれまでで一番真剣な表情でそう言った。
「って、俺も一ノ瀬くんに魔法道具のこと教えてるから人のこと言えねえんだけどな!ガハハハハ。」
臼井は笑っていたが、一ノ瀬は反省した。
確かに簡単に魔法道具のことを話したのは軽率だったかもしれない。
これまで他の探索者と関わることがほとんどないままここまで来た弊害で探索者に対しての警戒心が薄れていた。
一ノ瀬はグッと気を引き締めた。
「さて、そろそろ見えてきたぞ。あれが今日の食材の住処だ。」
話しながら歩いていたせいで気がつかなかったが既にかなりの距離を移動していたらしい。
ジャングルのように生い茂る植物が少し薄くなったところにそれはいた。
黄色いヘビのようなモンスターだ。
通常のヘビと違うところと言えば頭が二つあるところ、そして頭の先から尻尾の先まで優に二十メートルはあろうかというそのサイズ。
巨大な双頭の蛇はこちらに気づいていないのか、吐息を立てながらすやすやと眠っていた。
「こいつは"雷双蛇"って名前のモンスターだ。性格は凶暴で毒も持っている、魔法は使えねえがそれでも油断するなよ。」
そう言う臼井はブレスレットを変形させ円形の盾のを創り出した。
一ノ瀬も刀を抜いてイシスに身体能力を強化してもらう。
「それじゃあ、楽しい狩りの始まりだ!」
臼井と一ノ瀬は雷双蛇に向かって走り出した。
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