ep.4見失った印
「ぷはぁ、やっと着いた」
一ノ瀬は水面から顔を出してめいいっぱい空気を吸い込んだ。
中学の時に水泳部に入っていた過去の自分にこれほど感謝する日が来るとは思ってもみなかった。
滝壺から水中洞窟ゲートを抜け、再び水面にたどり着いた一ノ瀬はあたりを見渡す。
すると前方の方にいくつかの明かりが見えた。
一ノ瀬はその光に向かって泳ぎだし、少し泳いだところで地面に足がついたのでそこから光に向かって歩き出す。徐々に水深は浅くなりついには完全に陸にたどり着いた。
ダンジョン内のセーフゾーンは一ノ瀬が想像していたよりも広く、そこには学校の体育館ほどの高さと広さの岩肌に囲まれた空間があった。
ここが第1層、全ての探索者の出発点だ。
タオルで体をふきながらダンジョン内を見渡す。潜る前の説明でもあった通りここはセーフゾーンになっているだけあって多くの探索者がいた。
広々とした空間のあちらこちらにはテントが張られている。それらはおそらく他の探索者がダンジョン内での拠点として使うために建てたものなのだろう。中にはプレハブ小屋を建てている者までいる。
さらに奥を見るとセーフゾーンの壁にはそれぞれ大きさの異なる7つの洞窟があった。
洞窟の前にはそれぞれ看板が立っており、看板には洞窟の名前と共に
【第3層行き(死)】
【行き止り】
【罠入るな】
【未探索】
【第2層行き、安全でお勧め!(有料)】
などと書かれておりある程度内部のことがわかるようになっていた。
体を拭き終わり服を着て準備を終えた一ノ瀬は七つの洞窟のどれに入るべきか考える。
ゲートを通る前に目を通した新人用マニュアルによると、現在ダンジョンは第1層から第57層まで確認されており基本的には上層になればなるほど素材の価値は高くなるがその分モンスターも強さくなる。
一ノ瀬が目指すべき階層は第12層、第28層、第42層の三つ。
一ノ瀬が最初に目指すべきは第12層だ。
洞窟の前の看板を見てどこに進むべきか考える。
有料、罠、行き止り、死の四つは論外として残りは未探索が二つと……【サビタナ洞窟・第5層行き(超危険)】と書かれたものが1つ。
「超危険だけど第5層までか……よし!」
一ノ瀬はサビタナ洞窟を選んだ。
探索者になると決めた時点でリスクは承知、虎穴に入らずして成果は得られない。
一ノ瀬は覚悟を決めてサビタナ洞窟へと歩き出した。
サビタナ洞窟の中は大型のトラックでもすれ違えるのではないかと思うくらいには広々としており、所々にオレンジ色に発行する鉱石や苔のようなものがあるので光源にも困らない。
洞窟に入る前に一通り目を通した新人用マニュアルによるとこれらは光属性資源と呼ばれており、特別な許可がない限りは採集、採掘禁止となっている。
これはダンジョン内ではとても貴重な火も電気も使わない光を守る為の措置で、このルールはすべてのギルド・階層に共通して適用される。もし光属性資源を壊した場合は被害規模に応じた罰金が課せられるそうだ。
一ノ瀬はしばらく洞窟を進みながら手に持ったタブレットでマップを作成する。
何度か行き止りに突き当り引き返す羽目になったり、全く光属性資源のないルートを見つけたりと一筋縄ではいかない洞窟だったが運がいいのかモンスターやトラップには一度も会うことが無く至って順調に洞窟を進むことができた。
気が付けばマッピング用に持って来ていたタブレットの充電は切れていた。
「今日はここまでか、明日は予備のバッテリーも持ってきた方がいいかもな。」
電源の切れたタブレットを鞄にしまいながら一ノ瀬は呟いた。
サビタナ洞窟に入ってから既に五時間が経過している。いい加減足も疲れたしお腹もすいた。
「帰るときも泳がなきゃいけないのはしんどいなぁ。次からは小型の水中ボンベと浮力調整機能のある浮き具も持ってこなくちゃな……。」
これからダンジョンに入るたんびにあの水中洞窟ゲートを往復しなければならないと考えると、多少値が張るシュノーケリングアイテムも必要な投資と言えるだろう。
「高いだろうなぁ。」
待ち構える出費に憂鬱な気分になりながら一ノ瀬は元来た道を戻る。
洞窟内はしばしば別れ道もあり非常に迷いやすい。
万が一、タブレットの充電切れや破損があったとしても大丈夫なように、一ノ瀬は石で壁にバツ印を書いて道を間違えないようにしていた。
後はバツ印を頼りに帰るだけなのだが……
カツッ、カツッ、カツッ
と足音が聞こえる。
ただ明らかに人の足音ではない、どちらかというと蹄で硬い地面を蹴った時のような音がする。
一ノ瀬はすぐ近くにあった二メートル程の岩陰に隠れた。
足音はどんどん大きくなりついに一ノ瀬の隠れている岩のすぐそばまで来た。一ノ瀬はそっと顔出して足音の正体を確かめる。
そこにいたのは一ノ瀬より一回り大きいモンスターだった。
人間のような上半身、芋虫のような肉塊とそこから伸びる蜘蛛のような十二本の脚で構成された下半身。
脚先の爪は鋭く尖っており一ノ瀬など簡単に串刺しにできそうだ。
武器と言えば昨日ホームセンターで購入したサバイバルナイフくらいしかない一ノ瀬では戦って倒すのは無理だろう。
幸いモンスターは直ぐに通り過ぎて足音は聞こえなくなった。
一ノ瀬はほっと胸をなでおろす。そしてなるべく静かに、それでいて素早く出口を目指す。あんなモンスターがうろうろいている場所に長居しようなんて余程の馬鹿でもない限り考えないだろう。
一ノ瀬は再び壁に付けた印を頼りに元来た道を戻ろうとするが……
「印が……ない?」
帰り道を示す印は何処にも見当たらなかった。
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