ep.3ギルド

ダンジョンの面積は新宿区四つ分、高さは約千メートルの超巨大建築物で遠くから見ると円柱型の巨大な切り株のような形になっている。


ダンジョンの内部につながるゲートは現在五つ確認されており、四六時中燃え盛っているゲートがあれば常に帯電しているゲートがあったりと特徴もそれぞれ異なる。



そして、一度でもゲートからダンジョン内部に足を踏み入れた者は、世間から"探索者"と呼ばれるようになる。



三日月の余命を聞いた翌日、一ノ瀬は自分の住む町から一番近いゲートの前に来ていた。


現在確認されている五つのゲートは、それぞれ別々のギルドによって管理されている。


ギルドとは端的に言えば探索者同士の互助会のようなものだ。


探索者間の情報共有、素材取引の仲介、新人探索者への教育などその役割は多岐に渡る。


初めてダンジョンに挑む探索者はこれらのギルドのどれかに加入しなければならず、これは一攫千金を目指し大した準備も知識もなくダンジョンに入る無謀な者が死亡するケースが後を絶たなかったために定められたルールだ。


このルールができてから、初めてダンジョンに入る者はギルドに所属し新人研修を受けなければならないのだが……、研修内容はギルドによって大いに異なる。


新人探索者が危険な目に合わないよう長期にわたってしっかり教育をするギルド。


教育というよりは洗脳に近いレベルでギルドへの忠誠心を新人に叩き込むギルド。


そして……十分程の軽い説明と何があっても自己責任と書かれた契約書にサインするだけの適当なギルド。



様々な特徴を持つギルドの中から一ノ瀬が選んだギルドは"ウォーター"という名前の、すべてのギルドの中で最も評判の悪いギルドだ。


事前に調べた情報によるとこのギルドは新人教育をほとんどせず、過去の経歴に関係なく探索者を加入させるため荒くれものも多い。


さらに他のギルドなら当然のようにあるパーティーを組んで活動する者へのサポートがないためソロの探索者が多く探索者同士の横のつながりが薄くなりがち、など悪評の量も種類もなかなかのものだった。


ただそれでも一ノ瀬が"ウォーター"を選んだ。


理由はたったの一つ、ギルドに加入したその日からダンジョンに入れる唯一のギルドだからだ。



他のギルドに加入した場合、数ヶ月単位の新人教育期間があったり、そもそも加入後に厳しい適性検査をクリアするまでダンジョンに入れてくれないと言った安全を重視した制度があり、ダンジョンに入れるようになるまで最短でも二ヶ月はかかる。


その点"ウォーター"ではまともな新人教育を実施していないため誰でもその日のうちにダンジョンに挑むことができた。


三日月に残された時間のことを考えると一日でも早くダンジョンに入りたい一ノ瀬にとっては、安全性を軽視しているとは言え直ぐにダンジョンに入れるといいうメリットはかなり魅力的な要素だった。


一ノ瀬はゲート周辺に着いてすぐ、ゲートに近くにあるボロボロのコンクリート製の建物を見つけた。


日焼けして所々塗装の剥がれたの看板には"ギルド・ウォーター会館"と書かれている。


ここがギルドか、と建物を眺めているとアナウンスが流れた。



「これから十分後に本日の新人探索者へのギルド加入案内を行います。加入希望者はギルド会館の受付までお越しください。なお、加入案内は一日に一度しか行わないので注意してください。」



ノイズ交じりのアナウンスに従い一ノ瀬はギルド会館に入り受付まで行く。そこではいくつかの書類を渡され近くの部屋に案内された。


三十人ほどしか入らなさそうな、掃除の行き届いていない小汚い部屋だ。


既に室内には十人ほどおり、そのうち四人は煙草を吸い一人は酒を飲んでいる。


一ノ瀬は少し不安になりながらも適当に空いている席を見つけそこに座った。


少し身動きを取っただけでもギィギィと軋む椅子に座りながらしばらく待っているとスーツを着たギルドの職員が部屋に入ってきた。


ふと時計を見ると、長針は予定時刻より九十度傾いた地点を指していた。



「いやぁ遅れてしまって申し訳ない。先程ダンジョンの中で事故があってね、その処理で遅れてしまいまして。えー、遅刻したせいで時間がないので駆け足で説明を始めます。皆さん先ほど受付で何枚か書類を受け取ったと思います。その中にうちのギルドへの加入申請書と免責同意書があるのでサインして受付に提出してください。あとは簡単な新人用マニュアルと武器とかダンジョン情報のカタログ、各種保険の案内が入っているので読んどいてください。じゃ、言わなきゃいけないことはこれだけだし時間もないんで解散。ああそうだ!ペンを持ってない人は受付横の物販で売ってるからぜひそこで買っていってね。」



ギルドの職員はこれだけ言うと直ぐに部屋を出ていった。


一ノ瀬は部屋に入る前に感じていた漠然とした不安が具体性を帯びていくのを感じた。


誰でもその日のうちに探索者になれるが、その分サポートが少ないギルドということは前評判で知っていた。だからこそ何も期待はしていなかったのだがいくら何でも杜撰すぎる。


一ノ瀬は膨らんでゆく不安をいったん棚に上げてざっと書類に目を通し、ただ無心でサインをした。


受付に行き書類を提出する。



「はい、確認できました。ではこちらをどうぞ、探索者カードになります。これはすべてのギルド共通のカードで素材の取引や武器の売買、ダンジョン内での身分証明に必要になりますのでなくさないようにして下さね。探索者カードについて詳しい説明が必要なら三千円の説明オプションが有りますがどうですか?」



「……いや、結構です。」



一ノ瀬は無事、ギルド"ウォーター"に加入することが出来た。



「じゃあこれからうちのギルドが管理するゲートについて説明するので新人の皆さんはついてきてくださーい。」



 と先ほど加入案内をした職員が呼びかける。


スタスタと歩く職員の後ろを一ノ瀬ら、新人探索者がついていく。


加入案内の時点では十一人居たはずの新人がこの時点で既に六名にまで減っていた。


職員についていくとそこには大きな滝があった。



「こちらの滝は五百メートル程上空のダンジョンに空いた穴から流れ出た滝です。そしてこの滝の滝壺の中に水中洞窟がありそれがダンジョン内へと続くゲートとなっております。水中には誘導灯もありますので迷うことはないでしょう。水中洞窟を抜けた先は"セーフゾーン"と言ってモンスターが寄り付かない空間になっておりますで潜水時に邪魔な装備は外して頂いても大丈夫ですよ。こちらからの説明は以上です」



と職員は言った。


説明を終えギルド会館に戻ろうとする職員を横目に新人探索者の間には動揺が走っていた。


当然だ、誰一人として水中に潜ることなんて想定していない。


水着はおろかダンジョン内でのモンスターとの戦闘、素材の収集を考慮した装備を背負って水中を泳ぐのは至難の業だ。


一ノ瀬もダンジョンに挑むためにいくつかの装備を用意してきたが、流石に潜水に使えそうなものはない。


とはいえここを通らなくてはダンジョンの中には入れない。


少し大変ではあるが潜るしかないのか?と悩んでいるとギルドの職員が小走りで戻ってきた。



「そう言えばまだ伝えていないことがありました!滝壺の底、大体水深二百メートル位の所に全長四十メートル位の水棲モンスターが出現することがあるので気を付けてくださいね。皆さん、そんなに心配そうな顔をしなくて大丈夫ですよ。年に数回しか目撃されないですし死んでしまった方も直近の五年間でたったの一人しかいませんから。もし不安な方はギルドの警報情報サービスに加入されることをお勧めします。毎月なんと千五百円!新人の探索者さんなら最初のひと月は無料です!」



と説明というよりセールスに近い内容を職員は話し続ける。


一ノ瀬はもうこれ以上話を聞く気にもなれなかった。


着ていた服とその他濡らしたくない道具を二重にしたビニール袋に纏め、背負ってきたバッグの一番下に押込み潜る準備をする。


リスクはもとより承知で探索者になったのだ、たかが潜水ぐらいで立ち止まってはいられない。


大きく息を吸い込む、そして……


一ノ瀬は覚悟を決めて滝壺にダイブした。

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