終 この文芸部がすごい!

 学園祭の当日がやってきた。文芸部が部誌を頒布するのは美術部展をやっている教室のすぐ横、小さな机と椅子を並べただけのコミケ的な場所である。

 扱いの悪さにげんなりするものの、早川には部誌がはける自信があった。みんなそれくらい面白いものを書いたのだ、早川のSFもどきはともかく。

 美術部展のガチのボーイズラブを観にくる他校や中学の女子生徒で、文芸部が部誌を頒布するスペースのまわりは大盛況だった。部誌もそこそこの勢いではけていく。

 早川が店番をしているところに寺山が現れた。文化祭名物のどら焼きを持っている。これは学校の近所の和菓子屋さんが毎年作ってくれるもので、校章の焼印が押され、バターと餅とあんこがいっぺんに挟まった至福の一品である。


「どうだ? はけてるか?」


「そこそこの勢いではけてるぞ。演劇部もうすぐだろ、行かなくていいのか?」


「芝居の出来はコンクールで見てるから知ってるんだ。セリフが飛んだりしないかぎり問題ない」


 寺山は早川の隣の椅子を引いて、早川にわざと寄り添うように腰掛けた。美術部展を見にきた女子たちがざわつく。


「はぁいみなさん、ウルトラスーパー・オモロ・小説が5篇も載った文芸部誌が1冊100円! すぐはけちゃうから買うならいまだぞッ♡」


 寺山がそう声をかけると、他校の女子生徒が群がってきた。部誌があっという間にはけていく。整った顔というのはチートスキルだなあ、と早川は思った。寺山はそのあと演劇部の連中に引っ張られていなくなってしまった。


 部誌がだいぶはけて、美術部展からも人が減った午後、早川が園芸部の焼きトウモロコシを食べていると、教頭先生が現れた。


「これが早川くんたちの一年の成果ですか」


「はい、どうぞ手にとってください」


 教頭先生は部誌を手にとり、ぺらぺらとめくった。


「頑張っていますね。小説を書けるというのは素晴らしいことです」


 しかしですね、と教頭先生は続けた。


「きゅーあーるこーど? とかいうの、正直使い方が分からなくてですね……フランセーズさんの作品が読めないのです。冒頭がこんなに面白そうなのに」


 早川はアハハと声に出して笑ってしまった。教頭先生もアハハと笑った。


「あ、教頭先生。お疲れ様です」


 岩波先生が現れた。教頭先生はにっと笑った。


「岩波先生、きゅーあーるこーどを使うなんてずるいじゃないですか。こんなに面白そうなのに」


「市立図書館に『初めてのスマートフォン』みたいな本を借りにいくしかないですね」


「スマートフォンですか……怖くて買い替える気がしないんですよ。ガラケーで困ったこともありませんし」


 そういう話をしているところにあやねが現れた。岩波先生は、「部誌どんどんはけてるよ」と声をかけた。あやねはうれしそうな顔をした。


「あやねさん。教頭先生はガラケーで、QRコードの読み方が分からないそうだ」


「単純に最初からこうすればよかったじゃないですかあ!」


 あやねはこぼれるような笑顔であった。


 ◇◇◇◇


 文化祭の日程は最後まで進み、後夜祭が始まった。グラウンドの真ん中に大きなかがり火を焚いて、みんなで学園祭の疲れを労うのである。


 演劇部はドッカンドッカンの大爆笑だったようだし、園芸部の焼きトウモロコシは大人気だったようだ。科学部の匂いつき石けんもバカ売れし、美術部展も大盛況だった。

 文芸部も、去年や一昨年のように部誌が売れ残ることはなく、見事にぜんぶはけた。早川は満足していた。

 かがり火をみんなで眺めていると、あやねが早川の近くにやってきた。


「部長、お疲れ様でした」


「ありがとう。次から富士見が部長か。来年は2人新入生を確保しないといけないな。頑張れよ」


「部長が、みんなで石の裏の虫をやめよう、って言ってくれたおかげで、わたし、いまではクラスの人気者です」


「それでよかったのかい?」


「まあ、たまにキラキラ種族でいるのは嘘をついてるみたいな気分になることもあるんですけど、でもみんなに気持ち悪がられるよりずっといいなって思います」


「そっか。安心したよ」


「で、部長。わたしの創作には『実体験』が足りないんですよ。よく言うじゃないですか、作家は体験したことしか書けない、って」


「それは違うと思うけどなあ」


「そうですか? とにかく、わたしは自分の創作をよりよくするために、導入部分、つまり恋愛というのを体験してみたいと思うんです」


 ……これって、つまり、「月がきれいですね」ということだろうか。空を見上げると、かがり火で霞んではいたが、大きな月が出ていた。


「月がきれいですね」


 早川がそう答えるとあやねは笑った。


「そんな、香炉峰の雪じゃないんですから」


 ◇◇◇◇


 文芸部の部室から、早川と龍本と寺山は私物を片付けた。


「いいっスねえ、土壇場でラブコメ展開。羨ましいっス」


 富士見が羨ましがるのを聞きながら、早川は本棚から私物の本をカバンに詰めていく。


「そうかい? なら奪ってみなよ。そうしたら富士見も『体験したこと』を書けるじゃないか」


「むむむ無理っスよ。こんな眉毛の切れてるやつ、お呼びじゃないっス」


「そうでもないと思うぞ? 富士見、前に制服血まみれで学校に来たことあったろ。車にひかれて死にかけの野良猫助けようとして。そういう優しい心根に女の子は弱いんだ」


 龍本がそう言うのに寺山も力強く頷く。


「富士見くん、文芸部のリーダーは君だからな。そういや演劇部が脚本書けるやつ探してたから、もしよかったら手伝ってやってくれ」


 その次の年、文芸部にはたくさんの、部誌(の、あやねの作品)を読んだ一年生が入部した。やはりこの文芸部はすごい! のである。(おわり)

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この文芸部がすごい! 金澤流都 @kanezya

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