5 3行目でボロンしてるっス

 早川はここまでのいきさつを、大雑把に龍本と富士見に説明した。富士見がさっそく噛みついてくる。


「はぁ!? 岩波センセ、あやねちゃんの作品読んじゃったんスか!?」


 富士見にまくしたてられて、岩波先生は困った顔をした。


「落ち着いて。いまはあやねさんの作品をどうやって部誌に載せるか考えるときだ」


 岩波先生は指揮するように手を振って富士見を落ち着かせた。犬か。


「え、この濃度200パーセントのえっちな小説、部誌に載せるんスか!?」


 岩波先生があやねの作品を部誌に載せようと思っていることに、全員驚愕した。


「それは教頭先生が激おこになるやつでは……? 教頭先生が検閲するんですよね」


 だいたい部誌というのは学園祭で頒布して他校の文芸部とか中学生が買っていくものだ、そこに突然の官能小説! では教頭先生が怒るのは間違いない。


「私は部誌にあやねさんの作品をぜひ載せたい。しかし……文芸部の部誌は教頭先生の許可なしに頒布できない。かならず検閲がある。去年の部誌で早川が書いた『痰壺評論家の1日』だって結構問題視された」


 早川の黒歴史であった。

 早川が去年書き上げた短編小説というのが、オリジナリティあるアイディアが出なかった結果、筒井康隆ネ申の「俗物図鑑」に登場する痰壺評論家というおぞましい性癖のキャラクターを使った作品になってしまったのだ。

 ただ当時から、文芸部のメンバーで筒井康隆を好んで読むのは早川だけで、岩波先生ももっぱら短歌をこしらえるのが好きな人なのであまりSFには詳しくなかったし、教頭先生も筒井康隆に興味がなかったので、「下品である」「嫌悪感がある」とお叱りを受けつつも当たり前にオリジナルの小説として部誌に載せてしまったのだ。


 そんなこたぁどうだっていい。いまはあやねの200パーセント特濃官能小説をどうやって部誌に載せるかが問題だ。


 岩波先生は、どうにかしてあやねの作品を、どうしても、どうしても、部誌に載せたいようだった。

 それは才能と出会ってしまった教育者の悲しいさがといってもいいのかもしれなかった。


「導入部だけ新しく書いて載せるのは? 導入部だけならただの恋愛小説に見えないこともないんじゃないかな?」


 早川の建設的な提案に一同うむうむとなる。岩波先生も笑顔だ。


「先生もそれに賛成だ。続きのクッキリバッチリのところはあとでこのメンバーだけで読めばいい」


 しかし富士見があやねの原稿を広げて難しい顔をする。


「これ、導入もなにもなく3行目でボロンしてるっス」


 身もふたもない言い方であった。

 それを聞いた龍本はツイッターがXになった今も頑張っているらしい、ドラえもんのbotの名前を口に出そうとしてやめたようだった。

 というわけであやねには、ボロンに至るまでの導入を書くことに挑戦してもらうことになった。


「やったことはないけど、頑張ってみます!」


 というわけできょうも部活が始まった。


 みんなそれぞれ執筆の相棒を取り出す。早川はラップトップパソコン、龍本はスマホとブルートゥースキーボード、富士見はタブレット端末に専用のペンだ。あやねは例のポメラである。


「やっぱりポメラはかっこいいな」


 龍本がつぶやく。

 部員一同が見守るなか、あやねは凄まじい集中力でゴリゴリと原稿を進めていく。

 すごい速度と集中力だ。

 これが才能というやつなのか、と一同は思った。

 しかし10分後、あやねは手を止めた。


「だめだ。導入なんて上手く書けない。早く合体させようって焦っちゃう」


「まあ学園祭は秋だし、そんな壮大な長編小説を載せるわけじゃない。ゆっくりで大丈夫だよ」


 早川は自分の遅々として進まない原稿にため息をついた。それでも夏の〆切までにはどうにかしなくてはならないのだが。

 岩波先生がさて、と切り出した。


「先生は職員室に戻るから、ちゃんと5時には解散しなさい。早川、解散したら施錠して職員室へ」


「わかりましたー」


 岩波先生は部室を出て行った。


「あああどうすればボロンしないで書けるか分からないよお!」


 あやねがでっかい声を出した。


「ボロンに至るまでの流れを考えるんスよ。登場人物は問題を乗り越えようと行動して、自分の思っていたのとは違うところに着地してしまい、その結果また問題を乗り越えねばならない……というのが小説の書き方っス」


 富士見が冷静に説明する。富士見はよく「人気映画の脚本術」とか「ハリウッド式脚本術で小説を書く」とかそういう本を読んでいる。

 おそらくこのアドバイスも、そういう本の受け売りなのだろう。そしてそれが思いの外難しいことも、文学青年3人組は知っていた。


「なるほど……」


 あやねは頷いて、ラーメン屋のごとく腕組みをして天井を睨んだ。30秒ほどその体勢を取ってから、またポメラに向かって猛然と書き始めた。富士見のアドバイスが効いたようだった。


 他の面々も自分の作業を進めていく。早川は最近読んだ面白い本を思い出して、そういうSFが書きたいなあ、と思うものの文系の脳みそゆえSF的なお話を書くのにはあまり向いておらず、なんだかんだロボットの冒険物語を書いていた。

 ロボットが出てくればSFというわけでないのは知っているが、早川のセンスではこれが限界だったのである。

 顔をあげるともう4時50分だった。


「きょうはこの辺にして、掃除して解散しようか」


「あ、じゃああやねちゃん、文芸部のグループLINEに入りなよ」


 龍本がそう言うものの、あやねはすこしもじもじして、言いにくいことを言う顔をした。


「あの。親に禁止されてて、SNSとかソーシャルゲームとか、そういうの一つもやってなくて」


 3人はぶったまげた。今どきそういうことまで禁止する親がいるのか。じゃあなにで連絡を取れというのか。そもそもスマホの存在意義とは。

 とりあえずメールなんて滅多に使わないのにメールアドレスをスマホの連絡先に登録しておく。軽く掃除をして、解散することになった。

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