この文芸部がすごい!
金澤流都
1 俺たちの仲間だ!
部室棟の一番端にある文芸部の部室は、しぃんと静まり返っていた。
3人の部員と顧問の岩波先生の4人は、ただただ気まずく押し黙っている。なぜかというときょうの5時間目を使って行われた「新入生を歓迎する集い」の部活紹介のコーナーで、部長の早川冬樹が見事にダダ滑りして、1年生たちはただただ呆れてポカーンとした顔で文芸部の部活紹介を見ている……というのをやらかしたのだ。
しかも次に紹介された部活が全国規模で活躍する演劇部の爆笑モノのコントだったのだからますます立場がない。しかも顔の整った男子の部長が挨拶をした。さらに立場がない。
しかし文芸部というのはそもそもステージに立たされてもなんのアピールもできない部活である。手っ取り早く部誌を読んでもらえばどんな部活か分かるのだが、まさか新入生全員に部誌を配るわけにもいかない。それではギデオンの聖書だ。
早川は切り替えていかねばならないことはわかっているのに、切り替え方がわからない、という状況であった。
当然部活見学の期間は始まっていて、斜向かいの演劇部の部室はさっきからぞろぞろぞろぞろ1年生が見学に来ている。しかしそのご近所の文芸部の部室を覗こうなどという奇特な輩はいないようだ。
「廊下で呼び込みしようか?」
副部長の龍本武巳が立ち上がる。
「いや。文芸部に入りたがるような陰キャは呼び込みなんかしたら怖がって逃げるだろう」
早川は大きくため息をついた。
「部長の言う通りっス。文学の中でしか生きられねーやつは呼び込みなんて恐ろしくて逃げ出すっス」
2年生の富士見明がぼやく。確かに富士見が入部したときは呼び込みなど行わなかった。
「ビラ配るンスよ。短編小説を載せたビラを。もちろん岩波先生には短歌を作っていただいて」
「富士見。ビラ配りは校則で禁止だ」
「えっ。なんでっスか」
富士見の虚を突かれた顔を見て、岩波先生は首を振る。この若い古文の教師は熱烈な短歌愛好家である。
「私がここに来るよりずっと前に、カルト宗教に繋がっている校外サークルのビラが配られてえらい騒ぎになったそうだ。それ以来ビラ配りは禁止だから、と教頭先生に釘を刺されている」
「はえー……そういうの大学の話だと思ってたっス」
というわけで新入部員獲得への道は一つ元から塞がっていた。もう打てる手はなんにもない状況である。
このまま廃部に追いやられるほかないのか。
早川は頭を抱えた。ああ、筒井康隆ネ申みたいな知性があったら! まあ筒井ネ申は頭が良すぎてちょっとおかしい人らしいけど!
とにかくその日は部活終了の時間まで誰も来ないままドンヨリと男4人で黙っているだけで終わってしまった。早川は自分にユーモアのセンスが今ひとつないのを嘆きつつ、リュックサックをよっこいしょと背負って、龍本と富士見が帰ったのを確認し、岩波先生に頭を下げて部室を出た。
なんとか新入部員を獲得しなければ。先輩たちが脈々と伝えてきた伝統ある文芸部だ。部誌である「この文芸部がすごい!」だって発行し続けねばならないのだ。
昇降口で上履きからスニーカーに履き替える。春になってずいぶん陽が長くなった。
ん?
なにやら人だかりができているぞ。ちょうどバスケ部の活動している第二体育館の前だ。なんだなんだ?
「やめ、返して、お願いです!」
「陰キャちゃんがかわいいリュックに何詰めてるか見たいだけなんだから、そんなに嫌がらなくていいのに」
「返してください!!」
「なに、人に見られちゃまずいものでも入ってるの?」
「そ、そういうわけじゃないです! でも返してください!」
どうやらいわゆるウェーイどもが、1年生の女の子のカバンを強奪して中を見ようとしているらしい。ムムッ、これは許せん。
「なんこれ」
「ちっちゃいパソコン……?」
ウェーイたちはポメラを取り出してよく分からない顔をしている。女子生徒は慌ててポメラを取り返そうとしている。早川はすっと割り込んで、ちょっと怖かったもののウェーイどもに凄んでみせた。
「先生呼ぶぞ。他人の荷物は勝手に見ちゃいけない」
「早川じゃん! マジ草生える」
「ダダ滑りの早川じゃん」
早川が割り込んだことによってウェーイたちは1年生の女子から早川のほうに興味の対象を変えたようだった。早川は1年生の女子がポメラをサッチェルバッグに押し込んで逃げていくのを確認しながら、しばらくウェーイどもの語彙の足りない悪口を浴び続けた。
悪口を浴びてさすがにクタクタになったころ、誰かがバスケ部顧問の先生を呼んでくれたようで、ウェーイ軍団は説教されて解散した。バスケ部の顧問の先生は早川に申し訳ない、と謝ってきたので、もっと大変な目に遭っていた1年生の女子生徒の話をし、早川は校門をくぐって帰宅することにした。
さてその翌日。やっぱり文芸部の部室は閑古鳥が鳴いていた。早川が英雄的行為の話をしても龍本も富士見も興味ナッシンであったが、ポメラのことを話すと食いついてきた。おそらくその女子生徒は俺たちの仲間だ! となったのである。
そうやって盛り上がっているところで、部室のドアがノックされた。開けると、きのう早川が助けた女子生徒が、なにやら分厚いプリントアウトされた紙の束を抱えて立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます