11 それも一理ある
寺山は明るい顔で、あやねを慰める。
「大丈夫。君の作品は君が読ませたいと思った相手にだけ読ませればいいんだ。それにセックスの話を書きたくなるのはみんなおんなじだ。書いたのが女の子だからあってはならんとかそういうことは一切ない。だろ?」
富士見が不承不承頷く。
「オレもたまに微エロくらいなら書くっス」
龍本も頷く。
「オークに拷問される女騎士は定番だからな……」
早川もしみじみと頷く。
「筒井康隆ネ申だって相当なの書いてるしな」
「だろ? だからエロかろうがエロくなかろうが、小説の価値には関係ない。自分は読んでないからわからないけれど、あやねさんの作品はきっと芸術的な価値が高いんじゃないかな」
「芸術的な価値があったとしてもエロいんです。部誌にはきっと載せられないんです」
「なに、部誌に載せたいの?」
「はい。せっかく文芸部に入ったんですから。でも部誌に載せたいと思っているのはもうちょっとちゃんとしたやつです」
「ちゃんとしたやつ……ねえ。書きたいように書いていいんだと思うよ?」
「いやそれは寺山が陽キャだから言えることだ」
早川は鋭くそうツッコミを入れた。寺山はハトのごときポチ目で早川を見る。
「寺山は顔が整っていて背が高くて声がいい。そのうえ文才がある。芝居は棒なのかもしれないが、僕ら石の裏の虫とは違う。誰かに指をさされて笑われたことはあるか?」
「……ふむ。確かに指をさされて笑われたことはないな。でもみじめな気持ちを理解しろ、って言われたらよく分かるぞ? 自分、ガキのころはとにかくぼーっとしてて、合唱やらせても一人だけ外れてて、運動会もどの競技も最後尾で……」
「そんなのみじめなうちに入んないっス。習字セットをドブに放り込まれたりランドセルをぶちまけられたことはあるんスか?」
「いやあ……自分の通ってた小学校、通ってるの自分だけだったからなあ……」
今度は文芸部の面々のほうがポチ目になった。
「じゃあ合唱とか運動会最後尾、ってどういうことだよ」
「合唱も運動会も、近くの別の小学校ふたつと合同だったんだよ。まあどこも10人とかそんな感じでな……そのなかでも一番田舎の学校だったからな、だっせえジャージが恥ずかしくて悲しくてな」
どうやら、寺山も寺山で、みじめな思いをしたことはあるようだった。一同は寺山への認識を新たにした。ただの陽キャではなかったのである。
「よし。じゃあゴリゴリ書きますか」
寺山はスマホとブルートゥースキーボードを取り出し、文章をいじくりはじめた。
今はとにかく書くしかない。作品は完成させなければ作品とは呼ばれない。だからあやねの、あの未完成のエロ小説は「作品」ではないのだ。
しかしあの芸術性を思えば、あやねが部誌に載せたくなる魅力的な作品が書けることは間違いない。だから、あやねの持ち味を存分に発揮した、あやねらしい作品を書いてもらいたい。
「だめだあ!!!!」
あやねがそんな声を上げた。
「どうしたどうした」
「どうしても登場人物がことをおっ始めようとするんです!!!!」
寺山がブホォと噴いた。
「それがあやねさんの平常運転だからなあ……」
「部長、そんなこと言うんです!? わたしは真剣なんですよ!?」
「いいんじゃないか? おっ始めても」
寺山が整った顔で微笑むものの、石の裏の虫であるあやねの表情は変わらない。
「それは寺山さんが陽キャだから言えることです。わたしたち石の裏の虫とは違うんです」
あやねは「自分はド陰キャである」という表情を崩さない。
「じゃあそもそも、石の裏の虫、やめようぜ。なんで石の裏の虫でいいと思うんだ? 違うか? 君らは小説を書けるすげえ才能があるじゃないか」
文芸部一同は黙った。
「……それも一理あるかもしれないな」
早川はそう呟く。寺山以外の全員がギョッとした顔をした。
「寺山が言うとおり、石の裏の虫でいちゃいけないんだと思う。だってプロの作家ってすごくかっこいい服着てテレビに映ってたりするだろ? テレビじゃないけど僕が敬愛する柴田勝家先生だって紋付の着物を着ている写真が平常運転だ」
「だけど、俺たちがいまさら陽キャになれるのか? いままでの人生、誇れることがあったか?」
龍本のたしかにもっともな意見。文芸部オリジナルメンバーは深く頷いている。
「部誌を誇ればいいんだ。僕らは文章を書ける。その文章で人の心を動かせるかは、まだわからないけど、他のやつよりは作文が上手いのは確かなんだ」
「わからんでもないっス。でも無理っスよ。おれらはプロの作家になんかなれない。近くの工業団地の工場で消耗品みたいに使われて死んでいくんス」
「富士見はライトノベルの公募に毎年原稿送ってるって言ってたよな」
「一次すら通んねえっスよ?」
「それでもそれは普通の人はやらないんだ。幸い学園祭まで時間はある。それまでに、『明るく健全な文芸部』になるんだ。『何やってるかわかんない怪しげな部活』でなくて」
「明るく健全な文芸部はエロい話なんて書いちゃいけないんです」
「そんなことはない。有名な女性の作家がドロッドロの恋愛小説を書くなんて当たり前のことだ。その権利が高校生だから認められない、なんてことはないはずだ!」
早川は高らかにそう宣言した。文芸部の面々は、唖然としていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます