12 陽キャのイメージが貧困すぎる
文芸部の面々は、早川が寺山の提案をうけて発案した「石の裏の虫をやめる」作戦に最初は反対したものの、だんだんと明るいキャラクターになってもなんの損もないことに気付き始めた。
龍本は手製の、「ステラおばさんが青くなって逃げるクッキー」を、思い切ってクラスのみんなに振る舞った。みんなは「龍本ってこういう特技があるのか」と驚いた。
富士見は朝読書に本を忘れてきたクラスメイトに、常にリュックサックに数冊突っ込まれているラブコメ小説を、隠さずどんどん貸し出した。「意外とかわいい本読むんだね」と言われるようになった。
早川は文芸部のドアに、「文芸部は明るくて健全な部活です」「レターパックで現金送れは詐欺」、樋口一葉の似顔絵などの謎の貼り紙をした。これを見た女子たちは「なんか面白いね」と言って、いつの間にか文芸部の部室前はインスタ映えスポットになった。
苦戦しているのがあやねであった。
どうやらあやねは本気の本気で石の裏の虫であったらしい。インスタ映えスポットになった文芸部の部室前で、ほかの部活の生徒が写真を撮っているのをしかめっ面で見ている。
「あやねちゃんってインスタやってないの?」
寺山にそう聞かれて、あやねは人間不信の顔をした。
「やってるわけないじゃないですか。石の裏の虫なんですから」
「やってみたら? 別にやっちゃいけない、みたいなルールがあるわけじゃないだろ?」
「でも……」
「あやねちゃんさ、動物好き?」
「ええ、まあ」
「だったら見る専でアカウントだけ作ったら? きゃわいい犬猫どんどこ見れるぜ」
「……そういうのも投稿していいんですね。てっきりスタバの新作と自撮りしか上げちゃいけないんだと思ってました」
陽キャのイメージが貧困すぎるのであった。
◇◇◇◇
あやねがインスタを始めた。
最初は見る専だったがだんだんとなにかを発表したい、という欲が出てきて、あやねは買い物や犬との生活の記録としてインスタを使い始めた。
品のいい私服。かわいい文房具。おしゃれなアクセサリー。センスのいいネイルチップや化粧品。でっかくてムキムキの犬。「石の裏の虫」を名乗るにはあまりにも陽キャっぽい投稿内容である。
そしてもともとのセンスがいいせいで、あっという間にインフルエンサー一歩手前まできた。クラスにもフォローしている人が何人かいるらしい、ということに気づいて、あやねは自分も、陽キャまでいかなくても周りにセンスを認められる人間であることを理解した。
そしてある日、あやねは自分のポメラの画像をインスタにUPした。次の日、クラスメイトがあやねに話しかけた。
「そのちっちゃいパソコンみたいなの、インスタでフォローしてる人もUPしてたよ」
「そ、そうなんだ」
「もしかしてさ、あのインスタグラマーってあやねさん? そのペンケース、同じの持ってたよ」
「ど、どうかな」
「いやぜったいあやねさんだって。アンリくんにそっくりなでっかい犬、あやねさんが河原で散歩してるの見かけたもん」
別のクラスメイトが加勢してきた。そして、ペンケースから取り出した、しゃれたシャープペンシルで、あやねがそのインスタグラマーであるとクラスメイトたちは完全に判断した。
そうなった途端、あやねは「なんだか気持ち悪い子」でなく、「ぜひとも友達になりたい子」になったのであった。
◇◇◇◇
こうして文芸部は「何をやってるのかわからない、怪しい部活」でなく、「センスのいい、面白くて楽しそうな部活」に転生した。
そうなったとたん、教頭先生は文芸部を目の敵にすることはなくなった。明るく健全にやれ、ということであったらしい。
そしてあやねが堂々と、学校で最強のインスタグラマーであるという実績を引っ提げて、教頭先生に「ボロンする小説」の部誌への掲載を直談判しに向かった。教頭先生は難色を示したが、それに文芸としての価値があるなら、と大筋で認めてくれたのだった。
正直、みんな陽キャになっただけでこんなにすんなりいくというのはおかしいことであった。それは文芸部員全員が思っていた。
それを早川が岩波先生に尋ねると、岩波先生は困った顔をした。
「おそらく教頭先生には『高校生はこうであれ』みたいなイメージがあったんだと思うよ。健康的で、みんなと仲良くして、友達がいて……いまみたいになる前って、文芸部は文芸部にしか仲間がいなかっただろ?」
「ええ、まあ」
「いまみたいに、きみたちに友達がいて『高校生らしく』過ごしているのを見て、教頭先生は安心したんだよ」
つまり自分たちは「高校生らしさ」を手に入れたから、自由な活動を認められた、ということか。それはそれで納得できないことであった。
「納得いかないです」
あやねがそう声を上げた。
「まあいいじゃないか、部誌に載せられるんだから。ただし微エロ程度にとどめなさいって教頭先生言ってたからね。小説の表現は婉曲表現、が基本だよ」
納得いかないながらも、あやねの芸術的文章が許されるのなら構わないか、と一同は思った。
文芸部の面々は、部誌を作るべく、コツコツと原稿を書きすすめた。
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