13 努力が見えるようになった

 初夏。文芸部の部誌「この文芸部がすごい!」の締切がじわじわと迫ってきた。

 この高校の文化祭は秋だ。園芸部の焼きトウモロコシや科学部の匂いつき石けんが名物である。園芸部は校舎裏に広い畑を持っており、大量のトウモロコシを栽培しているのだ。科学部のほうは何年か前にそれこそ「陰気な男子ばかりの部活でなく明るく開かれた部活にしなければ」と、手製の匂いつき石けんを売り始め、それが名物になった感じである。


 陽キャに転生して無双する予定の文芸部は、原稿の読みあいに明け暮れていた。誤字脱字、文法上の誤り、もっといいレトリック、そういうものを求めて直していく。

 あやねの書いたものはボロンする小説ではあったものの、とりあえずのところ直接的に合体変形してアヘアヘする描写はない。だが間接的ゆえに、そのまま描写するより段違いでえっちになっていた。

 みんな頭を抱えていた。ただひとり、寺山だけがニコニコしている。


「寺山、お前なんでそんなニコニコできるんだよ」


 早川がツッコむと寺山はイケメンスマイルで答えた。


「そりゃあこんなのぜんぜんかわいいからだ。演劇部に美術部と兼部してる子がいてな、美術部展に漫画を展示するオタクちゃんがいるそうで、それがリアルガチのボーイズラブ漫画なんだそうだ」


 龍本が紅茶でむせた。


「その漫画はべらぼうに絵もコマ割りも台詞回しも上手くて、教頭先生も芸術性を認めざるを得なくてお許しが出たそうだぞ。あやねさんの作品だってそういうことになるんじゃないのか?」


「それは確かに……」


 一同そこで納得して、文化部は帰宅の時間になった。原稿は家に持ち帰って課題の邪魔にならない程度に自分で赤を入れて修正する。ばらばらと文芸部の部室を出る。


 みんな出ていったことを確認して、早川は文芸部の部室の灯りを消し施錠した。つか、とだれかが近寄ってくる。


「真面目に活動しているそうですね」


 教頭先生だった。


「教頭先生。あの、あやね・フランセーズさんの作品のことで、いちど教頭先生とちゃんと話さなきゃいけないと思っていました」


「……やはり、本人から聞いたとおり、官能小説のようなものを書いているのですね?」


「その通りです。直接的な表現を避けたらもっと色っぽくなっちゃって。でも、美術部展で男色漫画の展示が許されたと聞きました。前にお許しをいただいた通り、あやねさんの作品を、部誌に載せるお許しをいただけるんですよね?」


「難しいことを聞きますね。そうですね、あなたがたが『明るい、高校生らしい部活』を目指したことは知っています。それは素晴らしいことですし、努力して『高校生らしさ』の殻を破るべく作品を書いてきたことも知っています。つまり物語の表現で、『物語に必要な色っぽさ』を目指した、という」


 漫画「映像研には手を出すな!」の「流血表現」のエピソードと同じ理論であった。

 そうなのだ、最初にお許しをいただいてから、あやねはずっと努力してきた。「物語に必要な色っぽさ」を目指して、ただセクシーなだけでなく、物語性や盛り上がりを意識して、よりよい物語を作ろうと奮闘してきた。


 しかしそれが、教頭先生に伝わるだろうか。


「その、努力した、ということが、そもそも素晴らしいのです」


「……?」


「文芸部はほかの部活と比べて目立ちません。だからつい他の部活の生徒からしたら『なんかぼーっとするだけの楽そうな部活』に見えるかもしれない。その部活が、はっきりと誰が見ても『努力して頑張っている』と分かるのは素晴らしいことなのです」


 なるほど。

 教頭先生は「努力が見えるようになった」ことを評価しているのだ。


「部誌、期待していますよ」


 教頭先生は静かにそう言って去っていった。


 さて、岩波先生も交えて部誌の編集方針について話し合うことになった。

 早川からひとつ提案があった。


「あの。あやねさんの作品、最初だけ載せて続きはQRコードから読めるようにするのはどうでしょうか」


「それはいいアイディアだ!」


 岩波先生は嬉しそうに手を打った。部員も全員それに納得した。


 その年の部誌「この文芸部がすごい!」の内容はこんな感じであった。


「ネオ・トーキョー・ストーリー」 早川冬樹


「聖騎士と遠き海」 龍本武巳


「小説版『妊娠しちゃった』」 寺山秀一


「クラス1の美少女の秘密をうっかり握ってしまった件」 富士見明


「花影の目論み」 あやね・フランセーズ


 廃部寸前の文芸部の部誌にしては充実していて、龍本と富士見が頑張ったおかげでだいぶ分厚い部誌になった。最後に岩波先生の講評がつく。

 あやねの小説は最初の3行とQRコードを載せて、そこから飛べるようになっている。その辺は岩波先生が、パソコンやホームページ制作にべらぼうに強い美術の棟方先生に協力を仰いだ。美術の棟方先生は中学生のころから二次創作イラストサイトを運営していた人で、あっという間にあやねの小説を載せたサイトをこさえてくれた。検索にひっかからないのもありがたい。


 学園祭の1週間前、刷り上がった部誌が100部ドサっと届いて、文芸部は大歓喜に包まれた。ここまでの頑張りが結実したのだ、喜ばないわけがないのだった。

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