リアコじゃないんじゃ
※※※※
それから数日が経った。
私は紗奈さんとシイナ(勿論オ◯ホじゃなくてコーちゃんに取り憑かせた)と一緒に椎名家に向かった。
「ふぉぉぉ……」
玄関で拝んでいる紗奈さんを放っておいて私は勝手に家に入り、お兄さんの部屋に向かう。お兄さんにインターフォンとか押さなくていいから勝手に家に入って部屋にこいと言われていたからだ。
部屋にはだれもいなかった。
「あれ、お兄さんいないじゃん」
『兄貴は時間にルーズだからなぁ』
シイナはのんびりと言った。
『勝手にゆっくり座ってて。ほら、紗奈さんも』
シイナは、部屋に入らずにオドオドとドアから顔をのぞかせる紗奈さんに声をかけた。
「いや、その……あたし緊張しちゃって……」
『大丈夫だよぉ。ほら見てよ。有野さんなんて我が物顔で一番いいクッションに座ってるんだから』
人を図々しいみたいに言わないでほしいな。それでも私も紗奈さんに声をかける。
「ほら、そこにいたらお兄さん入ってくる時邪魔になるよ」
「そ、そっか」
紗奈さんは慌てたように部屋に入る。
「ふぉぉ……ここが春希さんの部屋……ねぷたの写真いっぱい……」
紗奈さんが、部屋中を見渡してうっとりとしていた、その時だった。
「うるせぇ!!テメェらに用はねぇ!!話も聞きたくねえ!二度と来んな!!」
お兄さんの大きな声が、玄関の方から聞こえてきた。
私と紗奈さんは顔を見合わせ、恐る恐る部屋から顔を出した。
するとまた声が聞こえてきた。
「死んだ人貶めて何が楽しいンズや!!帰れ!次来たら警察呼ぶはんでな!!」
お兄さんの罵声と、ガチャンと玄関のドアが激しく閉まる音が響くと、ドスドスと明らかに怒っている様子の足音がこちらに向かってきた。
ガチャン!!と必要以上に大きな音を立てて、部屋に怖い顔のお兄さんが入ってきた。
「お、おじゃましてます……」
私が恐る恐る言うと、お兄さんはフーッと長い息を吐いた後、怖い顔をしまい込んて私達に向き合った。
「悪い。ちょっとうるさかったべ」
「いや、その、大丈夫です」
そう言うしかなくて、私達は何も気にしていないフリをしてみせた。しかしシイナはそんな空気は読まない。
『兄貴、何だったの?激しい押し売り?』
「まあ似たようなもんだ」
『……もしかして、俺が死んだ後に、悪い霊が取り憑いてるだのねぷたみたいな人を殺す絵を描いてるからだめだって、親父に言ってきた連中?』
「あーまあな。次来たらマジで警察呼ぶ」
イライラとお兄さんはそれだけ言うと、どかっと座布団に座り込んだ。
何もわからない様子の紗奈さんに、私はこっそり説明した。それを聞いた紗奈さんは憤慨した。
「何それ。完全に言いがかりだし。だいたい、御年90の工藤雲天さんなんか、昔むちゃくちゃ首チョンパな絵描いてたし、血みどろの女描いてたりしてたけど、まだまだ現役ピンピンじゃない」
「まあ、そうやって商売するひともいるんでしょう」
私は肩をすくめる。どんな世界にだって、弱った人を狙う輩はたくさんいる。私だって、弱ってた時にどんだけ変な人達に付きまとわれたか……。まあ不幸自慢なんて不毛だからあえて言わないけど。
「ま、気分悪いもの聞かせたな。悪い。じゃ、早速練習するか」
お兄さんは気を取り直したように言う。そして、紗奈さんにも向き合った。
「ああ、悪い。自己紹介が遅れた。俺は椎名春希。あんたは佐々木紗奈さんだよな?ねぷたの配信やってる」
「は、はいっ。……やば、ホントに認知されてたんだ……」
紗奈さんは夢見心地のようだ。お兄さんは苦笑いして言った。
「認知っつーか、紗奈さんの事、ねぷた関係者で知らねえ奴いねえべ」
「うそ……だって登録者数全然無いのに……」
「とう……ろく……?」
どうやらチャンネル登録という概念が無かったようだ。もしかして他の人もかな。後で教えてあげよう。
「よくわかんねえけど、アレだよな?有野さんのねぷた絵のチャレンジを動画で撮りたいってやつ」
お兄さんが言うと、紗奈さんは真っ赤のままコクコクと頷いてカメラを取り出した。
「はいっ。でも幽霊が取り憑いて描くって事でややこしくなるんじゃないかって。練習して最低限描けるようになって、いざ本番将真さんが取り憑いて神絵を描いたらなんかやらせ臭いっていうか。幽霊とか言ったら馬鹿にしてると思われて炎上しそう」
「だよなぁ」
お兄さんは深く頷く。そして急に紗奈さんに頭を下げた。
「確かに、そのチャレンジを動画にとってアップするのは難しいかもしれないけどさ。逆にお願いなんだけど、動画には撮ってもらえねえか」
「ん?」
どういうことか分からず、私も紗奈さんも首をかしげた。
「俺、個人的に記録しておきてえ。弟との、最後の記録。配信はできねえかもしんないけど、俺が個人的に欲しい」
「……あ……」
そうか、お兄さんにとって、これは私のねぷた絵チャレンジじゃなくて、シイナの心残りの解消の記録になるんだ。
「そう、だよね」
思わず私はそうつぶやいた。横の紗奈さんをみると、自分のカメラを見つめながら深く頷いていた。
「わかりました!完ぺきに記録してみせます!」
「そいつはよかった。サンキューな」
お兄さんが紗奈さんにそう笑いかけると、紗奈さんは昇天しそうになっていた。おーい、リアコじゃないんじゃないのかい?
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