来ちゃった、じゃないよ

 ※※※

 その日、私は親に強制的に参加させられた単発バイトに来ていた。

 早生りんごのりんご仕分けバイト。時給はそこそこいいんだけど、インドア派の私には眩しい陽の光の下で働くってだけでも死にそうである。

 昨日夜遅くまで漫画を描いていたので、ねむいやら、りんごのお尻の部分がなんだかいかがわしいのもに見えてくるわで、ショボショボする。

「あ!月菜ちゃん!月菜ちゃんじゃない!?」

 急に話しかけられて、私はビクッとする。まだこの街にあまり知り合いはいないはずだけど。

「あたしあたし!覚えてる!?佐々木!佐々木紗奈ササキサナ!」

 テンションの高い、日焼け対策バッチリの帽子の女。だれだっけ。私は必死で記憶をたどる。

「あー、薄情!絶対忘れてたでしょ!ほら、前に野菜の袋詰めのバイトで一緒だったじゃん!!」

「あ、ああ!」

 私はようやく思い出した。前の単発バイトで一緒だった、ねぷたオタク、佐々木紗奈さん。紗奈さんがいなかったらシイナの話が半分も分からなかったはずだ。

「やだー偶然!また一緒?農作業好きなの?」

 テンション高い紗奈さん。

「いや、その、親に、たまに外で働いてこいって言われて無理やり出された」

「やだ、もしかして月菜ちゃんニートなの?」

 ズケズケと聞きにくい事を聞いてくる紗奈さん。一周回って嫌いじゃない。

「ニートではないんだけどね。副業、みたいな。紗奈さんだって、ちょくちょく単発バイト入れてるけど……?」

「月菜ちゃん、あまり人の個人情報探るのはよくないと思うよ」

 マジな顔で言う紗奈さん。人に聞いておいて、なんてひどい子だ。さらに半周回って嫌い。

 そんな紗奈さんは、このバイトに慣れているのかすごいスピードでりんごの仕分け作業をしている。

「そう言えば月菜ちゃんとは、夏のバイトぶりだよねー。あ、今年のねぷた見た!?今年の下町駅前商店街のも傑作だったよね〜。でもあたしの中で今回のMVPは徳名会のねぷたかなぁ。あれ、雲流さんが描いたんだよ。知ってる?雲流さん。工藤雲天さんの弟子で」

 ヤバい、何言ってるか全然わかんない。

 口と手を両方動かしまくる紗奈さんに、私は曖昧にアー、と呻くしかできないでいた。

「ごめん、私実は全然祭り行ってないんだよね」

「えっ」

 紗奈さんはりんご作業の手を止めて、信じられないものをみるような目でこちらを見てくる。

「何で?どうして?その時期風邪でもひいてた?」

「いや、別に」

「え?ねぷた見に行かないとかあるの……?月菜ちゃんは何を楽しみに夏を生きてるの……?」

 そのセリフ、前にも聞いたな。私はつい、シイナの事を思い出してしまった。

「あ、ねえ紗奈さん、紗奈さんは椎名将真って知ってる?」

 ふと聞いてみると、紗奈さんはりんごをボロリと手から落とした。そして、口をへの字に曲げ、涙目になってプルプルと震え出した。

「え、さ、紗奈さん、大丈夫?」

「し、椎名将真さん!あたし凄いショックだった!あたし、将真さんの絵、凄い好きだったよ!」

 紗奈さんはそう言って、ダバーっと涙を流した。ヤバイヤバイ、仕事中なのに泣かせちゃった。

 私が慌てているうちに、紗奈さんは話を続けた。

「弔問にも行ったよ。将真さんが最後に描いたっていうねぷたの下絵見せてもらった。それ見たらホントマジで……うぅぅ……」

「な、泣かないで。ほら、お仕事お仕事……」

「うう……取り乱してごめん〜」

 紗奈さんが泣き出したのを、ほかのバイトの子も少しドン引きした顔で見ていた。


 休憩時間になった。それぞれがお菓子や飲み物を飲んみながらおしゃべりしたりスマホをいじっている。私も一人で巨大アンパンを頬張っていると、紗奈さんがまた近づいてきた。

「さっきはごめんね。急に泣かれてビビったよね」

「あー、うん、大丈夫」

 私はアンパンを急いで飲み込んで頷いた。

「私も、ちょっと訳あって最近弔問に行ったからさ」

「そうなの?じゃあ見た?あの遺作のねぷた絵の下地」

「うん。私詳しくないんだけど、あれって、桃太郎だよね?」

 私は先日見た下絵を思い出す。ハチマキを巻いた男、犬、猿、雉、そして鬼。ねぷた絵が詳しくない私でも分かって、そしてちょっとだけ可愛いな、と思ってしまったのだ。

「そうなの!!」

 紗奈さんは勢いづいて言った。

「椎名将真さんはね、結構三国志を描くことが多かったのね。それもそれで最高なんだけど、今回は桃太郎だったみたいだよね。どうやら将真さんに依頼したとこが保育園を経営してるとこだったみたいで、だったら子どもにもわかりやすい題材にしようって考えたみたいなのよ」

「へえ」 

「まあ、でも意外に、桃太郎にするって決めたって伝えてみたら、桃太郎なんて子供っぽいのヤダってねぷた好きの園児に言われたみたいでね。結構ショック受けた、みたいなことを言ってたみたい」

「へえ」

 色々詳しい紗奈さんに、私は感心してしまう。

「ねえ、あの下絵ってどうなるのかな」

 私がふとたずねると、紗奈さんは肩をすくめた。

「さあねぇ。そのままじゃないかな。ていうか、将真さんの下絵を、お兄さんの春希さんが描いて完成させたらどうかって案もあったみたいだよ。でもお兄さんがそれはできないって断ったらしくて。まあ将真さんが依頼受けた団体の分のねぷたは、お兄さんのほうでちゃんと新しく描いたみたいだけどね」

「へえ」

 思った以上に詳しい紗奈さんの説明に、私は深く頷いた。ま、もうシイナはいないから関係無いけど。気にしない気にしない。

「あ、そうだ月菜ちゃん。連絡先交換しない?またいい農作業あったら一緒にやろうよ」

「別に私農作業好きでやってるわけじゃないんだけど」

 そう言いながらも、連絡先の交換には賛成なので、スマホを取り出そうとカバンの中に手を突っ込んだ。

 財布とスマホしか入っていないはずのカバンに、何やらふわふわした感触を感じた。あれ?これはまさか……

 私は慌ててカバンを覗いた。

『えへ、来ちゃった』

 来ちゃった、じゃないよ!

 ぬいぐるみのコーちゃん、もといシイナが、突然アパートの前に現れた彼女みたいなセリフを音量小で発しながら、カバンの中に鎮座していた。

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