家族だもんね
「別にファンとかじゃねえから!ただ、すげえほかのそういう系の漫画と比べてすげえ絵が迫力あって、なんっつーか惹かれて、その……。つーかそれとこれとは関係ねえからな!俺は絶対認めねえからな!あ、今の認めねえっつーのは将真の遺作に手をつけることに対してであって、お前の絵はたまんねぇ……じゃなかった、いや、その」
おっとお兄さん、大混乱。
とりあえず、私の数少ないファンの1人だっていうことと、結局シイナの遺作に手を加えることは許さないって事は理解できた。
まあ、ちょっと頭に血がのぼっちゃったけど、元々シイナに身体貸すつもりもねぶた描くつもりも無かったからいいんだけど。
私は、ちゃんと説明しないシイナの代わりに説明することにした。
「お兄さん、私は元々、弟さんに身体貸してあれの続き描こうとか全然思ってないんですよ。弟さんはお兄さんに取り憑きたくても取り憑けないみたいなんです。たまたま、ほんとたまたま私には取り憑けるからああいう頼み事されただけで。私は身体貸すとかまっぴらですから」
「そうなのか」
『え?別にたまたまとかじゃ……』
「そうですよ!だから安心して下さい。弟さんの遺作に手なんか出しません!」
私が胸を張った時だった。
『もー、二人して勝手に話しないでよ!』
シイナが不機嫌そうに発言した。音量は大だ。
『俺の問題なんだよ。俺も話に入れてよ。何だよ、死んだ人は仲間はずれかよ』
「いや、仲間はずれとかじゃ」
お兄さんはオロオロとシイナを抱える。シイナは振動機能で体を勢いよく震わせた。
『今日はもういいよ。俺先帰るから。勝手に二人で話してれば。でも俺は二人の話し合いの結論なんか無視するからね』
そう言い切ると、シイナは急に振動をやめ、ピタリと動かなくなった。そして、その後はうんともすんとも言わなくなってしまった。
「ちょっと、帰るってどこ帰ったのよ……」
私は、シイナの入っていた、ぬいぐるみのコーちゃんを見ながら呆然としていた。
お兄さんは、キッと私を睨んだ。
「お前があんまりにも冷たい言い方するから!だから将真がヘソ曲げちまったじゃねえか!」
「え、私関係なくない!?」
「将真は小さい頃から寂しがりやなんだよ!無視されるのが一番嫌いなんだ」
「知らないけど」
「どっか行っちまったじゃねえか!せっかくまた死んだ弟と交流できたのに……」
思った以上に凹んでいるお兄さんを見たら、別に私が悪いとは思っていないけど何だか罪悪感が生まれてきてしまった。よく考えたらそうだよね。家族だもんね。
「あの、多分弟さん、ほとぼりが冷めたらまたうちのぬいぐるみに取り憑くと思うので……その時はご連絡するのでゆっくり落ち着いて話したらいいんじゃないでしょうか」
取り憑くとか、ねぷたを描くとかそういうのは置いといて、兄弟は仲良くしてもらいたい。そのための協力なら全然してもいい。
私はスマホを差し出して、お兄さんに連絡先の交換を促した。
「ずいぶんと賑やかにしているようだけど、春希、オメ、お客さんに失礼してるんじゃねえべな?」
「してねえよ」
やっぱりうるさかったようで、お父さんが部屋にのぞきにきて、お兄さんに険しい顔をむけた。
私は慌てて立ち上がった。
「すみません、うるさくして。今ちょうど帰るところなんです」
「ああ、そうですか。こちらこそあまり構えずにすみません」
お父さんは、私に対しては丁寧に挨拶してくれる。
ふと、私はお父さんにたずねた。
「あの、アトリエにあった将真さんの描きかけのねぷた絵、あれってずっとあのままなんですか」
私の問いに、お父さんは一瞬戸惑った表情を浮かべた。そして、一瞬だけお兄さんを見て、その後天井を見上げながら言った。
「わかりません。正直、完成しないままのあのねぷた絵をみるたびに、将真はもういないんだと自覚させられて辛いんです。でも、だからといって処分もできないし誰かの手によって完成させるのも何だか違う気がして」
お父さんの言葉に、私は一人ぎくりとする。
「とりあえずしばらくはあのままです。なので、いつでもどうぞ、将真の絵に会いに来てやって下さい」
丁寧に頭を下げるお父さんに、私は頷くことしか出来なかった。
ねぇシイナ、あんなお父さんの気持ち知ったらやっぱり無理だよ。私はさっきまでシイナだった、空っぽになったぬいぐるみのコーちゃんをそっと撫でてそう思った。
その日はそのまま帰ったが、帰ってもコーちゃんに再度シイナが取り憑く様子もなく、もちろんオ◯ホに取り憑く様子も無かった。
どこに行ったのかわからないまま、次の日も、また次の日もシイナが現れる様子は無かった。
まあ別にもう関わってこないならそれでいいんだけどさ。
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