望むところです

「まあ泥棒扱いしたのは謝る。俺は椎名春希シイナハルキ。そいつの兄だ」

 全く謝っていない態度で、お兄さんは自己紹介する。私もそっけない顔を作って自己紹介する。

「有野月菜です。弟さんに身体を狙われています」

『語弊!!』

 シイナは文句を言ってくる。


 結局あの後、落ち着いたお兄さんによって、別の部屋に案内された。そこにも大量のねぷた絵やら賞状やらが飾られていた。どうやらお兄さんの部屋らしい。

 マグカップにナミナミと淹れた緑茶と大きな大福も差しだされ、私は恐縮しながらも大きな口で頬張った。

「将真の葬式のすぐ後にさ、俺のスマホから声がしたんだよ。『兄貴、聞こえる?』って。スマホの読み上げ機能の声だったけどすぐに将真だってわかった。で、その将真が『兄貴に取り憑かせもらえない?ねぷた完成させたいんだ』って言ってたんだよ」

 そう言って、お兄さんは、自分のマグカップをクルクルと回す。

 なるほど、初めはお兄さんに取り憑こうとしてたのか。そういえば、さっき見たネットの特集ページで、四つ年上の兄もねぷた絵師だとか書いてあったな。

「俺さ、あん時は将真死んだばっかで、悲しくて幻聴でも聴いたのかと思って、だから『何馬鹿なこと言ってんだよ。生き返って、てめぇでやれよ』って悪態ついちまったんだよな」

『そうだったねぇ』

 シイナはのんびりと同意している。

「そしたらそれからスマホから声が聞こえなくなってさ。あれ、やっぱり幻聴だったんだって思って見てみたらスマホのデータ全部飛んでるしよ」

『その件についてはごめん。霊障ってすげえよな』

 しんみりとお兄さんは言ってるのに、シイナはちょっと他人事だ。そんなぬいぐるみシイナを、真剣な顔で見つめながらお兄さんは言った。

「将真、あの時は悪かった。もう今年のねぷたは終わっちゃったけど、まだこの下書きは残ってる。この女じゃなくて、俺の身体に取り憑いて完成してくれ」

『無理』

 即答するシイナに、お兄さんは絶望的な顔をした。

「俺がダメでなんでこんな女ならいいんだ!」

「こんな女とはちょっと失礼ではないでしょうか」

 私は一応抗議してみる。

 ていうか、シイナだってお兄さんが嫌いで無理とか言ってるんじゃなくて、取り憑けないだけだってちゃんと説明しないと。ほら、お兄さん超こっち睨んでるじゃん。

『有野さんだって、ねぷたは素人だけど、多分迫力のある絵は描ける。なんか、オーラで感じるんだ』

「何だよオーラって!」

 そうだよね。それに関してはお兄さんに同意だけど。

「じゃあお前、見せてみろよ。お前の絵」

「はっ!?」

 突然言われて私は動揺する。

「見せてみろ。他人であるお前が将真の遺作に手を加えてもいいような器なのかどうか見てやるよ」

 その言い方は重い!

 ただ、言われてみればそうだ。私はさっきアトリエに広げられていた下書きを思い出した。

 キレイに広げられていた下書き。アトリエもキレイに手入れされていたし、多分しばらくの間は弔問客に遺作をみてもらって、そしてその後は大事に大事に、何か朽ちない手段をとって、保存しておくつもりなのではないだろうか。ご両親の気持ちを考えたら、他人の私が勝手に遺作に手なんかつけられない。

「うん、そうだよね。お兄さんの言う通り。私は遺作に手を加えるわけにはいかないよ」

 私はシイナに向かってそう言った。

 ていうか、そもそも私は取り憑かせることも許可してないけどね。

 私の言葉に、お兄さんは鼻で笑った。

「ふん、わかりゃいいんだ。だいたい、迫力の絵とか言ったって、どうせチャラチャラした絵なんだべ?」

「はあ」

 急にそんな事を言われればカチンとくる。そりゃ、人様の遺作の、伝統祭りみたいな作品に手を出せるようなレベルではないけど。でも絵を仕事にしている私にとっては、そんな事言われたらさすがにプライドがプンスコと爆発してしまう。まあエロですけど。

「チャラチャラなんて、何も知らないくせに勝手な事言わないでくれる?」

「はあ?どうせあれだろ?今時はタブレットでしか描けないんだろ?手で筆持ってなんか描けねえだろうが」

「はあー?タブレットバカにしないでもらえます!?ていうか、筆でも描けますけど!?」

 サインとか筆で描きますけど!てか筆で描いて、浮世絵見てるみたいで暑苦しすぎてヌけないとか言われてるレベルですけど!

「なら描いてみろよ!」

「望むところです」

 私は、乱暴に差しだされたスケッチブックと筆ペンを手にとった。何を描くとか考えず、勢いだけで描く。

 描くのは女だ。今連載中の女教師にしてやれ。髪は乱れ髪、服からはち切れんばかりの乳、まあでもエロ絵って思われるのも困るから露出は控え目(私基準)。ああ、もうこのペンインクの出が悪いな。

 私は使いづらいペンを掠れさせながらも、素早く、そして勢いよくセクシーな女教師を生み出し、お兄さんの目の前に出してやった。

「こんな感じです」 

 ドヤ顔で差し出す私。そして、お兄さんの方の反応は……。何やら口を金魚みたいにパクパクさせて、私の顔と絵を見比べている。あれ、何か想像と違う反応だけど……。でも驚いているのは確かのようだ。

 ふふん、私の絵に慄いてるんだな。なんせ一応こっちだってプロだからね。

 何も言わないお兄さんに対して、シイナの方が興味津々で発言してきた。

『あ、俺も有野さんの絵、ちゃんと見てみたいな。この状況じゃ見えないから、もう一回有野さんの身体貸して……』

「ダメだ!」

 突然、お兄さんが大きな声をあげた。

「だ、ダメだ、こんなスケベな絵、将真は見んな!」

『え?スケベな絵なの?』

「え?スケベではないでしょ」

 私はキョトンとして自分の絵を再度見てみる。

 確かにちょっと胸は大きめに描いたけどさ、ちょっぴりセクシーな普通の女教師でしょ。

 私が首を傾げながら言うと、今度はお兄さんは慌てたように、「そ、そうか。そうだよな。スケベってほどではないな」とオドオドと目をそらしてきた。

 何だ?さっきの勢いはどこいった?

 私は考え込んで、考え込んで、そして一つの可能性にたどり着いた。もしかして。

「お兄さん……無野月太郎ってご存知ですか」

「!!?」

 私のペンネームを聞いた瞬間、あからさまにお兄さんは目を見開いた。これはまさか。

「私の絵……ご存知なんですね?」

「……いや、その……」

『え?何何?何の話?』

「待て、将真。今俺は情緒が混乱している。いや、いくら絵が上手くてもやっぱりこの女にお前の遺作を任せるわけにはいかない……でも、その……」

 お兄さんは意を決したように私に小声で言った。

「……いつもお世話になっています。後でサイン下さい」

 お兄さん……やっぱり私のファンだったんですね。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る