泣いてるよ
私はお父さんに向き合ってたずねた。
「あの、将真さん、ねぷた描いてたんですよね。もしご迷惑で無ければ見せていただいても?」
「ああ、いいですよ」
あっさりとお父さんはそう言うと、私を別の部屋に案内してくれた。
そこは、さっきチラリと見たアトリエより、さらに奥にある部屋だった。
そこには粘土や絵の具の匂いは無かった。
墨と、あとロウソクみたいな匂いがこびりついていた。
壁にいくつものねぷた絵やねぷた祭りの写真が飾られていて。
そして……。
「これ……は?」
床に大きな和紙が置かれていた。よく見ると、鉛筆みたいなもので大きな扇形と、何やら絵が描かれている。
「ねぷた絵の下書きです。将真の最後の仕事でした」
お父さんが静かな声で説明する。
私は息を呑んで、壁に飾られた絵と、その下書きを見比べた。
「ゆっくり見て良いですか。触ったりしないので」
「ごゆっくりどうぞ」
もしかしたら私みたいに見に来る人がいるのかもしれない。お父さんは言われ慣れているように頷いた。
私がしゃがみ込んで絵を観察しようとした時だった。
ビャー、っというインターフォンが鳴った。
「すみません、ちょっと来客のようで。ごゆっくり見て行って下さい」
お父さんはそう言って行ってしまった。
見知らぬ人を、息子の遺作あるときに残して行っていいの?私が悪い人だったらなんか盗むかもしれないよ?何だかいい人すぎて勝手に心配してしまう。
でもとりあえずお言葉に甘えてゆっくり見ようと、私は近くにしゃがみ込んだ。そして、カバンからぎゅうぎゅうに詰めたシイナを取り出した。
「これ?シイナの言ってた、完成させたい絵って」
『うん。多分ね』
「私、ねぷた正直わかんないけと、これ、可愛いね。だって……」
『うーん……』
「ああ、そっか、見えないんだっけ」
『何となくオーラで分かるけど……。やっぱりぬいぐるみの目じゃ、見えないんだよね』
うん、その先を言いたいのは分かる。ここまできたら仕方ない。
「変な事しないでよ。一瞬だけだったら、取り憑いてもいいよ」
『ホント!?やった!』
そんなシイナの喜びの電子音が聞こえたと思ったらすぐに、私は意識を失った。
〜〜〜
「……い、……おいっ!」
誰かに揺さぶられる気配がして、ハッと我に返った。
ふと気づくと、私と同い年くらいの、金髪の派手な男の人に顔を覗かれていた。
取り憑かれるとこんな感じなのか。全然意識がなくなって怖。
「す、すみません、ちょっとぼーっとしてて」
私は急いで立ち上がって、声をかけてくれた派手な男の人にペコリと会釈した。
しかし、男の人の方は険しい顔で私を睨んでいた。
「いやいや、お前ぼーっとしてたっつーか、すげえうろちょろしてたぜ。何も盗ってねぇだろうな」
「はっ?」
盗ったなんて人聞きが悪い!そんな事するわけ……あ、いや、シイナが何をしてたかは分からないんだった。でも。
「そんな事してないよ!多分!」
「多分って何だよ!」
ヤベ、怒らせちゃった。
「つーか、お前誰なわけ?将真の知り合い?見たことないんだけど」
「えっと、SNSで趣味を通じて知り合ってまして……」
「はあ?SNS?将真がそんなのやってたなんて俺知らねえぞ。俺が知らねえのにそんなのやってるわけねえべや」
いや、あんたこそ誰。SNSなんてこっそりやってたりするもんでしょ。
って言いたかったけど、男の人の迫力に押されてモゴモゴしか言えない。
「うわ、超怪しい!人呼んでくる!」
「え、ちょっと!」
何か大事になりそうで面倒くさい!私が慌てて止めようとしたその時だった。
『ちょっと!兄貴!ケンカやめてよ!』
電子音が響いた。シイナが叫んだらしい。
「あ、兄貴、だと?」
男の人は完全に動きを止めて動揺している。助かった?
「なあ、今どこから声がした……?」
「え?声……ああー」
私はシイナを持ち上げて、男の人の前に差し出した。
「この、ぬいぐるみ、です」
「ぬいぐるみ……?」
『よ、兄貴、久々』
シイナが軽く挨拶する。てか、この男の人、シイナのお兄さんだったんだ。
軽いノリのシイナに対して、お兄さんは突然膝から崩れ落ちた。
「お前……将真……!将真なんだな!」
お兄さん理解早。助かるけど。
お兄さんは、シイナの前で、しゃがみ込んでしまい、泣いているかのように顔を床に埋めた。
「将真……お前どこ行ってんだよ……」
『ああ、うん。今このぬいぐるみに取り憑かせてもらって意思疎通はかってるんだ。いずれはこの有野さんに取り憑かせてもらってねぷたの続き描こうと思ってて。
あ、あと兄貴、今度親父に言って、仏壇のお菓子、和菓子じゃなくてチョコとかにしといてって伝えておいて』
「お前がいなくなって……ホント……」
ねえ、シイナとお兄さんの温度差違いすぎるんだけど。見えてないから?シイナに見えてないからなの?一応教えてあげたほうがいいかと思い、私はシイナに囁いた。
「シイナ、お兄さん泣いてるよ。もうちょっと情緒出してあげて」
「泣いてねえよ!」
涙目のお兄さんがすごい勢いで噛みついてきた。
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