恥のデッドロック
涼しい風を浴びながらボロ自転車を走らせる。
グーグルマップ様のご案内によると、20 分くらいで到着するはずだ。
途中でコンビニに寄って香典袋を購入する。あれ、いくら入れればいいんだっけ。社会人常識無いからわかんないんだよなー。
私がコンビニの前でもぞもぞとスマホで常識を検索していると、カバンの中でブルブルとバイブが作動した。あれ、電話かな、とカバンを開けたところで、スマホは既に手に持っていることに気づいた。
ということは?つまり……
「なぜ!いつの間に入った!?」
カバンの中に、ぬいぐるみのコーちゃんがちゃっかり入り込んでいたのだ。いや、これはコーちゃんじゃなくて。
「シイナでしょ?どうやって入ったわけ?動けるの!?」
『へへ、振動機能使ってちょっとずつ移動して、有野さんが着替えてる隙にカバンに』
「着替え見たの!?変態!」
『見てないよぉ!っていうか見えないんだってば!ぬいぐるみの目じゃ見えないって言ったじゃん!』
シイナは電子音のくせに憤慨してみせる。
『ところでさ、うちの実家に行こうとしてるんでしょ?道わかる?』
「行こうと思ってたけど、行く気無くしたかも」
『何でだよぉ。行こうよ。描きかけのねぷた絵もあるしさ、是非見てもらいたいからさー。あ、行くの面倒になったなら、俺が取り憑いて家まで自転車漕いであげるけど』
「絶対やめて」
私はシイナを睨んで、カバンに押し戻した。
『わあ、何でしまっちゃうのー。俺も外の雰囲気味わいたいー』
「いい歳した女が、女子アニメのぬいぐるみ持ち歩いてたら恥ずかしいでしょ」
『あー、オタクなんだなって思われるだけじゃん』
「それが嫌なの。てか百歩譲って付いてくるならもっと持ち運びやすいのに取り憑いてほしいんだけど」
私はカバンにぎゅうぎゅうとシイナを押し込みながら言う。
『一応、スマホに取り憑いても喋ることできるんだけどさ』
「え、そうなの」
私は一瞬押し込む力を弱めた。そうか、スマホも読み上げ機能とかあるし、その方が色々都合よさそう。
『でもさ、霊障?なのか、データ飛んじゃうんだよね』
「それは迷惑だから絶対やめて」
ならまだぬいぐるみのコーちゃんの方がいい。シイナは続ける。
「あとは、デジタル音声じゃないパターンだと、動く口と舌があれば喋れるんだよね……」
「口と舌」
口が動く人形とかぬいぐるみはいくらでもあるけど、舌とかはあまりなさそうだな。私がそう思っていると、シイナは少しバツが悪そうな雰囲気で言った。
『一応、有野さんの部屋にあったんだよね……口と舌が動く玩具……』
「え?そんなの……」
無いはず、と思ってすぐにハッと思い付いた。まさか、それって……。
『いや、その、さすがにそれに取り憑くのは絵面がヤバいっていうか。いや、でもその、有野さんがそういうの持っててもほら、全然いいと思うんです。でもね、いや、俺も詳しくはないんだけど、あの玩具は男用だと……』
「それ以上言ったら、電池抜くからね」
私はシイナを脅す。
まさか、そんな、シイナに漫画の資料用で買ったオ◯ホールが見つかっていたなんて!!自分で使う用じゃなくあくまでも資料用なんだって言い訳したかったけど、そうすると私がいかがわしい漫画描いてるのがバレてしまう。なんという恥のデッドロック!!
私は恥ずかしさのあまり、シイナを必要以上に押し込み、バンのファスナーをしっかりと閉まってから言った。
「とりあえず、行ってみるだけだから。あんたにお焼香して成仏してもらうようナムナムしてくるだけだから。だから大人しくカバンに入っててよ」
『勝手に成仏させようとしないでよぉ』
不満そうに電子音を鳴らすシイナを無視して、私は香典袋にお金を入れてまた自転車を走らせた。
到着した【椎名絵画教室】は、まるでごく普通の一軒家のようなところだった。
庭には手入れされた園芸植物があり、多分家主のものと思われる自転車も置いてあり、生活感溢れまくりの教室だ。
玄関には、絵画教室へ御用の方はこちらからどうぞ、と書いてあった。
絵画教室へ御用の方じゃないけど、ほかの入口がわからなかったので、そこの玄関のインターフォンを押す。ビャーっという古臭い音が鳴って、すぐに人が出てきた。
「はい」
白髪交じりだけど若々しい男の人だった。
『あ、親父の声だ』
カバンから音量小の電子音でシイナが呟いていた。
私はすぐにお辞儀をして、香典袋を差し出した。
「はじめまして。あの、私、椎名将真さんの知り合いで……その、もう何ヶ月も経ってからで申し訳無いのですが、お線香を上げたくて……」
「ああ、将真の知り合いですか。どうぞ」
男の人、シイナのお父さんはニッコリと笑って中に入れてくれた。
シイナのお父さんについていくように廊下を歩く。途中大きなアトリエのようなものがあった。教室で使うのだろうか。
学校の美術室のような、絵の具や粘土の匂いのする廊下を抜けて、和室に案内された。
「すみません、散らかってて」
「いえ……」
私は息を呑んだ。そこにはよくある仏壇に、さっきネット記事で見たばかりの生前の椎名将真の写真が置かれていた。
それを見た瞬間、急に潰れそうなくらいの罪悪感が襲ってきた。なんかノリで、軽い気持ちでここに来てしまった事を後悔した。
ああ、人が亡くなっている。
散らかっているといいながらもキレイにされている仏壇と染み付いた線香の香りに、それを実感させられた。
「有野月菜さん、でしたか。将真とはどんな知り合いで?」
お父さんが、私の香典袋を見ながら尋ねてきた。
さっき話たばかりで。息子さんに取り憑かせてほしいと言われてて。なんて言えないので適当に誤魔化す。
「あの、絵の趣味で、SNSで仲良くなりまして。あ、私前まで東京に住んでて、あまり会ったりはしたことないんですけど」
「ああ、SNS。いや、今時ですね」
お父さんはよくわからないながらも相槌を打ってくれる。
「確かに、訛ってないからこっちの人じゃないなって思いましたよ」
にこやかなお父さんに線香を差しだされ、私は仏壇に手を合わせる。
その時ふと、カバンがブルブルと震えているのに気づいた。無視しようとしたけど、遺影を見てしまったらあまりシイナを無碍に出来ない気持ちになってきた。わかったわかった。見ればいいんでしょ。
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