暑苦しい。ですか
とにかく今日はどこかへ行ってくれと言って、私はシイナを廊下に出した。
しばらく電子音でキーキー言っていたが、少ししたら音沙汰が無くなった。どこかへ行ってくれたようだ。
それにしても親がいなくてよかった。親がいたら、とうとう独り言が大きくなるくらいおかしくなったんじゃないか、とか早くバイト探せとか、うるさかったはずだ。
元々親は私の仕事が好きではない。ま、好きなわけはないよね。
「はー、ねぷた絵師の幽霊かぁ」
私は脱力しながらさっきの事を回想していた。
マジで夢じゃないよね。夢だとしたら設定謎すぎ。
仕事をする気が無くなってため息を付いていると、電話が鳴った。
そういえば、編集の小川さんが今日電話してくるって言ってたな。
私はダラダラと電話に出る。
「はい」
「お疲れ様です。無野先生、進捗状況の確認です」
小川さんはいつも機械みたいに聞いてくる。
『無野』は私のペンネームだ。無野月太郎。本名から適当につけた。
「進捗は順調です」
私も釣られて機械みたいに答える。
「それは良かったです。今度出版社のフェアで、カラー一枚絵が欲しいのですが、来週までに仕上げてもらえますか」
「えーっと、テーマみたいなのは?」
「冬のエロで」
「わかりました」
これくらいの依頼ならメールでも良いのに。わざわざ電話してくるなんて。私は嫌な予感がした。
「ところで、今の女教師、あと3回で完結出来ますか」
「あと3回、ですか」
くそ。やっぱり打ち切り連絡だったか。
「悪くはないんですよ。固定ファンもいますし。ただ、新規のファンがなかなか増えない。やっぱり絵が独特で」
「『暑苦しい』、ですか」
よく言われるのだ。私の絵は暑苦しい、と。アツが強い、とか。ストーリーはラブコメを描きたいのにどうもラブラブキュンキュンを描くにはちょっと絵面が暑苦しい、ということで男性向けエロの道を勧められた。結局、それでそこそこ成功してはいるものの、やっぱり暑苦しいのか、今時の好みには合わないらしい。
「でも、私は是非また描いてもらいたいと思ってます」
お世辞かもしれないけど、機械的なセリフだけど、そう言ってもらえるのは少し救われる。前はメール一本で打ち切りを告げられていたので、小川さんはとても律儀な人なんだと思う。
「今度はちょっとファンタジーなんか入れてみるのはどうでしょうか。ありきたりですが触手とか」
「触手……私が描くとなんか大蛸みたいになるんですよねぇ」
私は、ため息をついた。そしてふと思いついて言ってみた。
「幽霊に、取り憑かれるっていうのはどうでしょうか。君の中に入りたい、みたいな」
「幽霊ですか。正直それもありきたりですね」
小川さんは容赦ない。
実際さっきあった大事件なんだけど、エロ漫画編集者からすればありきたりな出来事のようだ。
とりあえず私は、一枚絵の了承と、完結に向けてプロットを練り直す約束をして、小川さんと電話を終えた。
「あー、もうやる気しなあーい」
私はスマホをベットに放り投げた。もう今日は何もしない日にしよう。私はそう想ってパソコンを閉じようとした。
ふと、さっき調べた椎名将真の事故のネット記事が開いたままだったのに気づいた。
何となく、検索してみる。『椎名将真』……。すると、事故の記事のほか、数年前に地元新聞で若手の活躍している人、として特集されている記事も出てきた。
小学生の頃から何度も賞をとり……10代にして本格的にねぷた絵を依頼されるように……。四つ年上の兄も同じく若手ねぷた絵師で……。へえ、すごいね。エリートだ。
実家は絵画教室らしく、そこのアトリエで作業している写真が載ってあった。イケメンってわけじゃないけど、爽やかなごく普通の若者である。
さっき打ち切りを告げられたばかりでこういうのを見てしまうとなんだか黒い気持ちが芽生えてしまう。
一方で、さっきシイナが言っていた、『ま、有野さんは生きてるんだしね』とか『作品を完成出来ない悔しさ』とかの発言がジワリと染みてきた。
「ま、暇だし、ちょっと行ってみようかな」
私は、その記事にあった椎名将真の実家、【椎名絵画教室】の住所を検索して、数少ない外着に着替え、三日ぶりくらいに外出を決めたのだった。
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