全部やだよ

 コーちゃんに取り憑いたシイナという幽霊の指示で、私はパソコンで事件の記事を調べていた。

 7月上旬の記事に、確かにあった。


 交通事故の記事だ。信号無視の車に撥ねられて死亡。被害者は大学生の椎名将真(21)。


『これこれ。これが俺。はじめましてシイナショウマです。シイナでいいよ』

 軽いノリでシイナは言った。

「はあ、はじめまして。有野月菜アリノツキナです……」

 あまりの軽さに、私もつい真面目に自己紹介をしてしまう。

『ホント死ぬほど痛くてさー、そしたらマジで死んだもんねー』

「えっと、その……御愁傷様です」

 私はなんと言っていいかわからずとりあえずそう言ってみる。

 そして再度その新聞記事を読んでみた。

「えっと、椎名将真さんは、若手ねぷた絵師としても活躍されており……って、書いてあるけど……そうなの?」

『そうなんだよ』

 シイナは心なしか自慢げに言った。


 ねぷた。青森市のねた祭は小学生の教科書に乗ってるくらい有名だが、弘前市のねた祭りとなると、少しだけ全国知名度は落ちる。

 扇形の大きな灯籠の山車を、囃子と共に練り歩く祭りだ。その扇形の灯籠に筆や蝋で色鮮やかに描かれている力強い大和絵みたいな浮世絵みたいなヤツがねぷた絵であり、それを描くのがねぷた絵師である。

 ……って私もぼんやりとしかしらないのだけど、今年の夏前に短期アルバイトで野菜の袋詰めのバイトに行った時に、一緒に働いた同い年くらいのねぷたオタクの女子にに熱く語られたので覚えている。


「知ってる人は知ってるんだけどさ、あ、でも興味ない人は分かんないか」

「あの、ごめん、私実は今年こっちに引っ越して来たばっかりでさ。今年のねぷた?も面倒くさくて見に行ってな……」

『嘘だろ』

 シイナはぬいぐるみの振動機能で震えてみせた。

『ねぷた見に行かないとかあるの……?有野さんは何を楽しみに夏を生きてるの……?』

「そこまで?」

 私は熱量の違いに呆れた。

 だってしかたないじゃん。私は別に地元の人間でも、観光でここに来てるわけでも、好きで移住してきた人でもないもん。

「私さ、去年、仕事中に過労で倒れちゃってさ。

 それ知った母親から、どこでもできる仕事なんだからこっちに来なさい、どうせまともな食事もしてないんでしょ、って図星なことを言われて、今年初めて青森の弘前に来た身なの」

『え?じゃあここ実家なんでしょ。学生時代住んでた、とか小さい時に住んでた、とかじゃないの?』

「私が社会人になるまで住んでた実家は別なとこにあったよ。震災で潰れちゃって、親の遠い親戚頼ってここに来ただけだから」

『それは、ごめん』

「いや別にもう今更。ってか、死んだ人に気遣われるのもなんか微妙だよね」

『ま、そっか。有野さんは生きてるんだしね』

 シイナは切り替えが早い。もうちょっとしんみりしてくれてもいいんじゃないかな。

『ところでさ、有野さんは絵を描く人なんだよね』

「え、ま、まあ絵、描きます、ね」

 急に言われて、私はオドオドしながら答えた。

『だよね!なんか有野さんからは凄い迫力のある絵を描く雰囲気を感じたんだよね!』

「迫力の、ある絵」

 私はギクリとする。

「絵、私の絵、見たの?」

『いや、見えないよ。幽霊になるとね、ちゃんと見えなくなるの。このぬいぐるみも、目はボタンだから取り憑いてもよく見えないし。でもオーラ的なのでなんとなく雰囲気だけは感じて、それで行動出来るって感じなんだ。

 で、有野さんの絵に、すごくねぷた絵みたいな迫力のオーラ感じて』

 シイナの言葉に、私は思わず自分の描いた絵を隠す。

 無理。私の絵は絶対に見せられない。

 絶対ヒかれる。

「勘違いじゃないかな?ぜーんぜん、ねぷたとかと違う絵だし」

『そうかなあ。ま、でもとりあえず俺のお願い聞いてもらいたいんだけど』

「やだ」

 私は即答した。でもシイナは無視して続ける。

『あのね、まず俺を有野さんに取り憑かせてもらってぇ』

「やだ」

『で、ちょっと絵の練習してもらってぇ』

「やだ」

『で、俺の描きかけのねぷたを完成させてもらいたいの』

「やだ!」

『全部やだじゃん!』

「全部やだよ!」

 何で私がワガママみたいな態度なのよ。てか初手の取り憑かせてもらうとかから無理なんだけど。

『なんだよぉ、若くして命を落とした可哀想な青年の為に一肌脱いでくれたっていいじゃないかぁ』

「よくないよ。っていうか、ねぷた絵描きたいなら私じゃなくて、その、ねぷた絵師?っていう人のとこ行けばいいんじゃないの?知り合いとかいるでしょ」

 私は自分の絵を急いで片付けながら言った。そんな私の慌てっぷりを見えていないようで、シイナは寂しそうに言う。

『だめなんだよ』

「だめって何で」

『こういう玩具とか……魂のないものには取り憑けるんだけど、魂のある生き物にはなかなか取り憑くの難しくて。有野さんには取り憑く事ができたからチャンスだ!って思って』

「え?私には取り憑けるの?私も一応生き物ですけど」

 一日中ほとんど動かない日が多いから、もしかして置物だと思われてる?

「ていうか、もしかして私にもう既に取り憑いたことあるの?」

『ああ、うん、1週間くらい前に。寝てる時にちょろっと』

「やだ!変態!」

『何もしてないよぉ』

 シイナは慌てて言う。

『ちょっと有野さんの中に入って歩いてみただけ!人に取り憑くと目も見えるんだ!あ、でもすぐに出たよ!ちゃんと許可得てから本格的に取り憑こうと思って』

「本格的に取り憑く許可なんで与えないからね!」

 私は喚く。

 信じらんない!うら若き乙女の身体に入るだなんて!どう考えてもスケベ案件じゃん!

『お願いだよぉ!絵を描くだけ!ねぷた絵、途中だったんだ!』

 シイナは必死に言ってくる。器用に振動機能まで使ってアピールしてくる。

『有野さんだって絵を描く人なんだろ?なら俺の気持ち分かるんじゃない?自分の作品を完成できない悔しさが!』

「わ、わ、私の絵は、そんな……」

 そんな、作品とか……ねぷた絵みたいに全国の人に認められている作品と比べられても困る!

 私は、手元にある自分の絵を見ながら首を振った。

 だって私の今描いてる絵っていうのは……シイナが迫力の絵って言ってくれてるのは……『◯辱・◯濁にまみれた女教師』……。男性向けエロ漫画なんだから!!












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2024年11月30日 18:00

エロ漫画家、幽霊に憑かれてねぷたを描く りりぃこ @ririiko

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