描いてやろう

「まあいいべ。有野さんのスケベは置いとけ」

 雑に話をまとめられたけど、これ以上グタグタ言うと墓穴を掘りそうなので何も言うまい。私はむすっとしたままマグカップのお茶を一気飲みする。


「なあ将真、お前はあのねぷた絵を完成させたい。その為に誰かに取り憑く必要がある。でも取り憑けるのは今のところ有野さんだけだから有野さんに取り憑いて描きたい。そういうことだよな」

『そうだよ』

 シイナは振動しながら言った。

『有野さんは嫌がってるし、兄貴も嫌がってるけどね』

「将真、嫌がってるのは有野さんと俺だけじゃないぞ。多分お前がそれをやろうとしたら親父も嫌がると思う」

『え、何で』

 シイナは少し動揺しだした。

『有野さんが素人だから?何も関係無い素人が俺の絵に手をかけるなって?だったら親父にも兄貴みたいに説明すればいいじゃん。俺が幽霊になって取り憑くから問題無いって』

「やめとけ。お前がしんでからな、クソみてぇな奴らがうちに何人か来たわけよ。若い息子さんが亡くなったのは悪い霊が憑いてるだの、ねぷた絵で人を殺している絵を描いたのが良くないから祓ってやるだの馬鹿な事を言ってくる連中がさ。そんなんだから、親父に霊がどうのこうの言ったら塩撒かれて出禁になるに決まってる」

『塩かぁ。塩は怖いなぁ』

 私は、二人の話を他人事で聞いていた。とりあえず、やっぱり幽霊って塩に弱いんだな、いい事聞いた。とだけ思っていた。

「だから、一旦、あの下絵はあきらめてくれ。親父のために」

『うぅ』

 さすがのシイナも、お父さんの事を言われたら何も言えなくなるらしい。

 よしよし、シイナには悪いけど、どうやら取り憑く話は無くなりそうだ。

 私はほっとしながら巨大チョコパンを詰め込んだ、その時だった。


「だからな、あの下絵は遺作として置いておくとして。完全新作を書くっていうのはどうだ?」

『え?』

「え?」

 私はシイナと同時に声を上げた。

『え?完全新作?下絵から?』

「ああ、そうだ。それなら中身が将真の有野さんがここで描いていても、親父には俺がうまく誤魔化してやるよ。完成したのを、将真の作品だとは言えないけど」

『いいよ。それでも!』

「私は良くない!」

 話がまとまりそうになっていたので、私は慌てて口を挟んだ。

「だから、私はヤダってば!取り憑かれるのなんで絶対ヤダ!」

『何も変な事しないよぉ』

「そうだ。俺もちゃんと将真が変な事しないか見ててやるよ」

「身内なんて信用できないもん」

 私はプイッと口をとがらせた。

「見てればお兄さんはシイナに甘いし、それに私だって一応仕事があるのに、そんな大変な事できないよ」

「俺は甘くなんかねえよ。まあでも、大変な事っつーのは分からんでもないけどな。だからさ」

 お兄さんは私に向かってにやりと笑った。

「ちゃんと給料出すっていうのはどうだ?」

「給料?」

 私は思わず聞き返した。そろそろ漫画の方も打ち切りの身なのでこういう話には弱い。

「えっと、給料とは?」

「将真がお前に取り憑いている時間分、時給を俺から払うよ」

「……どれくらい?」

「青森県最低賃金くらい」

 うー、微妙……。でも、取り憑かれるのって体力仕事でもないし、意識失ってるうちに給料発生するっ実はオイシイのでは?

 私が、うんうんと唸っている隙に、シイナがお兄さんに心配そうに話しかけていた。

『兄貴いいの?俺のために、お金まで……』

「別にいい」

 お兄さんは、ぬいぐるみであるシイナの頭をポンポンと軽く叩いた。

「俺さ、こう見えて、お前が死んでから結構落ち込んでマジでキツかったんだ。周りからはお前の分も頑張って生きろとか言われるし、お前の代わりに色々ねぷた絵の仕事するたびにキツかった。お前とまた話ができるだけで、それだけで嬉しいんだ。本当は有野さんに取り憑くのは反対ではあるけどな」

『兄貴……』

 兄弟のじんわりシチュエーションの横で、私は脳内電卓を叩いていた。

 うん、よし、仕方ない。

「わかった。いいよ。変な事しないなら、協力する」

 私は二人(一人と一体?)に向かって堂々と宣言した。

「ねぷた絵、描いてやろう!」

『有野さんも、ほんと!?ありがとう!』

 シイナは振動機能で喜びを表現する。お兄さんも真面目な顔で私に頭を下げてきた。

「悪いな。世話になる」

「いえいえ」

「さすが、金の力は偉大だな」

 お兄さん、いいシーンなんだから、人を守銭奴みたいに言わないでほしいな。






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