自己嫌悪になってきた

 結局紗奈さんは家の近くまで送ってもらい、ペコペコを頭を下げながら帰っていった。


「あれ、佐々木紗奈さんだよな。あの、ねぷたの配信やってる。知り合いだったのか?」

 お兄さんは紗奈さんを見送ると、今度は私を助手席に乗せて出発した。私はシイナを膝に乗せながら首を傾げた。

「さあ、農作業の現場でしか会わないからほとんど素性は知らないんだけど。あ、シイナも言ってたね、あの人知ってるって」

『まあね、すっごい追っかけで、たぶんねぷた絵師で知らない人はいないと思うよ。あの人の解説凄いんだよ。制作現場見た?脳内覗いた?ってレベルで的確で鋭い感想が挙げられてるし、写真も凄いキレイ』

 シイナが補足してくれる。

 へえ、紗奈さんって本当に凄い人なんだ。

『それよりも!有野さんひどい。勝手に兄貴呼ぶなんて。どうせまた二人で俺の無視して話し合うんでしょ』

 振動機能で怒りを表現するシイナ。お兄さんはため息をついて言った。

「ヘソ曲げてんじゃねえよ。今度はちゃんと皆で話し合うって。なあ」

 同意を求めてくるお兄さんだけど、私は別にそんなつもりはない。お兄さんにシイナを引き渡して、あとはでよく話し合ってうまいことやって、幸せに成仏してもらうことだけを願っている。私はあまり関わりたくない。

 私は同意するでも否定するでもなく、「あー」と曖昧に頷いた。


 トラックはシイナとお兄さんの家に到着した。

 家の前でシイナと一緒に降ろされる。


「俺、とりあえずトラックを会社に返してくるわ。弟と一緒に裏口の自宅の方から勝手に入って、俺の部屋で待ってて」

「会社?」

「ああ、俺、近くの工務店で働いてんだよ。現場終わって真っすぐ行ったからな。勝手にトラック乗り回すなって殴られる前に急いで返してくるわ」

 そう言い残すと、お兄さんはさっさとトラックで行ってしまった。

「お兄さん、ねぷた絵師って言ってたけど……。別な仕事も持ってるんだね」

 私はつぶやくように言った。

 シイナは『そりゃそうだね』とあまり意に介していないようだ。

「人から認められるようなジャンルの絵を描く人でもちゃんと他の仕事をキッチリして……私なんか人に言えない絵を描いてる分際のくせに、何日か短期のバイトしただけで死にそうになってるの……なんか自己嫌悪になってきたよ」

『どうしたの有野さん。ていうか、有野さんもとても力強い絵描いてるじゃん』

 それは、シイナが私の絵をちゃんと見てないからそんな事言えるんだよ。別に私だって、自分の仕事を卑下してるわけじゃないけど、堂々と言える絵かって言われたら絶対言えないし。


 とりあえず、私はシイナを抱えて、お兄さんに言われた通り自宅の方の入口から入る。

「勝手に入って、ご両親がいたら不審がられないかな」

 不安そうに言いながらお兄さんの部屋に向かう。

『大丈夫じゃない?自転車無かったから多分親父出かけてるよ』

 シイナの言葉に、少し安心しながらお兄さんの部屋に入った。

『ねぇねぇ有野さん、俺さ、久々に兄貴の部屋見たいなぁ。どんな感じかなあ』

 シイナは甘えるように言ってくる。多分また私に取り憑きたいんだろうけど、そうは問屋が卸さない。

「基本的にいつも取り憑くのはだめだけど、今日は、特に絶対イヤ」

『えー』

 だって、仕事帰り真っ直ぐ来たから凄い汗かいたままなんだもん。絶対臭いもん。私だってまだうら若き乙女なんだから、もし取り憑かれて、あれ?この身体臭くね?とか思われたら絶対嫌だもん。

『ねぇねぇー、ちょっとだけ、ちょっとだけ有野さんの中入らせてよぉ』

 なんだこの変態くさい最低男みたいなセリフは。私はギロリとシイナを睨んだ。でもシイナには私が睨んだのは見えていないらしく、能天気に『ねぇねぇー』と連呼していた。

 うるさいな。やっぱり電池抜こうかな。


 少しして、お兄さんが帰ってきた。

 部屋に入るなり、巨大チョコパンと巨大マグカップのお茶を渡してきた。

「さっきまで農作業してきたんだろ?腹減ってね?」

「減ってる」

 私は素直にチョコパンを頬張った。

「なんなら、汗も凄いから早く帰りたいです」

「別に、うちでシャワー浴びてってもいいぞ」

「いや、それはちょっとスケベ案件じゃないですか」

 親のいない家で、年頃の男女が二人きり(幽霊もいるけど)で、シャワー浴びてこいよなんて。どう考えてもスケベ案件だ。

『前から思ってたけど、有野さんって、すぐスケベとか変態とか言うよね。そんな事ばっかり考えてるの?』

 シイナが少し呆れたように言う。私が憤慨して反論しようとすると、お兄さんがシイナを窘めるように言った。

「将真、いいか、有野さんは四六時中スケベな事を考えてねえとだめなんだよ。そういう人なんだ」

「違うっ!」

 優しく理解を示すな!ていうか別に四六時中スケベな事なんて考えてないし!

『そうなの?』

「違う!」

 私は再度強く言い張った。まあ結構考えざる得ないけど、でも四六時中ではない!!

「だ、だいたい、お兄さんもシイナも、別に四六時中ねぷたの事考えたりしてないでしょ!?」

「考えてるけど」

『考えてるよ』

 兄弟が口を揃えた。

 ……そうか。そうなの?

 私は牙を抜かれてしまって言葉を見失ってしまった。





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