信じるのが早い……

「大丈夫?月菜ちゃん落ち着いた?」

 紗奈さんは、パニックを起こした私をドウドウと落ち着かせた。

「ごめんね。ちょっとアレに取り憑かれるとかマジでホラー過ぎて……全然マニア系エロじゃなかった。衝撃恐怖映像だった……」

 私はブツブツと言いながら、カバンをぐっと握りつぶすように押さえ込んだ。

 気づいたら目の前にパスタが届いていたので、とりあえず私は思いっきり大口ですすった。


「なんか月菜ちゃん動揺してるみたいだけど……やっぱ気になるから聞いてもいい?それ、何?」

 誤魔化しはできないようだ。紗奈さんは私のカバンを指さした。

 私は一瞬考え込んで、そしてもうめんどくさくなったので決心して言った。

「信じてもらえなくても、いいんだけどね」

「うん」

「幽霊が、私の持ち物に取り憑いて、それでしゃべったの」

「…………へえ……」

 紗奈さんは微妙な顔をしている。信じているのかいないのか、呆れているのか、私には紗奈さんの表情を読み解くことができなかった。

「まだ、しゃべれるの?」

 紗奈さんの問いかけに、私は嫌だったけど、押さえつけていたカバンを少し緩めて、そして少しだけ口を開けた。


『もー、押さえつけないでよ』

 カバンの口が開くや否や、シイナがすぐに文句を言ってきた。

『はじめまして、紗奈さん。俺、シイナショウマです。ちょっと前に死んだ幽霊やってます』

「…………」

 シイナの声が聞こえたはずなのに、紗奈さんは表情を変えずにぼーっとカバンを見つめている。私は心配になって紗奈さんの顔を覗き込んだ。

「あ、あの、紗奈さん、大丈夫?」

「シイナ、ショウマ」

 紗奈さんはうわ言のように呟くと、私のカバンに向かって言った。

「あなた、誕生日は?」

『8月2日。ねぷた祭りの時期なんだよ』

「去年描いたねぷた絵の題材は?」

『えっと、三国志の諸葛孔明を描いた気がするな』

「初めてねぷた絵を描いたのは?」

『5歳くらいだったかな。兄貴の真似して。はじめはただ筆使うのが楽しかっただけだったけと』

「……全部正解……」

 紗奈さんは小さく呟くと、真面目な顔で私に言った。

「私、信じる!幽霊!そこに、椎名将真さんがいる!」

「ああ、信じるのが早い……」

 ありがたいけど。


 ともかく、紗奈さんが信じてしまった……じゃなくて信じてくれたので、シイナは遠慮なく喋りだした。もちろん、私はカバンから取り出すつもりはないのでカバンの中から声を発する。

『佐々木紗奈さんだよね。俺知ってるよ。いつもキレイに動画撮るよね。配信の解説も』

「……推しに認知されてる……ヤバ……私死ぬのかもしれない……」

「やめて、幽霊増やさないで」

 今度は私が紗奈さんを落ち着かせる番だ。しかし、思ったより紗奈さんは冷静な口調だった。

「私、将真さんが亡くなって本当に残念に思っています。将真さんの最後に描いた下絵、完全形で見たかったです」

『うん、俺も完成させたかった』

 紗奈さんと私のカバンがしんみりしている。

『だからね、俺、有野さんに取り憑いて、またねぷた描こうと思ってるんだ』

 え、それ言っちゃうの?私はちょっと不安げに紗奈さんを見る。

 紗奈さんのことだから、私みたいな素人に取り憑いて描くなんて!と怒りそう。

 しかし、思いがけず、紗奈さんはウットリとした顔で言った。

「シイナさん、それ、最高です」

『でしょ』

 マジで。ねぷたガチオタにお墨付き貰っちゃった?

「ところで、なぜ月菜ちゃんだったかだけ教えてもらってもいいですか」

『有野さんにしか取り憑けなかったんだよ。兄貴には無理だった』

「なるほど」

『だからね、有野さんにねぷた絵の練習してもらってるんだ!』

「なるほど!」

 紗奈さんがキラキラした顔でこちらをみてくる。

「差し出がましい提案ですが!月菜さんのねぷた絵の練習、私が手伝ってもよろしいですか!」

「ぇ゙」

 私は思わず変な声がでてしまった。

「待って待って、紗奈さん絵師じゃないよね?」

「いいですか、月菜ちゃん。絵の習得とは、まずは知識からです。私には技術はありませんが知識はあります。それを伝授できればと思いまして」

「待って、なんで急に敬語なの」

 急に距離感を感じてしまい、悲しい。

「もちろん、余計な事するなと言われればしませんが」

『ううん!助かる!兄貴も教えるって言ってたんだけど、仕事もあるし。俺はほら、こんな身体だから』

 シイナは嬉しそうに同意した。ねえ、私の意見は?

 私には一切意見を聞くことなく、紗奈さんはシイナに続けてお願いした。

「あ、あと!もしよろしければ!密着して配信してもいいでしょうか!ねぷたのねの字もわからない素人が、訓練して描けるようになるまで、みたいな」

『ほう、なるほど』

「待って待って」

 さすがに私は止めに入った。

「え、だめでしょ。私取り憑かれてんだよ。私が練習して描けるようになってるんじゃなくて、あくまでもシイナが描いてるんだよ。嘘ついてることになるじゃん」

「うーん、まあそうだよね」

 紗奈さんはあっさりと同意してくれた。しかし、シイナのほうが食い下がってきた。

『有野さんが、練習しまくって、ガチで描けるようになるなら問題無くない?俺も取り憑いて描くのがやりやすくなるだろうし、有野さんだけで描けるようになれば、もしかしたらねぶた絵の依頼来るかもしれないよ』

「いや無理でしょ」

 私は即答する。

「シイナ、小さい時からやってたんでしょ。素人が数日で出来るようになるわけないじゃん」

 何より、そんなガチで練習とかしたくないし。

『まあ、そっか。じゃ紗奈さん、配信の件はちょっと保留で。俺一回兄貴に聞いてくるから!』

 保留じゃなくて中止してもらいたいんだけど。そんな私の気持ちをよそに、シイナは私のカバンの中の大人の玩具に取り憑くのをやめて、どこかへ行ってしまったようだ。多分お兄さんのところへ行ったんだろう。


 私が大きなため息をついてカバンを持ち直すと、紗奈さんはキラキラした顔のままこちらを見ている。

「はあ。何?」

「なんか、ワクワクしてこない?」

 全然。むしろめんどくさくなったな、と、思う。

「私、今日久々の女子会だと思ってワクワクしてきたのに……なんでこんな事……」

「え、そうだったの?ごめん。やっぱりニートだとあまり外出しないの?」

「だからね、ニートじゃないのよ」

 私はそう言っておおきなため息をついた。そんな私を憐れむように紗奈さんは撫でてきた。

「えっと、なんかごめんね。私もねぷたのことになるとつい……ほら、今から女子会しよ?ね?」

「うん……」

「女子会っぽい話、女子会っぽい話……えっと、どこのタピオカ美味しいと思う?」

「タピオカは多分古いって……」

 私は呆れながらも少し元気を取り戻した。

 紗奈さん、基本的に悪い子じゃないんだよな。


 まあ結局その日は女子会を堪能できなかった。

 お兄さんの部屋に会話できる物体が無いことを思い出してこちらに戻ってきてしまった為に、紗奈さんもついシイナと熱いねぷたトークをはじめてしまったからである。

 私はひたすらにドリンクバーをおかわりするしか無かった。










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