めんどくせぇ男

 ※※※※


 シイナに身体を貸す約束をしてしまった翌日。


 私は本職の漫画に取り掛かっていた。


 せっかく新キャラとか出したのにあと3話で終わりならストーリーはかなり変更しなきゃいけない。あーもうヤケクソでおっぱいボロンおしりボロンしまくろっかなー。ぶっちゃけ皆、ストーリーよりエロ見たいんでしょー。最後の3話やりまくる展開でいいんじゃない?

 でも最後をめちゃくちゃにすると今度は編集から呆れられて次の仕事が絶望になる可能性がある。

 あーもうめんどくさぁい。プロット直したくなぁい。


 私はペンを置いて転がった。

 その途端に、バサリと昨日お兄さんから預けられたねぷた絵練習セットが目の前に落ちてきた。

 見本のねぷた絵、半紙のような紙。とりあえず家で写し絵するみたいに何度も描け、と言われた。筆とかは来た時に教えてやるから、とも。

 こっちもこっちでめんどくさいのだが、何も考えずに写し絵するだけなのは、この黒くぐしゃぐちゃな気持ちの気晴らしになるような気がした。


 私はパソコンをしまい、机の上に見本を広げる。そしてその上に半紙を敷く。恐る恐る写し絵の要領でゆっくりと見本をなぞっていると……。


『もっと豪快にいったほうがいいよ』

「うひゃあ!!」

 急に話しかけられて私は飛び上がった。

「わあ、びっくりした!ずれちゃったじゃん!」

 私は、急に話しかけてきたシイナに文句を言う。

 昨日お兄さんのところに行ってからコーちゃんが喋らなくなったので、もうシイナはコーちゃんから離れてお兄さんのところにいるのかと思っていた。

「何でまたコーちゃんに取り憑いてんの?私の方から今度シイナの家に行くから、それまでお兄さんのとこいればいいじゃん」

 私は文句を言いながらズレた箇所に消しゴムをかける。柔らかい紙が少しだけクチャリと折れた。

 シイナは口をとがらさせたような口調で言った。

『だって、兄貴の部屋にあるもので、話せるような物なかったんだもん。誰ともしゃべれないと寂しいじゃん。スマホパソコンはデータ飛ばしちゃうし、こういうぬいぐるみも無いし、探したけどオ◯ホも無かったし』

「最後のは探さないであげて」

 私は呆れたように言う。ていうかあったら取り憑いたの?絵面がホラー過ぎるでしょ。マニアック系エロ漫画じゃん。

「だからって気楽にうちに来るのもやめてほしいんだけどね。今度お兄さんに、しゃべるぬいぐるみ買っておくよう伝えるよ」

 私はそう言いながら再度写し絵にチャレンジする。

『ねえ、よく見えないんだけど、有野さん今ねぷた絵練習してるよね?』

「そうだよー。シイナの為に頑張ってるんだから、邪魔しないでよ」

 私は恩着せがましく言ってやる。

『ねえ、オーラとか雰囲気でしかわかんないけど、有野さんちょっとビビりながらゆっくりやってるでしょ?』

「え?」

『ダメダメ、もっと勢いつけていかないと。目尻に向かってグワッと。鼻もスッて。髪とかヒゲとかはもうザッザッザッて。最終的には筆で力強くガーッて書くんだからね。てか、鉛筆じゃなくて初めから筆ペンとかでババーッていくのもアリだよ』

「擬音語ばっかじゃん」

 さてはシイナ、教え下手だな。

「まあ始めだから甘く見てよ」

『ダメダメ。のんびりやってるうちに、俺が成仏しちゃったらどうすんのさ』

「よかったね、って思うよ」

『ひどいな、薄情者ー』

 シイナは振動機能で怒りを表現してみせる。

 あんまりいじめるのも可哀想なので、「わかったわかった、ガーッてやるから」と言いくるめてシイナをおとなしくさせた。


 その時だった。


 スマホにメッセージが入ってきた。

[ヤッホイ元気?明日とか暇?よかったら一緒にランチでもしない??]

 佐々木紗奈さんからだ。ずっと引きこもり生活が続いていて、同世代からのこういう軽い誘いから遠ざかっていたので、急にドキドキしてくる。

 急いで[暇だからする]とすぐに返すと、向こうからもすぐに返事が来た。

[さすがニート]

 だからニートじゃないってば。ざっくりひどい事を言ってくる紗奈さん、でもやっぱり一周回って嫌いじゃない。

『お、何何?ちょっと楽しそうなオーラ出してるね。おデートのお誘いですか?』

 シイナがからかうように言う。何でたまにウザいオッサンみたいになるんだろう。

「佐々木紗奈さんからのランチの誘いだよ」

『ふうん。俺も一緒に』

「来ないでね」

 私はあっさりと拒否る。

「何女子会に紛れようとしてんのよ」

『だって暇なんだもん』

「お兄さんのとこ行ってなよ」

『だから、兄貴のとこじゃ話せないんだってば。媒体が無いから。佐々木紗奈さん、ねぷたマニアでしょ。俺も会話に加わりたい』

「いやいや、絵面がシュール過ぎるし、紗奈さんびびっちゃうよ」

 ていうか、紗奈さんとシイナがねぷたトークなんかしだしたら、私絶対会話に加われないじゃん。

「ともかく、身体貸す約束はしたんだから、それ以上構ってあげる筋合いは無いからね」

 私はピシャリと言い放った。

 すると、シイナは黙り込んだ。

 あれ?言い過ぎたかな?そう思った瞬間、シイナは激しく振動し始めた。

『じゃあいいもん。楽しくしてくればいいじゃん。俺は一人で寂しく浮遊霊してますよーだ!』

 そう拗ねたような音声を残した後、パタリとシイナは動かなくなった。

 私は、お兄さんが前に「将真は小さい時から寂しがり屋なんだよ!」と言っていたのを思い出してゲンナリする。なんてめんどくせぇ男なんだ。




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