続き描きたい?

「えっと、今日はじゃあどうする?」

 私が恐る恐るたずねた。

「今日はやめて……」

『やろうよ』

 今までずっと黙っていたシイナが急に声を発した。

『ごめんね、なんか空気的にやめたほうがいいのかなっては思うんだけど。でも、やっぱりしたくて。でもさっき入ってみたけど今のままじゃやっぱ筆の感じ全然だめで……。ごめん、わがままなんだけど……俺、早く目的達成させてサッサと成仏しちゃうから……そうしたらもう面倒は……』

 珍しい。ずっと強引でわがまま言い放題だったシイナの突然の弱気発言に、私はちょっと驚いた。

「サッサと成仏するとか言うなよ。面倒とか思ってないから」

 お兄さんが慌てたようにシイナを抱えた。

『いや、親父にそんな心労かけたくないし』

「大丈夫だって。あのふざけた奴らの事は俺に任せておけよ。な?」

『うん……』

「ほら、有野さん!やろうぜ。よく考えたらせっかく来たのに何もしねえんじゃつまんねえよな。スパルタでやるべ!」

「スパルタはしなくてもいいけど」

 私は苦笑いをした。

 と同時に、妙に弱気なシイナが、私は少しだけ気がかりだった。

 シイナが、全然だめだといった、さっき書いたばかりのねぷた絵をそっと撫で、私はお兄さんに抱かれたままのシイナを、心配そうに見つめた。



「んじゃ、気を取り直しましょ!あたしはカメラ回させて貰うね。春希さんも月菜ちゃんもあまりこっちには気を使わないで」

 紗奈さんが、部屋の隅にカメラをセットする。

 仕切り直し、という空気にする紗奈さんはさすがだと私は感心した。

「じゃあ早速筆、使っていくか」

 お兄さんは紗奈さんのカメラには目もくれず、さっき用意した筆に、たっぷりと墨をつけていく。

「一応これ、画材店で買った奴だけど、家で練習する時は、普通の習字用のでいい」

「普通の習字用のも無いけど」

「学生時代のもねえのかよ。安いのでいいから買えよ」

「必要経費で後で精算してくれる?」

「がめついな。本業で使えばいいだろ」

『ねえ、有野さんの本業って何?』

「え?ニートじゃないの?」

 シイナと紗奈さんが興味津々に聞いてくるのを無視しながら、私はお兄さんから筆を受け取った。


 筆の先からダラリと黒い雫が垂れて、敷かれた新聞紙に黒い染みが広がった。

 恐る恐る筆を和紙の下絵に筆をつけ、ゆっくりと滑らせていく。

「おい、もっと勢いつけてガッといけよ。下書き気にしねえでいいから、バーっと流すように」

「お兄さんも擬音語派ですか。さては兄弟揃って説明下手だな」

 そう文句を言いながらも少し勢いを持たせて筆を動かしていく。しかし、勢いをつけると今度は線がズレてしまった。

「うーん、難しいな」

「まあ初めはそんなもんだ」

 お兄さんはそう言うと、自分も新しい和紙を取り出して横に置いた。そして、下書きも無く、筆を滑らせていく。

「下書きをなぞろそうとしなくていい。1から描くつもりで。で、勢いつけないと墨がブレる。書道と同じだ。目とか鼻も、初めは不格好でもいいから。あとから筆の細かい使い方教えるからまずは輪郭を勢いよく描けるようにしよう」

「書道わかんないっす」

 私はそう文句を言いながらも、初めて近くで見る描かれていく瞬間に少し感動していた。

 キレイな線。そう思ったのが一番だった。

 同じ黒い線なのに、お兄さんのは明らかに「芸術」だった。

「で、こっちの筆、太いやつ。まあ別に決まってるわけじゃねえけど、俺は眉毛とか髭はこれを使ってる」

 そう言いながらペンキでも塗るような太い筆で毛を入れていく。一つの線だけでキレイな髭が完全する。

「凄……」

 思わずそう呟くと、お兄さんはちょっとドヤ顔でこっちを見てきた。

「ふん、結構コツが必要だぜ」

「なんかこの技術使えば陰毛一瞬で描けそう……」

 つい私が呟くと、お兄さんはちょっと妙な顔になった。

「それは……こう……情緒がねえなぁ……」

 残念そうなお兄さんの顔。

「……うん、ごめんね。ちゃんと心込めて陰毛描くね……」

 ファンをがっかりさせるわけにはいかないね。

「ともかく、これも何度も描いてみな。下書き無しの和紙もいっぱいあるしな」

「はーい」

 素直に私は頷いて、筆を走らせる。

『懐かしいね。俺も昔、兄貴に教えてもらったよな』

 シイナはふと呟くように言った。

『やっぱ兄貴、上手いよなぁ……』

「春希さんには春希さんの魅力が、将真さんには将真さんの魅力があります!!」

 紗奈さんがすぐに強い口調で言う。

『ありがとう。俺、ちょっと向こうの部屋に行ってるね』

 そうシイナが言うと、ぬいぐるみコーちゃんが微動だにしなくなった。


「シイナ、なんかテンション低かったね」

 私は、筆の使い方を教わりながら、シイナの抜けたコーちゃんを見つめた。

「まあ、親父の事に関しては色々あるから」

 お兄さんはそれだけしか言わない。

 まあ、あまり家族の事に関して首を突っ込んだりするのはキャラじゃないしやめておく。


「あー、そろそろ休憩したい!」

 何枚か描いたところで、私は背伸びをしながらわめいた。

「おやつ!おやつ食べたい!」

「分かった分かった。今持ってくるから」

 そう言うと、お兄さんは筆を横に寄せると、おやつを取りに向かってくれた。

 私もトイレに行こうと部屋を出た。


 トイレから戻る途中、ふと、シイナの生前最後の下絵の置いてある部屋の前を通りがかった。その途端に、ふっと冷たい風を鼻先に感じた。

 まるで、こちらに来てと誘われているような気がした。

「もしかして、シイナ、いる?」

 私は呟くように言うと、その部屋をそっと覗いた。

 電気もついていないその部屋は、ほんのり暗いままだった。

 シイナがここにいるかなんてわからない。媒体が無いとシイナは喋れないんだから。ただ、多分いるな、というのは何となく感じた。

「やっぱ、この絵、続き描きたい?」

 シイナが返事をしたとしても聞こえないのに、私はついたずねてしまう。案の定、何も聞こえない。でも、冷たい風がまた鼻先に感じた。同意なのは否定なのかは分からなかった。


 部屋に戻ると、巨大マグカップに入った緑茶と巨大クリームパンが置かれていた。

 先に紗奈さんとお兄さんがぱくついていたので、私も二人の前に座ってクリームパンに手を伸ばした。

『いいなっ!俺も食べたい!』

 急に、コーちゃんが起動した。シイナも戻ってきたようだ。

「お前は食べれねえだろ」

『……有野さんに……』

「取り憑かせないからね!」

 キャンキャンと言い合っていると、さっきのあの部屋の雰囲気はやっぱり気のせいだったかな、という気持ちになってくる。

 そうだよね、別に私霊感あるわけじゃないし。なんかさっきの部屋を見たらちょっとアンニュイになっちゃっただけだね。たぶん。

 私はそう自分に言い聞かせて、クリームパンを頬張った。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エロ漫画家、幽霊に憑かれてねぷたを描く りりぃこ @ririiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画