第21話 傲慢

 王凱おうがいとその取り巻きたちが、勝ち誇りの笑みを浮かべて見下ろしていた。その悠然とした様子を見るに、彼らは難なく第一等に列せられたに違いない。


「……僕たちに何か用か?」

「いやなに、ちょっと様子を見に来てやったのさ。しかしまあ、何だあの成績は? あれだけの大見得を切ったってのに、蓋を開けてみれば結果は第四十等! しかも他の童生たちに大きく突き放されてのどんじりだ。やはり馬鹿は何をやっても馬鹿なんだな」


 王凱は、ぽんぽん、と欧陽おうようぜんの肩を叩いた。

 欧陽冉が悲鳴をあげて縮こまる。そのやり取りに違和感を覚えたが、雪蓮が言葉を発するよりも早く梨玉が叫んだ。


「はあ!? そう言う王凱さんたちは何位なの!? さぞやいい成績だったんだろうね!?」


 だったに決まっている。丙三へいさん以外はほとんど第一等だったのだから。

 李青龍が慌てて梨玉と王凱の間に割って入った。


「まあまあ、梨玉殿、あまり突っかかっても仕方があるまい。王凱殿も我々に構っていたら時間を無駄にしてしまうよ、お互い二場に向けて勉強をするのがよろしい」

「勉強だと? そんなものは俺には必要ない」


 王凱は当然のことのように言った。


「俺は卓南たくなん王家の嫡男だ。お前たちのような雑草とは、端から頭の出来が違うのよ。言うなれば鷽鳩がくきゅう大鵬たいほう、俺のような者は内閣大学士になるべく生まれてきたのさ」

「何言ってんの……?」

「生まれの卑しい者に科挙登第は無理だと言っているのだ」

「わ、私だって官吏になろうと頑張ってるもん! 家族のために……」


 王凱は鼻で笑う。


「……可哀想だなあ、どれだけ努力しても貴顕の者には敵わないのさ。現に結果が物語っているじゃないか。我々甲二組は難なく第一等を獲得したが、お前たちは立ち直れぬほどの成績だ。さっさと負けを認めて昨日の非礼を詫びたまえ」

「王凱。そういう問題じゃないだろ……」

「口答えをするんじゃない。雷雪蓮、お前も許さぬからな。ろくに道学も知らない分際で俺に盾突きやがって。お前に科挙なんざ似合わんよ、故郷の村に帰って畑でも耕していればいいのだ」


 ごん、と、側頭部を拳で小突かれた。

 この男はとことん根に持つタイプのようだ。言葉を尽くして反論してやってもよかったが、ここで目立った揉め事を起こせば、受験資格を剥奪される可能性も否定できない。となれば、いったん波風を立てない方向で収めるのが得策である。


 雪蓮は李青龍に目配せをした。

 彼はすぐさま頷いて言う。


「王凱殿、こちらが悪かった。どうかここは穏便に――」

いわく」


 その場の全員がぎょっとして梨玉を見た。

 北辰のような瞳が、まっすぐ王凱を捉えて離さなかった。


君子くんしたんとして蕩蕩とうとうたり。小人しょうじんちょうたらんとして戚戚せきせきたり――王凱さんは間違っているよ。まだ院試は始まったばかりだから、結果がどうなるかは分からないもん」


 雪蓮は開いた口も塞がらない。

 梨玉が引用したのは、『論語』述而じゅつじ篇の一節である。


 意訳としては、君子は落ち着いていてゆったりとしているが、小人は他者に優ろうとしてこせこせしている――というものだ。もちろん君子は梨玉の、小人は王凱のたとえに他ならない。ようするに、恐るべきことだが、梨玉は孔子の言葉を借りることで王凱の振る舞いをストレートに非難したのである。


「ちょっ……梨玉殿っ!?」


 李青龍が慌てた。まさか梨玉がこれほど痛快な返しをするとは。

 だが、これまでの梨玉の振る舞いを鑑みれば、決しておかしな言動ではないのだ。

 この少女の器は、本当に君子のように大きい。

 ただ、正論を振りかざすタイミングがよく分かっていないだけだ。


「覚えていろ」


 梨玉の言葉の意味を理解するや、王凱は真っ赤になって激憤すると、近くにあった椅子を蹴飛ばして去っていった。梨玉は最後まで一歩も退く姿勢を見せなかった。その泰然とした態度は立派だが、後々面倒ごとが起きるのは必至である。


「ど、どうするのだ梨玉殿。あれは復讐を企んでいる目だったぞ」

「関係ないよ。私たちは試験を頑張ればいいだけだもん。そうでしょ、小雪」

「まあそうだな。考えても仕方がない」

「よーし! じゃあ、明日に向けてみんなで頑張ろう!」


 やる気十分な梨玉。存外不安そうな李青龍。

 そして残る一人、欧陽冉は――

 羨望とも尊敬ともつかない眼差しを梨玉に向けている。

 雪蓮は椅子に座り直すと、冷めてしまった湯を口に含んだ。



          □



 それから陰湿な嫌がらせが始まった。

 たとえば雪蓮と梨玉は同じ部屋で寝泊まりしているのだが、夜半、雪蓮が厠から帰ってくると、扉の辺りに腐った魚や果物がぶちまけられていた。下手人は明らかに王凱率いる甲二の連中である。どうやらこちらの精神を切り崩すつもりのようだ。


 李青龍や欧陽冉のところにも魔手は伸びたらしい。

 李青龍はお気に入りの袖珍本に墨をかけられ、欧陽冉は何度も足を引っかけられて転んだそうだ。まさに小人といった仕打ちだが、これを受けても梨玉は頑として己の芯を貫いていた。


「試験で勝つ。そうすれば王凱さんも分かってくれるはずだから」


 呆れたことに、梨玉は王凱と和解するつもりでいるらしい。どこまでも孟子の性善説を信奉しているようだ。実現できれば徳の至りと言うべきだが、あの愚物に梨玉の真摯な思いを受け止める度量があるとは思えなかった。


 いずれにせよ、やるべきことは試験である。


 翌朝、試院の会場に集められた童生たちは、通常通りの日程で二場を受けることになった。雪蓮をはじめとした丙三組の面々も着席して筆を執る。どんな問題が出るのか不安に思っている者も多かったろうが、係員が問題の書かれたたてふだを掲げた途端、会場に緊張が走っていくのが分かった。



 西儀せいぎには様々な思想が花開いたが、国是として称揚されるに至ったのは儒家ただ一系に限られ、ていの武帝が科挙制度の開始とともに儒を重んずるや、以後千余年、これが至上の学問として重んじられた。しかし近年、興化こうか炎鳳えんほう光乾こうけん年間には、失われた諸子の学問の再研究が進んでいる。その功罪を歴史的経緯も勘案して簡潔に述べよ。



(標準程度か……)


 やはり頭場の試験は小手調べだったに違いない。このレベルの問題が続くならば、二場では各伍の点数に差が開くはずである。


 案の定、その後の第二問、第三問も同様のレベルだった。

 隣で唸っている梨玉を横目に、雪蓮はすらすらと回答していった。

 問題は、丙三組の合計得点がどうなるかだ。

 そして結局、雪蓮が想像していた通りの結果となった。

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