第11話 一切合切俺に任せなッ!
夕方、俺は家に帰って来ると、リビングのソファにゴロンと転がった。
「疲れた……」
天翔ける
書類の存在が効いたらしく、ドレミダ自身を逮捕する為に動いてくれるらしい。
実質人身売買の書類だからなアレ……。
ん? なんで俺が普通に帰ってこれてるかって?
「俺達は天翔ける
と、正直に本当のことを話しただけだ。
その為、俺とマリスは無罪放免。完全なる被害者として片付けられたのである。
……まあ、叡智の勇者であるレイナの義理の息子とか、その他諸々の肩書が大きかったのもあるが。
何度でも言うが疲れた。もうマジで限界ってやつだ。
頑張った俺にご褒美だ。帰り道に買ってきた苺でも食うか……。
苺の下手を包丁で切り取り、それを深皿の上に乗っけてスプーンで押しつぶす。
そこに牛乳と砂糖を適量入れて、勇者式いちごのミルクがけの完成だ。
さて食べるかとスプーンを手に取ると、玄関の鍵が開く音が聞こえる。
開け方の音からして、ミレニアが鍵を開いたようだが、匂いから察するにマリスと一緒に帰ってきたらしい。
「「せーの……ただいまー!」」
俺の靴を見て帰ってきたのを察したのだろう。二人が声を揃えて帰宅の挨拶をしてくる。
「お帰りー!」
この後起こる出来事が目に見えていたが、食欲には抗えない。
俺はいちごのミルクがけを食べながら出迎えることにした。
「あ、ディーノ君! また苺なんて買ってきて! 夕飯前の間食はミレニアちゃんの教育に悪いって、前に言いましたよね?」
リビングに入ってくるマリスに、速攻お小言を食らった俺は、姿勢を正してソファに座りなおす。
「弁明の余地がない。反省している。あむ」
「今、また口にしましたよね?」
「ナンノコトヤラ」
俺がマリスから目をそらすと、何やら真面目な面持ちをしているミレニアが視界に映る。
……真面目というか、深刻というか、大分追い詰められた顔をしてないかこいつ?
どういうことか、マリスに耳打ちしてみることにしよう。
「おい、ミレニアどうした? 昨日の件でも引きずってる感じか?」
「どうなんでしょう。昨日相談に乗った時は一応の解決はしたんですが、仕事を終えてからまた落ち込んでるようで……」
「お前でもわからないか……」
そうなってくると、もうアイツから話しかけてくるのを俺達は待つしか無い。
もしくは、元気付けるぐらいか。
俺は手にしているいちごのミルクがけを、スッとミレニアの目の前に差し出した。
「……食べるか?」
「……ッ!」
何やら葛藤しているミレニア。
お前、いちごのミルクがけとか好きだもんな。
「ディーノ君? 夕飯前にそういうのはやめて下さい」
「元気づける為にはよくないか?」
「私がご飯で元気付けますので、これは没収です」
「グエーッ!?」
いちごのミルクがけをかっさらい、籠を被せて冷蔵庫へとしまいやがった!
融通が利かないやつめ……!
「……ディーノさん」
「ん?」
ミレニアが俺の隣に座ってくる。その顔には緊張していると書いてあった。
何やら真面目な話でもしたいのか?
「お話が、あります」
どうやら間違いではないらしい。
「マリスさんも、一緒に聞いてほしいです」
「私もですか?」
ミレニアに呼ばれて、マリスもソファに座る。
俺とマリスで、ミレニアを挟むような形になった。
「実は、私の出身地についてのお話なんですが」
……ああ、そういやどこから誘拐されたかは聞いてなかった。
だからうちに騎士達が話を聞きに来たときも、どこから連れ去られたのかが論争になったんだが、そこをミレニアはわからないの一点張りだった。
まあ、あいつがサインした書類を見せて、人身売買をしようとしていたと流れを変えて、「俺達を殺して奪おうとしている」「脅迫をされている」と証言して、そっちはあまり重要視されなかったんだが。
それを今になって話す気になったらしい。
「フー……はぁ! フー……はぁ!」
……いや、めちゃくちゃ緊張してるぞこいつ。さっきから深呼吸とか繰り返してるが、過呼吸になったりしないか?
本当に話す気になってるのか怪しいところだ。
「そら、一回水でも飲んで落ち着け」
俺がコップに水道水を汲んで持って来てやると、ミレニアはグビグビと飲み干した。
「ケホッ、ケホッ!?」
「ミレニアちゃん!? もう、大丈夫ですか?」
「あ、はい……」
途中でむせたりもしたが、マリスが背中を擦って事なきを得る。
どうやら落ち着いたらしく、真面目な顔つきになる。
さて、どんな話が飛び出すやら――――
「私、異世界から来たんです」
うん?
「地球という星の、日本国という国から来ました」
……ううん?
ミレニアの顔を見る。至って真面目だ。
マリスの顔を見る。笑顔で取り繕っているが、あれはめちゃくちゃ困惑している顔だ。
だよな? これおかしい話だよな!?
なら考えられるのは一つだ。
「……ミレニア、それはあのドレミダとかから、脅迫されて言わされてるのか?」
これしか考えられない。
――――違ーう! 違いますディーノ! 至ってシラフで真実ですから!
脳内レイナがバグった。まあこいつはいつもバグってるから放っておくとしよう。
俺達が関与していないところでコンタクトがあったのか、どんな目的があったのかは知らないが、ドレミダによる策略だと考えて良い。
「……え? あ、いや、その……」
事実として、目の前に居るミレニアの表情は怯えているものだ。
俺達を信じ込ませろと脅迫でもされたのか?
「ミレニアちゃん、大丈夫ですよ」
「マリスさん……!」
流石というべきか、マリスが声をかけただけでミレニアの表情が明るくなる。
いや、訂正。ミレニアはすぐさまマリスの方に顔を向けたので、俺の方からは期待に満ちた声しか聞こえなかった。
「……ミレニアちゃんも、怖かったですよね」
「はい……」
ミレニアを抱きしめるマリス。
さながら聖母とでも言うべきか……口になんてしてやらないが。
「でもミレニアちゃんがどれだけ脅されていても、もう何も問題はありません」
「え?」
「こう見えて、私達って結構強いんですよ?」
自信満々に宣言するマリス。
まあ俺も、概ね天翔ける
でなければ、ミレニアがこんな素っ頓狂な発言をするはずがない。
――――あばばばばばばばー!?
……今日の脳内レイナは、やけに騒がしいな。
それだけ俺が混乱している、ということなのかもしれない。
まあ、騎士達が逮捕する方向に話を進めていたようだから、返り討ちにするまでもないんだがな。
「……あっ」
ミレニアがマリスの胸から離れ、後退りしていく。
マリスの顔を見ると、段々と青ざめてきていくのが手に取るようにわかった。
……何だそれ。まるでやっちまったと言わんばかりの表情だが、今のパーフェクトコミニケーションのどこに不安要素が?
それとも、今の会話でなにか致命的な問題点があったとでも言うのか?
いやいや、そんなまさか――――
「……もう、いいです」
「ミレニア?」
声が震えている。
悲しみとかではなく、怒りに近い震え方だ。
俺は嫌な予感がして、ミレニアの肩に手を置こうとする。
「もういい! もうどうでもいい!」
だが、すぐさまミレニアに払い除けられてしまい、走り去るミレニアを呆然と見ることしかできなかった。
足音からして、自室に入っていったようだ。
「……ミレニア!」
「ディーノ君!」
脳が今起きたことを理解しはじめて、ようやく追いかけようと立ち上がるが、マリスに腕を掴まれて止められてしまう。
「……今は、一人にさせてあげましょう。お互いに考える時間が必要なんだと思います」
マリスに諭され、ソファに座りなおす。
……今の会話、一体どこで間違えた?
頭を抱えて考えるが、さっぱり思いつかない。
そんな中、マリスが申し訳無さそうに口を開く。
「……すいません。私のミスです。私があの子の言っていることを、否定しちゃいけなかったんだと思います」
「そうか? アイツは常識とかにはすぐ適応できる人間だ。今のが到底理解されない話だというのは、アイツの頭ならわかりそうなもんだが」
「それなんです」
いやどれだよ。
「昨晩、ミレニアちゃんは隠し事があるって、私の所に相談しに来たんです。それでディーノ君なら受け入れてくれると、私はそう励まして……」
「それならもっと早く……いや、無理だったな。例えそれを教えられてても、俺は多分今の話を信じられなかっただろうからな」
あんな荒唐無稽な話を、信じろという方が無茶だ。
まだドレミダに洗脳されているという話の方が納得できる。
……だが、ミレニアはドレミダに対し敵対心を持っていた。それは昨日の反応からわかることだ。
そんなミレニアに対し、どこまで洗脳だなんてものはできるんだ?
一度、ドレミダとミレニアのことは別のものとして考えたほうが良いだろう。
ミレニアがなぜあんなことを言ったのか? その理由を考えて、俺は一つの考えにたどり着く。
「……アイツにとっては、それが現実なのか?」
どうしてそんな荒唐無稽な話を、現実だと信じているのかまではわからない。
だがあの怒りは、自分を理解してくれない人間に対するそれに違いないのも確かだ。
「……恐らく、ミレニアちゃんはそう考えているんだと思います」
「そうなると、俺達はどうするべきだ? 『チキュウ』だとか『ニホン』だとか、そんなものは無いんだと教えてやるべきなのか?」
答えが欲しいあまり、投げやりに質問を投げかける。
「本当にそう思いますか?」
帰ってきたのは、怒りのこもったマリスの眼光だ。
「……思わないから聞いてるんだ」
「…………」
マリスは無言で顔を俯かせてしまった。きっと、彼女にも答えがわからないのだろう。
孤児院にいた時期があると言っても、彼女もその一員だったってだけの話で、子供を扱うプロってわけじゃない。わからないことはあって当然だ。
謝るにしたって、俺達が悪いわけじゃない。
仮に謝るとしても、何に対しどう謝れば良いのかさっぱりわからん。
意味も分からず謝罪するのは、相手に対して失礼に当たる。それが子供であればなおさらだ。
俺達は、俺は、ミレニアに対して、どう向き合うのが正解なのか?
わからん。
とりあえず水でも飲んで頭を切り替えよう。
ソファから立ち上がり、食事を食べるテーブルを横切ろうとするが、視界の端に気になったものが見える。
手にとって見れば、俺がミレニアに出した魔法理論の課題だった。
「……あ、それ。ミレニアちゃんが、ギルドに行く前に、ディーノ君がわかるようにって置いていったんです」
ミレニアの説明に納得し、中身を開いて確認する。
大体はあってるが、ミスもいくらかあった。テストなら90点ってところだ。まあ、この歳でこれだけできれば大したもんなんだが。
「どうでしたか?」
「大まかは理解しているようだが、細かいところはまだまだ甘いな。まあ、少しずつ理解はしているようだし、このままやっていけば何も問題は――――あ」
マリスの質問に答える最中に、ふと気がつく。
そうだ。別に今すぐ答えを理解なんてしなくたって良いんだ。
時間なんていくらでもある。少しずつ理解して、歩み寄ってやれば良い。
ミレニアのことを理解していく、そのこと自体が大事なんだ。
ミレニアだって、魔法理論に関しちゃ最初から百点を取れたわけじゃない。
コツコツと勉強をしたから、これだけの好成績を収めることができたんだから。
「ディーノ君、ディーノ君。どうしたんですか?」
マリスに体を揺すられて、現実に意識を戻す。
「いや、一発で理解したり、できる方法なんてありゃしないよなって、そう思っただけだ」
一瞬、何の話かわからず、キョトンと不思議そうに首を傾げるマリス。
だがすぐさま俺の言いたいことを理解したのか、納得したように笑みを浮かべる。
「……それもそうですね。ミレニアちゃんがいい子だったものですから、うまく行き過ぎて基本を忘れてました」
「基本?」
「はい。人を理解するには、多大な時間がかかるってことです……と、それはさておき」
さておき?
「どうやってミレニアちゃんの機嫌を治すのか、という問題点は何も解決してないです」
「……ああ、うん。考えておかないといけないな」
いつも二人で意見交換をしようとしていると、ふと嫌な予感がして窓の外に視線を向ける。
あ、ダメだ。ここからじゃ塀とお隣さんで外が見えんがわからん。
「ディーノ君? どうかした――――」
外から轟音が鳴り響く。
地震じゃない。なにか巨大な質量が、地面に着地した音だ。
「マリス! 装備の準備をしておいてくれ! 俺はとりあえずミレニアを引っ剥がしてくる!」
「わかりました!」
俺はすぐさま二階に駆け上がると、ミレニアの部屋の扉を開く。
ミレニアはベランダから外を覗いていたが、俺が部屋に入ってきたのに気が付き目を丸くした。
「鍵かけてたんですけど!?」
「家主特権のマスターキーだ」
「鍵の意味が無いじゃないですか!!」
「悪いが、説明している時間は無い。さっさと離脱する」
「ひゃ!?」
ミレニアを抱えて、すぐさま一回へと駆け下りると、マリスは既に装備を身に着けていた。
その手の中には、チェーンで繋がれている俺の指輪の数々があった。
「交換だ」
「わかりました」
マリスの方へミレニアを投げ、マリスが投げてきた指輪の束をキャッチする。
「……扱いが、扱いが雑!」
「ごめんなさい。多分これ緊急事態ですから、迅速に行動しないと死ぬんですよ」
「死ぬんですよ!?」
ミレニアは騒いではいるものの、すっかりいつもの調子を取り戻している。
これなら避難に問題はないな。
「マリス。ミレニアと避難所まで行っててくれ」
「わかりました。私がいないからって、調子には乗らないでくださいね」
「当然だ」
それだけ言うと、玄関を出て二手に分かれる。
音のした方を見れば、全長一〇〇メートルはあるだろう、白い巨木がそびえ立っていた。
それに向かって走りながら目を凝らしてみれば、それは完全な植物ではなく、息遣いや足音を感じ取れる。
「随分とでかい魔物だな。野放しにしていれば一領地が吹き飛ぶ……まあ、七施錠分ってところかな。しっかし、騎士達がここまで侵入を許すとは思えんが……どうなっている?」
指輪を指に嵌めながら、状況を口にして危険度を再認識する。
だがまあ、問題ない。冒険者全員で叩けば、すぐ片付くだろうよ。
「時間泥棒のディーノか。すまないが、まずい状況だ」
俺に話しかけてくる声がする。
声のする方を振り向けば、フルアーマーの騎士が走り寄ってきていた。
その意匠から、この町を守る騎士だということがわかる。
「こいつはどうも騎士様。まずいってのはどういう意味だ?」
「巨木に見えるが、あれはドラゴンだ。名前をホワイトトネリコドラゴンと言う」
「は?」
もう一度見上げる。どでかい巨木としか形容できない魔物だ。
こんなやつが、ドラゴンだと?
「おい待て。待て待て。ドラゴンの魔力性質、こいつも持ってるとか言わないよな?」
「ああ、やつの魔力性質は、間違いなく『優先』だ。普通の人間じゃまず魔法攻撃が通用しない」
そう、普通の人間なら、どれだけ魔法攻撃をぶっ放してもドラゴンには通用しない。
それはドラゴンの鱗に帯びる魔力の性質が、あらゆる魔法現象よりも優先され、霧散してしまうからだ。
……普通ならそう。いくつか例外はいるが。
「現状、この町でアレを倒せるのは、同じドラゴンの魔力性質を持っている君だけだ。頑張って欲しい」
そしてその例外の一つが、竜に限りなく近い性質を持つよう改造された俺である。
「一人であれやれって?」
「無論我々も援護するが……雀の涙程度だと思ってくれ」
「さぞデカい雀であることを期待してるよ」
だが、ここでゴチャゴチャ言ってても仕方がない。
重要なことを一つだけ聞いて、モチベを上げるとしよう。
「……やつの討伐賞金は?」
「約八千万ゼニー」
「一切合切俺に任せなッ!」
俺は階段の形になるよう空気の時間を止め、すぐさま駆け上がっていった。
待ってろ! 俺の
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