第14話 俺の貯金で破滅しな!

 天翔ける心姫ハート教団の聖堂にて。

 頭に輪っかを浮かばせている神秘を感じさせる女性の像――――心姫ハート像。


 その前には祭祀を行う為の壇と、棺桶が置かれていた。

 そこに立つのは教祖であるドレミダと、天の使いと謳われているミレニアの姿があった。


 二人に救いを求めるように、数多くの信者が種族問わずに整列し耳を傾けている。


 異質な空気に息を呑むミレニア。


「まずはミレニア様、皆にご挨拶を」


 だがドレミダはそれに気にも止めず、マイクをミレニアに差し出した。


「嫌だ! 私はこんな怪しい宗教団体の駒になんて、絶対にやりたくないです!」


 震えながらも、ミレニアは自分の意志でここにいるんじゃないと断言する。


 明確な拒絶に、ざわめく信徒達。

 だがドレミダは、呆れたように肩をすくめるだけだ。


「汚れた外界に触れて、思考が汚染されてしまったらしい。明日の為にも洗浄しなくてはな」

「何と言われても、私は、ちょ、やめて下さい! 何するんですか!!」


 ドレミダはミレニアを棺桶の中に仕舞うと、魔術を施す。

 すると、心姫ハート像から棺桶へと光が差し込む。


 それを見た信徒達は、これで安心だと胸をなでおろす。

 心姫ハート様が手を施してくれるのならば、ミレニア様の洗脳も解かれるだろうと。


(な、なにこの中? 気持ち悪い……)


 一方でミレニアは、暗い棺桶の中で酷い吐き気に襲われていた。

 棺桶の中にいるのは自分一人だけだというのに、得体のしれない何かに侵食されてしまっているような、そんなことが思い浮かぶほどだ。


 とにかくここから出ようと、ミレニアは棺桶の中で暴れまわる。

 さながら凶暴なクマが檻に閉じ込められる様だったが、棺桶は揺れるだけで壊れる様子は一向に見せない。


「明日、我々は王都を落とす。我々のことを詐欺集団や、犯罪者ギルドだのとのたまい、我らが神を殺したあの王を、我々は許しはしない!」


 そんなミレニアなどお構いなしに、ドレミダの宣言に湧き上がる信徒達。


「……私は『神類証明決闘儀』に出されるって話じゃないんですか!?」

「その結果、我らが心姫ハート様の心が病み自決なされたのだ。そのような野蛮な行為に、ミレニア様にさせるわけにはいきません」

「国家転覆行為の方が余程やりたくない……うぐっ」


 ミレニアが言葉を続ける前に、時計のような魔法陣を棺桶に浮かべて、その針を指で回すドレミダ。

 すると棺桶の中にいるミレニアは、意識がおぼつかなくなる。


(た、たすけて。たすけて)


 ポケットの中に入っている家と個室の鍵を取り出し、ディーノとマリスの顔を思い浮かべながら助けを乞う。


(でも、でも、もう。ディーノさんは――――)


 だが、同時に想起してしまう。

 優しく自分を見守るディーノの笑顔が、一人の老人の拳でひしゃげて砕ける、子供が受け止めるにはあまりに重い光景を。


(私の、せいで)


 生きる希望が途絶えたミレニアは、波に飲み込まれていくかのように気を失った。


(さすがは心姫ハート様と同じ地の者。これぐらいしなければ抵抗されるとは……全く、魔術式を調整するのも時間がかかる……さすがにこれで完成してもらわねば困るが、さてどうなるかな)


 心の中で一人愚痴るドレミダだったが、今は信徒達を扇動しなければと意識を切り替えることにする。


「諸君!」


 腕を広げ、信徒達に大きな声で呼びかける。

 彼の震わせる声に、皆が心酔するかのように耳を傾けた。


「ミレニア様は覚醒の時を迎える! さあ、我らも世界を変える為に武器を手に取れ! この国に神を愛する心を! 敬う自由を! この手で取り戻そうじゃないか!」


「「「オォォオオーッ!!」」」


 群衆は産声のような歓喜を声にする。


 それもそうだ。彼らは教祖の言う通りになると、本当に信じているのだ。


 仕事がうまく行かないのも、人間関係がうまく行かないのも、誰も自分を評価しないもの――――何もかも、王が悪い。


 灰色の道筋を踏破し、自分達はようやく始まるのだ。

 輝かしい未来へ――――と。


「とりあえずぶっ壊しゃいいんだろ!?」


 だが、物を壊すことなど誰にでも出来る。

 どれだけすごい物を壊そうと、どれだけ偉い人間を傷つけようと、破壊者や殺人者が賛美されることはない。

 自分で考えず、ただ言われるがままに動く人間ではなおさらだ。


「ああ! 俺の筋肉で世界を変えてやる!」


 だが、彼らはそれがわからない。

 うまくいかないのは世界が悪いのではなく、自分達の行いが跳ね返っているのだと、誰も気がついていない。


 そんなことを考えるのは嫌だった。

 都合の良い言葉だけを耳から接種し、都合の悪いことは全て自分達以外の何かが悪いと思っている。

 心地よさだけを求め、不快な物を許せない


心姫ハート様の名の元に、俺達は英雄になるんだ!」


 つまるところ、彼らは赤ん坊なのだ。


 だから自分の価値観を押し付け、破壊や殺人という方法で、世界をいい方向に導けると本気で信じられる。

 計画の要であるミレニアがどれだけ拒否をしても、自分達にとって嬉しいことをいうドレミダの言葉を尊重する。


 自分の頭で考えた結果取った行動は、都合のいいことを言ってくれる人間にすり寄ることだったのだ。


 ここにいる誰もがそうだった。


 この流れを作っている教祖、ドレミダ・ミルゲニア以外には。


「大変です教祖様!」


 そうやってドレミダが信徒達を心地よくしていると、聖堂の扉を開いて格式高そうな白い鎧を着た神奉仕軍(天翔ける心姫ハート教壇における軍)の騎士の一人が入って来る。


「何事だ?」


 ドレミダが壇から降り、神奉仕軍に問いかける。


「ディーノ・ベネディクトゥスが、ここに!」

「何だと!?」


 その言葉に目を丸くするドレミダ。

 それも当然だろう。頭を砕いて生きている種族など、存在しないのだから。


     ◇


 門と塀に囲まれた天翔ける心姫ハート教団の教会は、夜空では月が笑い始め、肌に突き刺さるような寒さに覆われていた。


 そんな風情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、男と女が立っていた。


 長い金髪とポンチョをたなびかせ、凶悪そうな顔が笑みを浮かべている。

 その隣には、銀髪を一つの三つ編みにまとめ、暗い紫のローブに身を包んだ、優しそうな顔の女が苦笑いをしていた。


 言うまでもなく、ディーノとマリスその人である。


「ディーノ君、ここに立つ必要ありましたか?」

「一応地図では見たが、こうして高いところから見たほうが建物の配置がイメージしやすいだろう?」

「魔術師としてはそこら辺は確かに大事ですけど……」


 二人が話をしていると、教会の中からドレミダが信者達を引き連れて門の前に現れた。


「こいつはどうも、おはようございます!」

「夜だぞ。馬鹿と煙は高いところが好きと聞いたことはあるが、まさか本当だとは思わなんだ」

「俺は人だが……?」

「煙じゃなくて馬鹿だと言ってるんだこの馬鹿が!」


 ドレミダが叱責を飛ばすと、一人の信者が火炎球を二人に飛ばすが、マリスが杖を振るい水の玉でそれ相殺した。


「私達は、ただミレニアちゃんを返しに来てもらっただけです。それ以外の要求はありません。早く、ミレニアちゃんを返して下さい!」


 涙ぐみながら訴えるマリス。

 それは悲壮感に溢れ、見る者の心を訴えるような、とても澄んでいるように見える涙だ。


 その涙の効果は、信者達に罪悪感を芽生えさせるのに十分過ぎるものだった。


「断る。儀式の最中だ、お引取り願おうか。大義は我らにあるのだから!」


 だが、信者達の動揺もドレミダの一喝により統率される。

 それほどまでに彼らの心は、ドレミダによって躾けられていた。


「俺達はギルドを通し、騎士の仕事代行としてここにいる。つまり、正式に誘拐されたミレニアの返還を命じているわけだが……最後に要求を受け入れる気は?」

「無い。お前のような王の犬に、返すものはなにもない」

「そうかそうか。それはとても残念だな。ならばこうだ!」


 それはもう嬉しそうに言うと、ディーノは演技がかった動作で右手を高く上げる。

 隣ではマリスが、「泣き損だったな」と言わんばかりにハンカチで手早く涙を拭っていたのだが、ディーノが大げさに動くものだから、それに気づいたものはごく僅かだ。


 だが、気がついた者達も、その後の光景に視線と意識を奪われてそれどころじゃなくなる。


 門の上に立つ二人の後ろから、魔法や矢の雨が射出され、ドレミダ達に雨のように降り注ぐ。


「くっ、こんなに大勢……冒険者か!?」

「こんな情勢の中、どうやってこんなに数を集めたんだ!?」

「クソッ! 『百目』や『氷帝』、『墓森の墓守』まで!? ツワモノ揃いじゃないか!?」

「おい、あそこにいるのは星5の『暴風公爵ストリーム・デューク』か!? 一体何がどうなっている!?」


 続いて、塀を登り襲来してくる冒険者達に恐れおののく信者達。


「うろたえるな! やつらが何だというのだ! 我々には心姫ハート様のご加護があるのだぞ!?」


 ドレミダが一喝するが、当の本人が一番慌てているのだから、信者達の冷静さが戻ってくるはずもない。


「そんな伝手があったとは……友達の少ないやつだと聞いていたのに!」


 信者の一人が何気なく放った一言に、ディーノはショックを受けた表情を浮かべてしまうが、すぐに取り繕う。


「オイオイ、友達? そいつは違うね!」

「何っ!?」


「これは――――金の力だ!!」


「なんて身も蓋も無い!?」


 ドレミダも驚愕する真実が明かされる。


「俺の貯金を切り崩して、相場よりも高額で雇ったんだ。そりゃあわんさか集ってくれたともさ!」


 貯金。もちろんディーノの育ての親であるレイナが眠る地へ、墓参りする為の大切な資金だ。

 だが彼は、ミレニアを救出し、元凶である犯罪者を捕縛、もしくは処分する為に、その資金をごっそりと使い、優秀な冒険者を一日でかき集めたのだ。


「……金、金。金! 金!! 貴様は恥ずかしくないのか!?」

「正統なる金の行使だ! 恥じる必要は何一つとしてないねッ!」


 ディーノはきちんと事前に「報酬を上乗せを私の方から払ってしまっても大丈夫ですかね?」と騎士団に相談し、「え? こんなに? マジで? いやこっちは構わないけど……えぇ?」と許可をもらってきたのだ。


 故に、彼に一切の咎はありはしない。


「金に釣られ、我らが大義を賊のような行いで阻害するなど、お前らは恥ずかしくないのか!?」


 あんまりな今の状態に、一縷の望みを託すかのように冒険者達の良心に訴えかけるドレミダ。


「そんなことを言われてもな。これ、騎士業務の代行だぞ?」


 そもそもとして理論が破綻していると『百目』は言う。


「それがいつもより高額ってだけだし。ボーナスがあるなら頑張る。人として当然のことをしたまでだ」


 報酬が沢山あれば人はやるだろと『氷帝』は言う。


「わたくしはこういう仕事が大好きなので、恥ずべきところは何も無いですわ! あっ、もう誘拐犯方に発言権無いでーす。大人しく死んで下さいましー」


 そもそもお前ら犯罪者だし、こちとら楽しく正しいことをしてるだけだが? と『暴風公爵ストリーム・デューク』は言う。


「あ、私は普通に友人だからでーす! ……ところでディーノ、今回の救出相手マリスとの子供って本当? 人の子の出産と成長ってこんなに早かったっけ!?」

「後にしろアホエルフ。仕事しろ仕事。怠けたら報酬は基本給だぞ」

「それはさすがに横暴でしょ!!」


 なんかディーノと話してる『墓森の墓守』。


「この……このッ! 崇高な精神もない無知なる欲塗れの咎人共がァーッ!!」


 あんまりな返答の数々にドレミダは絶叫する。


 無理もない。こんなふざけた応酬をしている間にも、彼らによってゴリゴリと信者達の数が減らされていく。

 一国を攻め落とすために鍛え育てた戦力の数々が、あっという間に散っていくのは悪夢でしか無い。


「そんな戯言、誰の耳にも入らんなァ! まっ、そんなことはどうでもいい。お前ら全員――――俺の貯金で破滅しな!」

「貴様というやつは最悪だ! ディーノ・ベネディクトゥスーッ!!」


 ドレミダは絶叫すると、空間に黒い穴を開き、中へと入ると姿を消した。まるで最初からそこには誰も居なかったかのように。


 それを見ていたディーノとマリスは、それに目を丸くした。


「……さしずめワームホールか? ドラゴンが町中に急に現れたり、俺が殺されたりしたのは、この魔術のせいか」

「空属性をまともに扱える術師は少ないですからね。これに加え、私が手を出したら負けと思うほどの武道の達人……相当手強いかと」


「俺が警戒して殴ったほうが良いな」

「ディーノ君、最優先事項はミレニアちゃんの救出じゃないんですか?」

「多分ミレニアの元に行ったんだろ。儀式だとか言ってたから、そう簡単に移送はできない……少なくとも、まだミレニアの匂いは敷地内にある」


 あり得る、とマリスも納得した。

 つまるところ、ミレニアの救出に向かえば、必ずかち合うことに繋がるのだ。


「俺は匂いを頼りにミレニアを救出する。外はお前に任せたからな」

「はい。ディーノ君もお気をつけて」

「ああ、お前もな!」


 そう言うとディーノは門を降りて、襲い来る信者達を薙ぎ払い、敷地内にある建物の一つへと走る。


「……調子にのったりしないでくださいね!」

「できるもんか!」


 心配するマリスを背に、ディーノは扉を蹴破って中へと突入していった。


 マリスはそれを見届ける。

 数刻ほど感慨に耽っていたが、門をよじ登ってくる信者に気が付くと、その鼻っ柱を折るように踏んづけた。


「……あ」


 靴が鼻血で汚れてしまったのに気が付き、少し気が滅入る。

 魔物の血肉や手術での流血、仕事で泥まみれになることもあるが、それでも嫌悪感を感じてしまうものはしょうがない。


 門に鼻血を擦り付けて、マリスは地面に降り立った。


「ミレニア様を堕落させた悪女めが!」


 すると、すかさずそれを狙ったように、信者達が襲いかかる。


「……はぁ?」


 それは、マリスの口から溢れた、呆れと嫌悪、そして憤怒の感情だった。

 そんな感情に駆られながらも、マリスはそれらを杖でいなして、一人に一撃ずつ杖を叩き込む。


「……あなた方は、本当にミレニアちゃんが堕落していると考えているんですか? あんな、あんなに愛されようと、一生懸命な子供を、本気で?」


 冷静さを取り繕おうと、必死に感情を押し込めようとしているが、その震える声からは隠しきれない感情がにじみ出ている。


 周りの冒険者達はそれを感じ取り、適切な距離を測る。

 だが信者達はそれに気が付けず、無闇に踏み込んだ。


「ミレニア様はただの子供じゃない! 世界を救う、天の――――」

「ただの子供です!」


 信者の戯言を一蹴するように否定し、一歩一歩踏み出す。


「ミレニアちゃんは! 役割を勝手に押し付けられているだけで、あなた達に怯えて震える子供でしかありません」


 マリスは知っている。


 ドレミダが襲来した自分の隠し事が暴かれた夜に、自分の元へやってきたことを。

 今にも押しつぶされそうな声で、救いを求めるように、当たり前を問いかけてきたことを。


「私は、あなた達がしてきたこと、しようとしていることを、絶対に許しません」


 だから許せない。


 そんな守るべき子供を、善行として苦しめる彼らを。

 連れ去られたあの時、手を掴めなかった自分を。


「何様のつもりだ!」

「れっきとした身内です。保護者です! それに文句があると言うのなら、さっさとかかって来なさい!」


 敵に対して杖を振るい、魔術と共に一撃を叩き込んでいく。

 彼らの未来は、マリスの手に委ねられた。


「――――【汝の血潮よ、我が怒りに共振せよ】!」


 今宵、赤い花が咲き誇る。

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