第3話 ミレニアは将来、どんな仕事をしてみたい?

 そうして始まった共同生活。


 肝心のミレニアというと、手のかからない子供だった。


 泣きもしなければ嘆きもしない。言われたことを素直に遂行する、驚く程に物分りのいい子と言えば分かるだろうか。

 そこら辺の子供よりも賢く、下手な大人より大人びている。


 他人である俺がいるっていうのもあるんだろうが、ミレニアの子供らしい表情を見ることは稀にさえ思えてくる。


「魔力って、なんですか?」


 さらに驚いたのは、魔力の出し方をわからない、ということだった。

 何らかの道具……部屋の光を灯す時や、キッチンで日を扱う際等に、魔力は必須である。

 生活必需品には、魔術的な知識がなくても扱えるよう、家事妖精や職人妖精などが備わっているからだ。


 だが、魔力がなければ命令は愚か、妖精を起動することさえままならない。故に、魔力を出すことは息をすることと同じで、できないことは稀な存在となってくる。

 先天的、後天的に魔力が使えない人間というのは、確かに存在する。それはそれで対処法があるが、それは今は関係ないのでさておこう。


「あ、こういうことなんですね」


 ミレニアの場合は、魔力……オドの出し方を教えると、あっという間に習得してしまったからだ。

 妖精にオドを渡すのは、注ぎ込みすぎて破裂させてしまったりと苦戦したが、すぐに調整の仕方を覚えたので覚えが良いと言えるだろう。


 魔力に関しては、本当に存在を知らなかっただけ、ということらしい。


 勉強にも意欲的だ。文字の読み書きや数学、自然界の法則や社会の成り立ち等、俺が用意できる教材を、すぐさま自分のものとして吸収していく。こいつの学習能力には、正直舌を巻かざるをえない。

 だが、学んでいく度に苦悩する姿が見受けられた。


「四面楚歌……? え? 語源どこなんですかこれ?」


 文字の読み書きだったら、こんな風にちょくちょく語源を気にしてくる。

 ちなみに四面楚歌の語源は、文字のない時代からあった言葉とされているが、詳細は不明である。四面楚歌に限らないが、言葉にはこういう物が多い。


「ハワイ式噴火のハワイって何のことなんですか!? え? ハワイという火山が活発な島が、存在する……!?」


 いいよな。ハワイ。

 また南国の楽園に足を運びたいものだ。


「ああ、偶像崇拝等に権威がないのは、魔術という存在があるから、聖書に書いてあるような奇跡が誰でもできてしまうからなんですね……。

 いや待って下さい。このスピノザ教ってなんですか? 教義的にあの哲学者のスピノザですか? いえ、アインシュタインの宗教観に近いような気も……いえ、なんでもありません」


 なんでもありませんじゃないが? 誰だよアインシュタイン!


 ちなみにスピノザ教は人格神を崇拝しているわけではなく、『神の作ったこの世界のルールを知ろう』というスタンスで動いている、いわば研究者集団だ。

 叡智の勇者であるレイナが立ち上げ、自然法則や魔法理論は、彼らの働きがあって解明されたとされている。


 ――――宗教の皮を被ってないと、理解を得られなかったり、他の宗教から攻撃を食らったりしたので……。


 とは、レイナが実際に俺にこぼしたものだ。


「叡智の勇者のレイナさんですけど、どうして舌を出して写真に写ってるんですか? やはりアインシュタインをリスペクト……?」


 だから誰だよアインシュタイン。


 レイナは写真取る時に、必ず舌出してるぐらいだったから、単にお気に入りだったんじゃないか……?


 ……とまあ、こういった俺にはわからない疑問を口にすることが多い。


 なんと言えば良いのか、俺の知らない知識を最初から持っているから、普通の子供の視点とは違う視点で学んでいる気がする。

 それとも最近の子供はこれが普通なのか、前にいた環境がおかしな思想でも吹き込んできたのか……よくわからん。


 ここ数週間のことを思い返しながら、テーブルの向かい側の席で魔法理論のテストをしているミレニアに目を向ける。


「できました」

「ほう?」


 ミレニアからテスト用紙を受け取り、念の為に答えを見ながら採点していく。


 ……うん、満点だな。揚げ足をとる隙もない。


 こんな逸材だと言うのに、親はどうして魔術から敬遠させていたのか。俺にはまるでわからない。


 さすがに最初の方はケアレスミスもあったが。

 だが、どうして間違えてしまったのかを一緒に考え、弱点を潰していったお陰で、この満点がある。


「完璧だな。予習も復習もバッチリ、といったところか?」

「はい。がんばりました」

「偉いな。将来は立派な魔法理論の教授になれるぞ」


 褒めてやると、ミレニアは笑顔を咲かせる。

 ここ数週間、こいつの面倒を幾ばくか見てきたが、その中でも、勉強を褒めてやった時が、一番子供っぽい表情をしている気がするな……。


「はい! がんばります!」


 頭を撫でてやると、それはもう嬉しそうな笑みを浮かべた。


 こういう笑顔を見ると、天使という表現が思い浮かぶ。元々きれいな顔立ちだからこそ、美麗な所が際立つのだろう。

 そんな思考を巡らせていると、テーブルより少し離れた所にあるソファに座っているマリスが、俺に声をかけてきた。


「……ディーノ君。頭ナデナデは、嫌悪ポイント入ると思います」

「な!? 子供でもか!?」

「子供でもです。むしろ子供の方がダメかも知れません」

「田舎と都会じゃ、そういった観念まで違うのか……」

「そういう問題じゃないと思いますよ?」


 もっとも、俺が育ったのは孤島の山奥にある田舎もド田舎。大陸での子育てとはいかんせん勝手が違うようで、こんな感じでマリスに色々と教えて貰っている。


「……ミレニア、嫌だったのか?」

「い、嫌じゃないです」


 ミレニアは席から立ち上がりながら、必死に首を横に振る。

 つまり……俺にナデナデされなくなったら、ミレニアは困るということだ!


「オイオイオイオイ! ミレニアはナデナデが嫌じゃないってさァ! こいつは一体どういうことだろうなぁ? なぁマリスゥ!」

「気を使ってるだけですよ」


 俺がミレニアの言葉を盾に勝ち誇ると、マリスはプイッと視線をそらしてすねてしまった。


 このように、マリスの言う事が全てが正解というわけではない。

 それにミレニアは歳の割に大人びており聡明だ。確かにお世辞だのなんだのの可能性もある。


 ……今のは明らかに俺が調子に乗りすぎたな。反省しておこう。

 俺は反省すると、マリスに「ごめんなさい」と一言謝り、アイスを渡した


「そういえばなんですが、ミレニアちゃんの教育方針などはどうなっているんですか?」


 俺から渡されたアイスで、すっかり機嫌を取り戻したマリスが、ふと気にしたように俺に問いかけてくる。


「教育方針? 勉強なら見てやってるが……」

「そうではなくてですね。将来はこうなって欲しい、だからそれになれるようあれをさせたい。もしくはこれはさせたくない。そういった簡単な方針です。ミレニアちゃんが大きくなるまで、保護者であるディーノ君が引っ張っていくんですから」


 マリスに言われ、今までそんなことを考えたことがなかったことに気がつく。


 なので、今から考えるとするか。


 どうせ育てるなら、真っ当に長生きしてほしい。魔物がうじゃうじゃいる町の外で働かなくてはならないような、冒険者や騎士の類にはなってほしくない……と、思う。


「……町の中で働いてくれるなら、好きにすればいいと思っている。できるだけ、命の危険が無いような仕事について欲しい」

「それでしたら、オーソドックスに商人でしょうか……なら、文字の読み書きや、足し算引き算ぐらいは覚えさせないと――――」

「教えずとも、そこらへんは完璧に理解してた」


 前述の通り、こいつの学習能力の高さには舌を巻かざるえないものがある。

 だがそれとは別に、簡単な文字の読み書き、足し算引き算なんてものは、既に何かしらの土台があるようだった。


「少なくとも、貴族や都市学校レベルの知識はある。さっきだって術式のテストを出したら、百点満点だったぞ」

「術式って……ミレニアちゃん、まだ十歳ぐらいでしょう?」

「ああ、びっくりだよな。ま、一週間前はまだ八十点とかだったが」


 さすがのマリスも、ミレニアの学習能力の高さには驚いているようで、俺の言葉を信じきれていない様子だ。

 誰だって赤ん坊が岩を輪切りにしたら驚くだろう? そういうレベルの話だ。


 ドリルをやっているミレニアに視線を向けて、マリスは考え込む仕草をする。


「……ちょっと待って下さい。普通は文字の読み書きや簡単な算数を教えていれば十分なんですが、ディーノ君は何を教えてるんですか?」

「ちょっと深掘って、文法や文章の読み取りの仕方や古文……ああ、覚えてると術式がわかりやすくなる数学とかもだな。後はちょっと社会的なことや、この国や世界の歴史……自然法則や物理法則を少々といったところだ」


「それ、貴族が通う学校レベルの教育ですよね? いえ、下手したらそれ以上ですよ!?」

「こいつがどんどん吸収するから、つい……」


 まあミレニアにここまでするのは、俺がレイナから、そういった知識を授けられたってのも大きい。

 毎日勉強とか勉強とか勉強とかしてたな……。


 ――――遊んであげたり遠出したりしてましたけど!?


 とか言いそうだが、あれは世間一般じゃ修行って名前があるんだよ。それはそれで、めちゃくちゃ楽しかったけどな。


「まあ勉強などはディーノ君の方ができるのでお任せしますが……それを吸収しているミレニアちゃんもすごいですよね」


 どこぞの上級階級の人間だというのであれば、これぐらいできて当然ではある。

 俺? 俺は拾った人が叡智の勇者だったから、恵まれた環境で勉強ができたってだけだな……。


「ギルドや騎士団に聞いても、周辺でそういった捜索を出している貴族や商人はいないとのことだ」

「ああ、そうでもなければ、ディーノ君が子供を引き取れるだなんて、できるわけがありませんもんね」

「唐突に言葉の刃で刺そうとしてないか?」

「なんのことやら」


 誤魔化すように目をそらすマリス。仕草が可愛かったので許してやる。

 ミレニアの出生に関しては、俺達がわかっているのは、初対面の時に話をした時ぐらいのものだ。


 本人に聞いてみても、確定できるような情報を出してこない。


 それは、ミレニア自身が、俺と出会う前のことを知られたくないのではないか?


 そう考えた俺達は、無理に聞き出さないように取り決めていた。

 だが、未来のことを聞く分には何も問題がない。


「……なあミレニア」

「はい、何ですかディーノさん」

「ミレニアは将来、どんな仕事をしてみたい?」


 思えば、こういった話をミレニアとしたことはなかった。

 ちょうどいい機会と言えるだろう。三人で将来について考えてみることにした。


「私は、ディーノさんやマリスさんの仕事を、手伝えるようになりたいです」

「「やめとけ」」


 即座に否定する俺とマリス。


 俺達がやっている仕事は、人が滅多に足を踏み入れない場所で、危険なモンスターを狩ったり捕獲したりする仕事だ。

 そんな死に直結するような仕事を、ミレニアにさせるのはもったいない。


 町中でやる簡単な仕事もあるっちゃあるが、俺からすれば割に合わない。安い宿屋か、親戚の家に住んでいるような人間がやる仕事だと思う。

 ミレニアにやらせるにはいいが、俺はそういう仕事をする気はあまりないので、俺達の要望が両方叶うことはないわけだ。


「だけど二人には、私を保護して、面倒を見て下さっているご恩があります。このまま何も返さずにいるのは、私の気が済みません」


 稀に、こいつが十歳なのは詐称なのではないか、と思う時がある。

 礼儀正しいと言えば聞こえは良いが、ここまでしっかりしていると戸惑うものがある。


「ハンッ! お前は子供なんだから、今はそんなことを考えなくてもいい。救われた恩の為に仕事をして命を落としてみろ。それこそ恩を仇で返すと言うものだろう? 大体、遊びたいなら遊べばいいし、お前はもうちっとばかし子供らしくしてればいいんだからな!」

「……ありがとうございます」


 俺がそう言うと、ミレニアはいつもより柔らかく笑った。

 けれども、それは褒められた時とは違い、どこか陰が差しているようにも見える。


 思えば、ミレニアがわがままを言ったことがなかった。

 遊びたいとも言い出さないし、勉強道具以外欲しい物を要求したこともない。なんなら、外に出ることすら遠慮している節がある。


 ……あまり、根暗な子には育ってほしくない。もうちょっと元気な子に育って欲しい、と思うことはある。


『将来はこうなって欲しい、だからそれになれるようあれをさせたい。もしくはこれはさせたくない。そういった簡単な方針です。ミレニアちゃんが大きくなるまで、保護者であるディーノ君が引っ張っていくんですから』


 ふと、先程マリスに言われたことを思い出す。引っ張るって、こういう時のこともいうのかもしれない。


「よし、せっかくだし、三人で夕飯の買い出しにでも行くか」


 二人からすれば突然の提案だったのか、目を丸くして驚いている。


「私もですか?」

「今日はお前も休みだろう。荷物運びくらい手伝え」

「はいはい、わかりました」


 マリスのやつ、言葉の割にはどこか機嫌がいいな。

 一方、ミレニアの方に目を向ければ、目を伏せて戸惑っているように見えた。


「……あの、私では足手まといになりますし」

「ずっと家にいたら、体力つくものもつかんぞ。買い物もできないなら、冒険者なんぞ夢のまた夢というやつだな」


 別に冒険者になるのを認めたわけじゃないが、こう言った方が効果的だと考えた。


「うっ……」


 実際効果的面らしく、ミレニアは何やら葛藤しているようだ。


「そら、行くぞ」


 迷うミレニアの手を引き、俺達は外へと出た。

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