第4話 男の俺が割り込めるものかよ! この女の世界に!

 喧騒が絶えず、活気にあふれる商店街。


 耳の長いエルフの営む八百屋や、頭から角が生えているオーガがシュフを務める料理店、筋肉隆々のドワーフの商品が並ぶ武器屋等など、店の種類は多岐にわたる。焼き立ての肉の匂いや、フレッシュな果実の香りが食欲を誘う。

 そんな誘惑あふれる道を、俺達は三人で手を繋ぎ並び歩いていた。


「ええと、その……恥ずかしいです」


 俺達の中心にミレニアが、顔を赤くしながら抗議る。

 十歳で手を繋ぎながら歩くってのは、さすがに恥ずかしさが勝るのか。


「我慢しろ。迷子になられて、面倒を増やされるのはゴメンだ」

「ごめんなさいミレニアちゃん。ディーノ君、色々と素直じゃないので、こういうふうにしか言えないんですよ」


 余計なことを言うなマリス。


「ツンデレなのは薄々察してました」


 ミレニアに追撃された。


 ハハハハハハ! なかなかいい性格をするようになってきたじゃないか! えぇ!? それはそれとして違うが? 俺は常に自分に正直に生きてるだけだが?


 そう言いたいのを俺はぐっと堪える。

 女子供の戯言だ。俺の正論で泣かせるのはあまりに酷という話だ。下手に否定せず、サラッと流せば話は広がらない。


 ……俺は大人の男だからな。これぐらいはできて当然だ。


「よーく見て下さい。ディーノ君のあの表情は、頭の中で言い訳の嵐を捲し立てている顔です」

「なるほど。確かにそう見えます」

「俺をおもちゃにするのもその辺にしておけよ。俺は泣いたっていいんだぜ?」

「この辺にしておきましょう。ディーノ君はやる時はやります。寝転がって駄々をこねるぐらいはやります」

「わかりました」


 そこまではしないぞ。大人がそこまで子供に回帰するのは、見ていて辛いものがあるしな。


 ――――最近は素直になってきたほうだと思います。昔は本当にひどかったんですから。


 何やらレイナの幻聴が聞こえるがシカトとする。大分疲れが溜まっているんだろう。


 そんなふうに談笑しながら歩いていると、ミレニアの視線が一つの店先に吸い込まれているのを感じた。

 俺とマリスがその方向を見れば、女性用のアクセサリーショップらしい。


「買い物する前に、ちょっとウィンドウショッピングでもしましょうか? ほら、例えばあそことか」


 アクセサリーショップを指さして提案するマリス。

 余計な出費が増えるな……まあ構わんが。


「え?」


 突然の提案にミレニアは戸惑いを見せる。

 最後にはまるで助けを求めるように、俺の顔を伺った。

 別に、少しぐらいわがままを言ってくれても、俺としてはまったく構わん。


「そら、行くぞ」


 ミレニアの手を引き、俺達はアクセサリーショップへと入っていった。


     ◇


 アクセサリーショップの中には、主に女性が多かった。男がいても、俺と同じで付き添いだろう。

 前にマリスと下着屋に入ったときなんて、羞恥の前に通報されないかビクビクしたもんだが、これなら気まずい思いはしなくて良さそうだ。


「あ、これなんて可愛いですね。でもミレニアちゃんだと、もっとクール系がいいでしょうか?」

「……これとか、でしょうか?」

「あっ、それもすごく良く似合ってますね!」


 ちょっと物思いにふけてたら、ものすごい勢いで二人の世界を作っている……!

 男の俺が割り込めるものかよ! この女の世界に!


 だ、だがまあいい。ミレニアが自発的な行動を取っているのは、良い兆候と言える。

 ……とりあえず、俺は店の外で待ってて良さそうだな。


「ディーノ君は、どっちが良いと思います?」


 チィッ! マリスに釘を差された! まるで「逃がすわけ無いじゃないですか」と言わんばかりの目だ!


「そうだな……」


 マリスに提示されたものは二つ。

 両方とも蝶を模した髪飾りだが、金色と紫色という違いがある。

 これならあんまり迷う必要はなさそうだ。


「ミレニアには、こっちの方が似合ってそうだ」


 俺が選んだのは、金色の髪飾り。ミレニアの黒髪と見比べてみると、やはり派手に明るいくらいぐらいの方がいいだろう。


「お前の黒髪には、これぐらい明るいほうが映えると思うぞ」

「本当ですか?」

「嘘を言ってどうする」

「……これが一番、綺麗ですか?」

「ああ、もちろん」

「じゃあ、この金色のにします」


 嬉しそうな笑みを浮かべるミレニア。早く決まったようで何よりだ。

 俺はこういう店からさっさと出たいタイプの男だからな。



「よし、じゃあさっさと買うとするか」


 そういって、マリスの手から二つの髪飾りを拝借し、レジに持っていこうとする。


「ディーノ君、こういうのはどっちかでいいんですよ? それじゃあ選んだ意味がありません」

「ああ、紫の方はお前に買おうと思ってな」

「……は?」

「お前の目の色だし、その銀髪にはよく似合う」


 それに、後で私には無いんですか~? とか言われるのもあれだしな。

 普段からこいつには頼りっぱなしだし、これぐらいは返しておかないと不義理になる。


「そ、そうですか」

「そうだが?」


 何故か戸惑っているマリスを置いて、俺はそそくさとレジへ向かった。

 頭に輪っかを浮かべている店員にレジ対応をしてもらう。


「袋にお包みしますか? それとも、そのまま身につけて帰られますか?」

「だ、そうだが……ん? どうした?」


 すぐ後ろにいる二人にそのままパスしようとしたが、ミレニアがマリスの背中に隠れてしまった。

 魔物でも見たような顔をしているが、何か怖い商品でもあったのか?


「どうしたミレニア」

「……あの天使、なんですか?」

「天使?」


 ミレニアの視線を見ると、俺をレジ対応してくれていた店員のことを言っているようだった。


「ああ、あれは天使じゃない。精霊だな」

「精霊ですか? え、でも、冷蔵庫とかにいるのは、綿毛みたいな光で……」

「それは家事妖精ですね。いいですかミレニアちゃん。精霊と妖精の発生はとても類似していますが、妖精が簡単な命令しか聞けないのに対し、精霊は人権を認められている立派な人であり――――」


 マリスが説明し始めた。ミレニアの対応は丸投げして、俺は店員に謝っておこう。


「すいませんでした。あの子、精霊を見るのが初めてみたいなようでして、悪気はなかったんです」


 俺は客であり世話になる身。それに加えて、自分の子供の教育不足がたたって、かなり失礼な発言をしてしまった。故に低姿勢。高圧的態度はありえない。


 だが、謝罪したところで、許されるかどうかは本人の意志に委ねられる。

 子供のいうことだからと許してくれるいい人か? それとも自分の種族を侮辱されたと怒る人か……?


「初めてだったらしょうがありませんね。よくあることですし、大丈夫ですよ」


 グッドスマイル。いい人だった……!

 今度ミレニアやマリスにプレゼントを買うと時は、この店に来るとしようそうしよう。


「ありがとうございます……あ、とりあえず二つとも袋に入れてもらえますか?」

「かしこまりました。依頼の子守か何かで?」

「いえ、最近私が引き取ったんですよ」

「ああ、それは大変そうですね」

「ええ、手がかからない子ではあるんですけどね」


 子供の苦労話と店員と話をしながら、商品を受け取り、二人の方へと振り返る。


「――――そう。このマナ濃度が濃い場所で発生し、それらを制御する精霊や妖精は、昔の人にはとても神秘的に見えたんですね。そこで信仰が生まれます。

 ですが、教義の中には近代の魔法理論を否定するものがあり、信徒が学ぶ過程で『神を愚弄している』と宗教的思想が介入し、魔法理論の普及のお妨げになってしまう事態にまで発展します」

「なるほど、そこで『神類証明決闘儀』がでてくるということですね?」

「そのとおりですマリスちゃん! 更に付け加えるなら、百年前からの政策で、妖精を多くの民に普及させる事によって、その神秘性を瓦解させて――――」


「他の人に迷惑だから講義は家でやれよな。さっさと買い物の続きに行くぞ」


 店の中で楽しく講義をしている二人に釘をさし、俺は店を出る。

 クソが! その部分は、明日俺が教えようと思った箇所だったのに……!

 俺は涙を呑む他なかった。


     ◇


 ミレニアは早速と言わんばかりに金色の髪飾りを身につけ、たいそう喜んでいる……ように見える。

 買い物をしている時も、帰り道も、家の中にいる時でさえ身につけ、ニコニコと笑みを浮かべているのはその証拠と言えるはずだ。


 だが今までにない反応だったもので、俺は不安にかられていた。

 今のミレニアは俺に買ってもらった小説をソファで読んでいる最中だ。


 この隙を逃すまいと、隣で一緒に皿洗いをしているマリスに確認がてら耳打ちする。


「あれは喜んでる……よな?」

「はい、喜んでると思いますよ。初めてのプレゼントですし、そうでなくとも、気を許している人間からのプレゼントは、いつだって嬉しいものです」

「勉強道具や服は買ってやったが?」

「それとこれとは別ですよ」

「そういうもんか……」

「はい。そういうもんです」


 マリスも俺が買ってやった紫色の髪飾りを身につけているのは、喜んでいるってことでいいんだろうか。そうであるならば、男冥利に尽きるというものだが……。


「でもディーノ君、最近仕事に行く頻度が落ちてますけど、貯金は大丈夫ですか?」

「目標金額は達成したしな。ちょっとぐらい魔物を狩るスペースを落としても、生活に支障はない」

「……目標金額?」


 ミレニアが本から視線をこちらに向けてくる。どうやらよほど気になるようだ。


「ああ、ちょっと買いたい物があってな」


 食器洗いも終わったので、俺はソファに座っているミレニアの隣に座った。気になっているようだし、少し話しておいたほうが良いか。


「ちょっと、土地に入る権利が欲しいんだ」

「……土地に入る権利?」


 前置きに首をひねるミレニア。そりゃこれだけ言ってもわからんだろう。


「わざわざ目標金額を設定しているということは、相当な高額なものですよね」

「はい。ちょっとって金額じゃないですよ。ミレニアちゃんの言い分が正しいです」


 お察しの通り、めちゃくちゃ高い。なんせ俺が冒険者稼業を数年間やって、ようやく手に入るような金額だ。


「その土地は、どうして高額な値段で出入りする必要があるんですか?」

「実は俺の育った故郷なんだが、ドデカイ魔物に荒らされて、環境が荒らされまくってな。現在立ち入り禁止になっている程危ない惨状になっているらしい。その為の装備や人員を用意できれば、入っていいとと領主に言われたわけだ」


 その領主を頷かせるのには苦労した。死にたいとすら思ったことがある。


「その割には大きな家買ってますよね? 私やマリスさんの個室も用意できるぐらいの」

「狭い部屋は嫌だからな……」


 狭い部屋というのは、レイナに拾われる前に、実の父親に実験施設で体を弄られたことを思い出す。

 あそこでは俺の尊厳という尊厳が、根こそぎ削られる思いをした。


 あれ以来、広い部屋じゃないとゆっくり眠れないんだ俺は。


「育った故郷に行って、何をしたいんですか?」

「墓参りだ。俺の育ての親の遺体が、そのままになっている。墓を作って、花を手向けたい」


 ……あれから八年が経つ。

 魔物に骨までしゃぶられていても不思議じゃないし、何なら骨まで食われている可能性のほうが高い。


 でも、俺がそうしたい。

 その為ならば、俺はレイナに恥じない程度にはなんだってするだろうし、してきたつもりだ。


 そんな俺に、ミレニアは不安そうな目を向けてきた。


 ミレニアなら、そんな危険地帯に出入りする際の金額の詳細に気がついてもおかしくはない。

 そりゃ不安にもなるか。


「故郷行きの目標金額は達成しているが、それ以上に貯金もしている最中だ。だから心配は何もない」

「……はい」


 それでもミレニアの顔は晴れない。

 ……俺は何をミスった?


「ディーノ君、酷くないですか?」


 俺が首を捻っていると、語気が強めのマリスが俺を睨んできた。

 誰だって分かる。これは怒ってる顔だ。


「まるでミレニアちゃんが、自分の保身しか心配してないみたいじゃないですか」

「そ、そうは言ってないだろ!?」


 ……ちょっとは思ったが。別にそう思うことは悪いことじゃないだろ。うん。


「ミレニアちゃん、言ってやって下さい。ディーノ君ははっきり言ってやらないとわからないですから」

 俺は察しのいい男だと男の中では評判だぞ。

「……わかった」


 俺の心の訴えをよそに、ミレニアは何やら決心した様子で俺の前に立ち、正面から見据えてきた。


「ディーノさん」

「……なんだ?」

「私のこと、負担になってませんか?」

「なってないが?」


 嘘だ。


 本当はミレニアの教育の為に用意するものがたくさんあり、貯金の方はもうカツカツだ。それだけ教材というのは金額を要し、数を揃えるとなるとそれはもう莫大な金額となる。


 安い教材を買えばいいじゃないか? バカを言え! 最初のスタートダッシュで、そんな信用できない粗悪品なんぞ使わせてみろ。 勉強させる意味がまるでないわ!


 ――――安くて信頼できる教材はなかったんですか?


 イマジナリーレイナがなにか言ってるが、そんなうまい話はなかった。

 安物は内容がスカスカで、叡智の勇者様と比べると解説が不十分過ぎる。


 ――――私基準じゃそうなるに決まってるじゃないですかやだー!!


 とか言いそうだが知らん。勉強に金の糸目をつけるなと教えたのはそっちだ。


 稼ぐにしても、小さい子を家に一人にするだなんて非常識な為、俺とマリスで仕事と子育てを交代している。前までなら二人で仕事をすることも多かった為、稼ぎの方ももちろん低下してしまっているのは否めない。


 だが、勉強道具は一律もう揃えた。ここ数週間で、育児にかかる費用も大方わかってきている。後数ヶ月も貯金をすれば、故郷行きの金だってすぐに貯まるはずだ。

 故に、嘘をついても何も問題はないわけだ!


「だから、心配するな。俺は今の生活を、それなりに気に入っている」


 本当のことも付け加えておく。嘘ってのは本当のことを交えると、見抜きにくくなるもんだ。


「……わかりました。ありがとうございます、ディーノさん」

「どうしたしまして」


 俺は気恥ずかしいのをごまかすように、ミレニアの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ディーノ君。それで髪飾りを落としたら、殺されても文句は言えませんよ?」

「そんなにか……!?」


 ……頭を撫でる癖、もうちょっとなんとかしよう。

 俺はミレニアの頭から、そっと手を離した。


「……もうちょっと、して欲しかったな」


 俺にどうしろというのだ……!?


 今の生活も悪くはないが、女性陣の意見に板挟みになる事象だけはなんとかしたいところだ。

 本当。切実に。

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