第2話 不安なんて、親なら誰だって抱くものなんですよね

 その日のうちに駐屯所にいる騎士団に相談してみた所、本来なら身寄りのない子供は孤児院に預けるのが普通らしい。

 だが本人が望めば、書類手続きを済ませれば俺でも子供の面倒を見ていいとのことだ。


 冒険者ギルドでそこそこ真面目に働いていた実績が、こんな所で役に立つとは思いもよらなかった。

 いい人間だと評価されると、こういうところで楽ができるからしておいて損はないのは世の常といったところか。


 こうして、俺とマリスの家に、ミレニアがやってくることになった。


 ちなみに帰る途中、ミレニアのボロボロの服があまりにも見てられなかったので、店に寄って新品の服を着せておいた。

 本人は遠慮していたが、上等な代物とは言え、そんなボロ雑巾みたいな服を着せて歩かせるなんざ、こっちから御免被るという話だ。


 日が地面にぶっ刺さっさり、黒と赤に二分にされている空の下。俺はミレニアと自分の家の前にまでやってきていた。

 壁の素材にはこだわりはあるが、どこにでもあるような普通の一軒家。 多少でかくて持て余してる感があるが、地下室があるのが魅力的だったので後悔はない。


「……質問があるんですけど、いいですか?」


 俺の家を見たミレニアが、何やら不審な挙動で挙手をする。


「構わんが?」

「もしかしてこの家、コンクリート製ですか……?」


 おかしなことを言う。建築には詳しくないが、石造や木造、コンクリート製なのは普通だろう。


「ああ、素材にもこだわっていて、火山灰なんかも使っている。それのお陰で、ひび割れの修復機能もバッチしだ」

「火山灰にひび割れの修復……!? あの、もしやこれ、ローマン・コンクリートですか!?」

「ろ、ローマン……? それは、浪漫やロマンチストの親戚か?」

「どうして! ローマは無くて! 浪漫やロマンチストが! あるんですか!?」

「なんでだろうな……?」


 俺はミレニアの魂の叫びに、どう対応してやればよかったのか。

 これはあれか。子供に訪れるという。なんでなんで期というやつか。


 まずいな……俺は叡智の勇者のように、知識を蓄えているとは到底言えない。

 こういう疑問に答えられるように、他称勉強をし直す必要があるのかもしれない。


 なんて思っていると、先に帰って準備をしてもらっていたマリスが、玄関から現れた。


「お帰りなさいディーノ君、ミレニアちゃん……えっと、何をしてるんですか?」

「ミレニアが家がコンクリート製であることに疑問を持っていてな……」

「……石造や木製が良いタイプだったんでしょうか?」


 ミレニアもすっかり首を傾げてしまっている。

 子供慣れしてるこいつでもダメとなると、もしや手のかかるタイプなのかもしれない。


 まあいいさ。俺みたいなやつでも、なんとか社会に適応できている。

 そう簡単に諦めてしまえば、育ての親にも申し訳が立たないというものだ。


「あ、そうだ。カメラあるんですけど、せっかくですし、写真でも取りませんか?」


 マリスが懐からカメラを取り出すと、ミレニアは何やら衝撃を受けたような顔を浮かべる。

 ……こいつ、さっきから雷に打たれるような顔ばっかしてるな。


「カメラが、あるんですか!?」


 ミレニアがこの魔導具に驚くのも無理はない。なんせ、カメラの普及率は低いからな。

 写真を撮るプロや、本に掲載する画像で使われることが主だが、集まりがあれば一人二人は持ってるような代物でもある。 いわば、人にちょっと自慢できる高級品だ。


「はい。仕事でも使うことがあるんですが、ディーノ君は個人的な趣味でよく撮るんです」

「別に、趣味じゃないが」


 記念を形に残したいだけだ。

 作れる時に作っておかないと、手元に何も残らないだなんて事態が起こるからな。


「……そもそも、なんで写真を撮るんですか?」


 心底わからないと言った具合に、ミレニアは首を傾げている。

 あんな上等な代物を着込んでいて、カメラの存在も知ってるのに、使用用途がわからないとは、なんともチグハグなやつだ。


「そりゃ記念にだろ」

「記念……?」

「家族がひとり増えるってのは、記念だろうよ」

「…………家族」


 俺がそう言うと、ミレニアは目を大きく見開いて、硬直してしまった。

 それほど衝撃が大きかったのか? マイナス感情じゃないよなそれは?


 心配事は山積みだが、考えてるだけじゃ何も進まない。

 俺はカメラを塀の上に乗せて、カメラの中にいる綿毛のような光……つまるところ、妖精に指示を出そうとするが、ミレニアがわけが分からないとばかりに挙手をする。


「どうしましたミレニアちゃん?」

「待って下さい。その光なんですか……!?」

「妖精ですよ、ミレニアちゃん」

「妖、精……!?」


 マリスの回答に、動揺が走るミレニア。

 ……まさかこいつ、いろんな道具に備え付けられている妖精を、知らないのか?


「そら、いろんな動力源になっているだろう」

「アイロンの熱や、ドライヤーの風なんかの動力源ですね。私達の生活を助けてくれることから、『家事妖精』とか、『職人妖精』だなんて呼び方もあります」


 マリスの良いところは、無知な人間にでも笑い飛ばさず、説明をしてやることだ。お陰で俺は一緒にいて悪い気がしない。


「……初めて、知りました」


 そしてミレニアも、本当にわからないことをわからないと言えるのは、俺としては好感度だ。わかったふりをする人間程、馬鹿なことをしでかすからな。


 とはいえ、一般的な道具を使っていれば自然と知るようなことを知らないとは驚いた。

 箱入り娘にも限度がある……もしや俺やマリスと同じように、生みの親はろくでもない人間なのかもしれない。


 まあ俺と違って、ミレニアに手術痕はないとマリスが言っていた。竜の鱗が埋め込まれているとか、そんな馬鹿げた話はないだろう。

 だから単純に親から逃げる為に、町の外だなんて言う危険地帯にまで逃げてきた……そう考えると、余計にどうにかしてやらなければと思えてくる。


「行くぞ。本当の時間ってやつは、待ってくれないんだからな」


 その後、撮った写真に現像されたミレニアは、頬が引きつり、なんとも言えない表情だった。


「あ、その場で出てくるタイプ……」

「むしろ他にあるんですかミレニアちゃん?」


 だがまあ、悪くない。

 この写真を見返す時、笑い話の一つにでもなるだろうさ。


     ◇


 玄関に入ると、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。

 俺達が帰ってくるまでにハンバーグを作っていたようだが……いつもより、ちょっといい肉を奮発したな? 匂いでわかる。

 祝いの席だ。これぐらい奮発してもお天道様はバチを当てやしないだろう。 


「あ、お夕飯作ってる最中でした」

「火は大丈夫なんだろうな」

「さすがにちゃんと消してあります!」


 靴を脱いでそそくさとキッチンに戻っていくマリスを見送る。

 ミレニアが来るからと言って、すこしそそっかしくなってるな、なんて思いながら、靴を脱いで家に上がると、 ミレニアはそれをジッと見つめていた。


「……靴を脱ぐタイプなんですね」

「え? 何がだ?」

「玄関です。てっきり靴はそのままで家に上がるものかと」


 ……そういう文化のあるところから来たのか?

 俺は聞いたことがない文化だな。後でマリスが知っているか聞いてみるか。


「……少なくともここらへんじゃ、家に上がるなら靴を脱ぐのが常識だ。気をつけろよ」

「わかりました」


 靴を脱いで、キレイに玄関に揃えるミレニア。

 ……俺やマリスの靴を見様見真似とはいえ、そこらへんのマナーを知っているのかと思う手際の良さだな。


 いや、知らないとは言ってなかった。多分玄関で靴を脱ぐ文化は知っていたんだろう。

 とはいえ、ちょっと常識に齟齬がある。色々と注意して、ものを教えていく必要がありそうだ。


 ああ、そうだ。ここで暮らすなら、あのことを注意しておかなくっちゃな。


「……ご飯の匂い」


 ミレニアの方を振り向けば、何やら感動というか、感慨深いと言うか……なんとも言えん顔をしている。

 心なしか、眼が充血しているようにも見えた。


 ……おい、まさかこいつ、飯の匂いで感動してるのか? 今までどんな環境にいたんだ?


 聞きたい気持ちが湧いてきたが、ぐっと堪える。絶対ろくでもないし、思い出して気分のいいものではないだろうと考えたからだ。

 見なかったことにして、俺の要件を済ませるとしよう。


「ミレニア、話がある」

「は、はい」


 袖で目を拭い、俺を見上げるミレニア。よし、ちゃんと俺の話を聞けてるようだし、話をしても問題はないだろう。


「面白いものじゃないが、見せたいものがある。こっちに来い」


 そう言って俺は階段を登ると、扉が複数並んでいる廊下へと辿り着いた。


 階段から見て、正面にある一番奥の部屋には『マリスの部屋』という立て札がかけられている。

 他の扉にはそれぞれ、『客室』という立て札が三つ、『ディーノの部屋』という立て札が一つかけられていた。


 一番奥の部屋がマリスの部屋なのは、マリスに部屋を選ばせたらそうなったからだ。

 二階の部屋の中では一番狭い部屋なんだが、本人がこれぐらいがちょうどいいというものなんだから仕方がない。


 長い付き合いの俺からすれば、マリスは変な所で遠慮をするところがある。マリスはこういう時にこそもうちょっと贅沢していいだろうに……いや、今更の話だったな。


「……え? 漢字? カタカナ、ひらがな……?」


 扉の立て札を見ながら何やらブツブツと言っているミレニア。


「まあな。その分庭が狭いが」

「普通逆なんじゃ?」

「俺達は冒険者だからな。庭の世話みたいな肉体労働は、極力最小限に収めたい」

「なるほど……」


 他愛のない話をしながら俺の部屋に入り、魔力を妖精に流し込んで明かりをつけた。

 ベッドの横にデカい鏡があるのと、金庫があるぐらいで、他は机や本棚、それにクローゼット等と、至って普通の部屋だ。


「『分かりやすい英語の文法』……え? なんで英語があるんですか? ということは、お店の看板はアルファベットの筆記体で間違いない……?」


 何やら本棚にある本のタイトルを見て首を捻っている。

 こいつ……もしや文字を知らない? いや、読んでるから普通に知ってはいるのか。じゃあ何をそんなに不思議がっているんだ? とりあえず、俺が教えられることは教えておこう。


「そりゃ叡智の勇者が、文字を複数考案したからじゃないか?」

「……叡智の勇者?」


 誰もが聞いたことがあるであろう称号を、ミレニアは初めて聞いたといった表情を浮かべて首を傾げる。


 ここまで来ると、もはや何を知っているのか不思議になってきたな……まあそんなことはどうでもいい。説明してやるか。


「叡智の勇者。その名をレイナ・ベネディクトゥスという。歴史的に様々な発見や研究をしてきたエルフだな。今ある文明の基礎は、全て彼女が作ったとも言われているほどの偉人だ」

「すごい人がいるんですね……」


「ああ、なんせ俺の育ての親だしな」

「え!?」


 目を丸くして俺の顔を凝視するミレニア。そりゃたった今紹介した偉人が、俺の身内だって言えば驚きもするだろう。

 驚きまくりのこいつだが、こればかりは必然ってやつだ。


「その話はまた今度にでも。お前に来てもらったのは、これを見てもらいたかったからだ」


 そういって、床に備え付けられている金庫を指出した。


「あの金庫には、絶対に触れるな」


 俺は机から羽ペンを手に取ると、そのまま金庫へと投げつける。

 すると、金庫に触れるか否かと言ったところで、羽ペンの動きが完全に停止した。


「半径五ミリ以内に近づくと、それらの時間は停止する。意識を保ったままな。それが嫌なら触れようとしないことだ」

「……そこまでして、あの金庫に何が入っているんですか?」


 俺はどこまで答えていいか考える。

 ちょっと込み入った事情があったし、子供にどこまで言えば理解できるか分からなかったからだ。


「俺の宝物が入っている。叡智の勇者の遺品……形見ってやつだ」

「え……」


 それを聞いたミレニアは、悲しんだような陰のある表情を浮かべる。

 人の死の話ってのは、往々に話しづらくなるものだ。新しい家族を迎えるという門出の日に、そんな話をするのはショッキングだったのかもしれない。


「……すごい大事なものなんですね」

「ああ、大事なものなんだ。誰にも渡せないくらいにな」


 本当は、ミレニアが思っているより複雑な代物だ。

 けれども、必死に言葉を選びひねり出したミレニアに対し、俺はそんな無粋なことを言えなかった。


「さて、注意事項はこんなもんか……そうそう。お前の部屋は『客室』の立て札がある部屋なら、どれでも好きな部屋を選んで構わん。気に入った部屋があったなら俺に言え」

「……はい! わかりました!」


 表情を明るくし、早足で部屋から飛び出すミレニアに対し、俺はようやく子供らしい反応をしてくれて、何だが安心していた。


 そんなふうに感傷に浸っていると、ミレニアは三つの客室を周り、どれにしようかと目を輝かせている。


 ……どの部屋も似たりよったりなはずなんだが、ミレニアなりに多少の違いが気になるようで、真剣な面持ちで深く考え込んでいる。


「この部屋がいいです」


 やがて、ミレニアは一つの結論にたどり着いたらしい。

 他の部屋との違いが、二段ベッドとベランダがある部屋を彼女は選んだ。


 あの二段ベッドは、他の冒険者が家に泊まった時の為、できるだけベッドの数を増やそうと用意したものなんだが……。


「なんでこの部屋なんだ?」

「夢……だったんです。二段ベッド」


 恥ずかしそうに笑みを浮かべるミレニアに、俺はできる限り優しく微笑むことに努めた。


「……こんな部屋で喜んでもらえたなら何よりだ」


 二つの鍵を取り出し、それを一つにまとめてミレニアに差し出す。


「家とこの部屋の鍵だ。失くすなよ?」

「鍵……」


 それをゆっくりと受け取ると、ミレニアは両手で大事そうに鍵を包んだ。


「……はい、大事にします。絶対に失くしません」


 何やら決意をしたように感じる物言いが気になるが、無くさないと約束したなら良いか。


「ならいい。それじゃあリビングに行くとするか。手伝わないとマリスが拗ねるかもしれん」


 そう言って、俺達はリビングへと向かう。

 その途中、恐る恐るだがミレニアに手を握られた。


「……迷惑、ですか?」

「いや、別に構わん」


 ミレニアに歩幅を合わせて歩く。

 少し、距離が縮まったように感じた。


     ◇


 リビングに行くと、マリスが料理をテーブルの上に運んでいるところだった。

 しかも、ラインナップを見る限りもう全部運び終えてると見た。


 ハンバーグに野菜炒めに味噌汁にご飯……どこにでもあるような夕飯だ。


「出来たなら言ってくれよな。運ぶのくらい手伝うって言ってるだろ」

「別にこれぐらいで気遣わないでも大丈夫ですよ。ほら、早く席に付いて下さい。ご飯が冷めちゃいますから」

「わかった」


 マリスの言われるがままに席につく俺達。

 俺の目の前にミレニアが座り、そのミレニアの隣にマリスが座るといった位置だ。


「それじゃあディーノ君、お願いします」

「何をだ?」

「ミレニアちゃんへの歓迎の言葉です」


 ……ああ、確かにそういう音頭を取った方が良いか。

 俺が水の入ったコップを手に取ると、マリスとミレニアもそれに続いた。


「ええ、では、新しい……新しい住人の痛いっ!?」


 言葉の途中でマリスに足を蹴られた。

 顔を見れば、如何にも怒り心頭と言った様子である。


「聞こえませんでした。正直にお願いします」


 マリスの言葉使いはいつのも調子だが、ほんのりと怒りを含んだ声だ。

 わかったわかった。言えば良いんだろ言えば!


「……新しい、家族を迎える今日を祝って、乾杯!」

「かんぱーい!」

「か、乾杯」


 三人でコップが割れないようにくっつけ合う。

 ああ、小っ恥ずかしいったりゃありゃしない……!


 顔が暑くなるのを誤魔化すように、俺はご飯の数々を頬張る。


「美味しいです……!」

「それはなによりです」


 俺の敗北宣言に、マリスは楽しそうに笑みを浮かべた。

 こればっかりは認めざるをえない。

 それと、ちゃんと味を言わないとマリスが拗ねる。


「ミレニア、お前も食べたら感想を――――」


 一応注意しておこうと、ミレニアの方を見て驚いた。

 なぜなら、ミレニアがご飯を食べながら、涙をポロポロと流しているからだ。


「み、ミレニアちゃん!? 味が合いませんでしたか!?」

「どこか痛いのか? マリス、今すぐ診察を!」

「だ、大丈夫。大丈夫です。本当に、何でもないんです」


 慌てる俺達に心配をかけまいとするかのように、涙を拭いなら弁明するミレニア。


「ただ、こんな温かいご飯は、久しぶりだったもので……」


 ミレニアの言い分に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 ……いつもは冷や飯食ってる環境だった、ということか?


 いや、ここまで泣いているということは、俺の想像には及ばないような、過酷な食生活だったのかもしれない。

 マリスも俺と同じ推測をしたのだろう。なんとも言えない、悲痛な表情を浮かべている。


「ミレニアちゃん、ゆっくり食べればいいですからね。今が無理そうなら、後で温め直せばいいですから、無理はしなくて大丈夫ですよ」

「……はい。はい……!」


 泣いているミレニアの背中を擦りながら、優しく話しかけるマリス。

 まだミレニアのことはさっぱりわからない。だが、時間はたっぷりある。焦らずにゆっくりと理解していけば良い。


「ところで、なんで箸と味噌汁があるんですか……?」

「そりゃあ……箸と味噌があるからじゃないのか?」


 前言撤回してもいいか? ちょっと不安になってきた。


 ――――不安なんて、親なら誰だって抱くものなんですよね。


 ふと、そんなレイナの慰めが聞こえた気がした。

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