第16話 シン・異世界人の回想 後編
私が異世界を知ってるといっても、それはフィクションのものであり、どこまで適応できるかわかりません。
なんなら、魔法なんてものがないなんて可能性すらあります。
現に、私はなにやら豪華絢爛な部屋に軟禁されています。
見たこともない様式の服も着せられて、もう何が何やらです。
集団転移の類だと、王様の目の前で召喚されて城の中にあるこういった部屋に案内されることなどはありますが、私の場合はこの世界の宗教です。
宗教……宗教というよりは、邪教っぽい印象を受けました。
こう、邪神系の。
……食われる。何とかして脱出しないと、食われる!
状況を打破するために少しでも情報収集をしようと、ドアに耳を当てて聞き耳を立てます。
教祖であるドレミダって人と、幹部っぽい人達の声が聞こえてきました。
「どうするんですか。まだ子供じゃないですか」
「心配ない。すぐさま適切に加工する。道具も今取り寄せている最中だ」
「加工……?」
「ああ、天の使いに相応しいようにな」
……判定に成功してしまいました。情報を獲得です。
私は普通の子より真面目で落ち着いていたので取り乱すことはありませんでしたが、いっそ発狂したかったです。
どうして私はこんなTRPGのリプレイ動画や、オンセのようなめにあってるんですか?
異世界召喚されたらダークファンタジーとかとんだ悪夢ですよ。私は邪神に手を取られでもしたのでしょうか?
パパ、ママ、助けて。
……ダメだ。あの二人は私を助けようだなんてしないでしょう。
ネットに転がっている動画とかだと、うちみたいな家族は老後とかの介護要因としか見てないとか、金を稼いでくるATM扱いされてます。
きっと、私もそんな扱いなんだと思います。
私が、がんばれなかったから。
……いえ、今は落ち着きましょう。
優先すべきは生存。つまりは脱出です。
加工がここでどんな意味が含まれているかだなんて知りませんが、どうせろくなものじゃないはずです。
ドレミダの話相手は明確にドン引きしていました。絶対変な目に合わされるに違いありません。
いっそ生贄だとかで私を殺してほしかった!
これ以上生地獄はまっぴらごめんです!
なので窓ぶち破って脱出します。
三階なら着地もなんとかなるでしょう!
「ばあ!」
「ひゃ!?」
でも、窓に突如現れた人に邪魔されてしまいます。
というか、普通に窓開けて入ってきました。
その窓、開くんだ……。
しかも、部屋に入っていざ立ち上がれると、すごい巨体です。
部屋の扉より遥かに大きいことを考えると、ニメートル以上は確実にあります。
なんか額に角まで生えてます。
召喚される時になぜ豆を持ってなかったんですか私?
……あの時豆なんて食べれる心境じゃなかった? それじゃあ仕方がない。
「ダメじゃねえか。こんなところから飛び出したらよ。俺がドレミダの旦那に怒られちまう」
私の困惑などお構いなしに、ブーブーと文句を垂れる大きい鬼の人。
「だ、誰ですか?」
「あ? 俺? 名乗っていいんだっけ?」
「そうじゃないと、私はなんて呼べばいいかわかんないんですけど……」
それもそっかぁ、と鬼の人は納得した様子で頷きます。
「俺の名前はモルゴダ・ラディック! 『天翔ける
声がとても大きいです。鼓膜が破れるかと思いました。
とりあえず、すごく強いんだろうなって事はわかりました。
「私、ミレニアって名前じゃなくて、大野陽子です」
「変な名前だなぁ……でも旦那は、ミレニア様のことを、ミレニア様って呼んでたぜ?」
「そんな名前知らないです。私、勝手にこんなところに連れてこられただけです。お家に返して下さい」
私がそう訴えると、モルゴダさんは目を細めてため息を付きました。
大きく落胆した様子です。
なにか暴力を振られるんじゃないかと、戦闘態勢に入ります。
「いや、そう構えんな構えんな。別に取って食ったりしねえし、ヨーコ様のパンチなんてどうとでもならぁ」
「私、スクールバスを蹴飛ばせますよ」
「スクール……? いやまあ、ヨーコ様の蹴りなんてひょろひょろじゃねえか」
「えい」
「いてっ」
モルゴダさんは、足を擦ります。
痛みでのたうち回ってるうちに脱出しようと思ったのに、反応それだけ……!?
「というわけでだ。俺ぐらい強いの……は、あんまりいねぇけど、俺の半分くらいの強さの奴らがいっぱいいる。力づくは諦めたほうがいいんじゃねえかな?」
すごい脳筋っぽい見た目してる割に、かなりの正論ストレートパンチ。子供にも容赦ないですこの人。
「もちろん俺も協力できねえぜ? 旦那には借りがあるからな。ああ、でも……最近はスポンサーとかに色々と言われて、色々と過激なこともやっちまってんだわ」
「か、過激?」
「ああ、信者に対して『一週間だけでいいからやって欲しい』って約束取り付けた後、修行と称して絶食させたり寝かせなかったり……あ! そうそう! 大音量で教義の音声が流れる個室に拘束されたりするな! んでもって――――家には絶対返さない」
詰みです。いや、もう終わりです。
もう宗教施設じゃなくて、洗脳施設じゃないですかここ。
そんな洗脳を受けている人達がドン引きする加工ってなんですか?
そのうえ私の最終奥義、暴力を行使しても脱出は不可能。
私、異世界召喚じゃなくて、カルト教団に拉致されただけみたいです。
なんで私の人生こうなっちゃったんでしょう。
あの時私ががんばらなかったからですね。言われなくてもわかっています。
……どうしてがんばれなかったんだろう。私。
「……そういやさ、あそこに見える馬車わかるか?」
窓の外を指差すモルゴダさん。
確かに馬車の荷台があるのが見えます。
「あれ、夜にここを出発するんだ。なんでも、朝に近隣の町に着く為だとか」
「はあ」
「んでまあ、途中に十字路があるんだ。すげぇだろ。森の中に十字路だぜ? ダハハハハハ!」
私には何がすごいかわからないけど、モルゴダさんはとても大爆笑している。
どうしよう。この人のセンスがわかんないです。
「んで、えーと……あれだ。ここを夜に出ても、まだ日は出てねえだろうなぁ」
「それがどうかしたんですか?」
「んー、どうもしないかもしんねぇな。でも覚えておいて損はないぜ」
……ん? あれ?
「ちなみに俺は、その馬車が発車する十分前から、トイレに入る! 多分一時間はトイレに篭るだろうなぁ……それぐらい壮絶な戦いになる予感があるぜ」
この人、私に脱出の方法を教えてくれてる……?
「お前なら馬車荷台の……何ていうんだ? 床底? まあそういう所とかに貼り付けるんだろうけど、あいつらそこまでチェックしないからなぁ……」
あまりに露骨な誘導に私は呆然としてしまいますが、モルゴダさんは楽しそうに笑うだけです。
「んじゃ、そういうわけで!」
言いたいことを言いたいだけ言うと、モルゴダさんはすとこらさっさと窓から降りていった。
◇
モルゴダさんの言う通りの時間に馬車の床底に張り付くと、本当に教会から脱出できました。
罠じゃなかった……え? あの人いい人なんでしょうか? ちょっと子供なのでわかんないです。
そんな事を考えると、十字路まで来たので、物音を立てないように静かに降ります。
馬車の荷台の後ろ部分が閉じていたお陰で、私が馬車の底から降りたのは気づかれなかったみたいです。
そんなところが閉じられている印象はあまりありませんが、余程見られたくないものか、交通法に厳守でもしたりしているのかもしれません。トラックとかは占めてる印象強いですしね。多分そういうことなんでしょう。
とにかく、馬車が向かった方向とは別の方向へ向かいます。
雨が振り、道がなくなったり、はたまた狼に襲われたりと、散々な目にあいました。
狼、殴り飛ばしても群れをなして追ってくるので、私は木々の間を飛び移りながら逃げ惑うことしかできません。
幼い頃からママに「暴力はダメ」と言っていた理由がよくわかりました。私程度の力では、武器にすらならないからです。それどころか、余計に怒らせてしまった気がします。
どうしたものかと考えていた時、ふと、枝の上に誰かが乗ってくる感覚がしました。
「誰!?」
私が振り向くと、長い金髪の男の人がいました。
ポンチョの類を身にまとっているせいで、どんな体格をしているのかまではわかりません。
「悪いが、説明している時間は無い。さっさと離脱する」
ただ、その笑みを見て、「経済界を牛耳って世界征服を企むタイプの悪役だ」という印象を受けました。
そんな印象を受けたその人こそ、この世界で私の保護者となってくれるディーノさん。
「もう大丈夫ですからね」
私を抱き上げてくれる、胸が大きく銀髪で三つ編みをしている女性がマリスさん。
これが、私の新しい家族になる、二人との出会いでした。
◇
私はミレニアと名乗ることにしました。
昔の名前に、愛着がないと言えば嘘です。
でも、この世界では『変な名前』というので、それならこの世界っぽい名前を名乗ることにしました。
……異国の地だと、私の名前は疫を呼ぶんじゃないか?
そういう警戒もあったりはします。
町並みを見ていると、いかにも中世ファンタジー……を模してる感があります。
アスファルトでできた道路があるし、その上には舞浜のテーマパークでみたような蒸気機関の車が走ってるし、石造りに見えるけど明らかにコンクリートっぽい建物があるし、なんなら電灯っぽいのもあります!
こんなの私の知ってるファンタジーじゃありません!
というか! 蒸気機関の車があるならなんで馬車で移動するんですか!? 理解不能です!!
ちなみにディーノさんに聞いてみたら、
「なぜだと思う?」
「え? 環境に優しくない……とか?」
「その通り。魔物に襲われた場合、馬車なら死んでも魔物に食われて自然のサイクルに加わるが、蒸気自動車はそうはならない。後はそうだな……馬なら故障しても買い替えればいいが、蒸気自動車の修理や買い替えは馬鹿みたいに金がかかる」
「燃料もあっという間に無くなってしまいそうですしね。あ、職人妖精を使えば解決しそうです」
「国や上流貴族が所有してたりはするが、一般的には受けが悪い。移動すればするほどつかれるしな。それに、蒸気自動車を作る職人達が、加護なし……つまるところ、魔法理論を使わないを信条にしているからな」
「なんでですか?」
「魔力使えないやつが可哀想だからだろ?」
とのことでした。
何事にも理由はあるんですね。
ディーノさんは博識で、私に色んなことを教えてくれました。
もちろん勉強もそうですが、旅をしていた頃の写真と一緒に、その時の事を教えてくれたのは面白かったです。
「これは空を走る蒸気機関車に乗ってた時の写真だな。鳥が窓に入ってくるのはいいんだが、飛行タイプの魔物が襲ってきた時の迎撃は大変でな……」
「あー、この町は重力が十分の一でな。寝る時に体を縛らなきゃならなかったんだ。あんまり寝心地のいい宿じゃなかったが、食べ物をチューチュー吸うのは面白かった」
「予定の船が運行できなくて困っていたところ、ゴーレムのパイロットが『乗ってくかい?』って誘ってきてな……船酔いより酷いぞ」
「綺麗だろ。これはマリスと一緒にマナのカーテンを見に行った時のやつでな……お前がもう少し大きくなったら、一緒に見に行くか?」
そんな夢のような日々の数々を、ディーノさんはそれはもう楽しそうに語ってくれました。
これの面白いところが、それらはきちんと魔法理論に則った代物であるということ。
そういった仕組を理解する為に勉強するのは、プレゼントの包み紙を開くような気持ちです。
その上、ディーノさんは勉強をがんばると、私のことを褒めてくれます。
パパやママも、頭を撫でて褒めてはくれませんでした。
だから、最初は戸惑いましたが、段々とそれが心地よく感じて、いつのまにか勉強をがんばる目的の一つになっていました。
ただ、歴史や技術について学ぶと、叡智の勇者と呼ばれるディーノさんの育ての親、レイナ・ベネディクトゥスさんのことがでてきます。すごく頻繁に。
多分、多分なのですが……レイナ・ベネディクトゥスという女性は、日本人なんだと思います。
数々の魔法理論を確立したり、魔王を倒したさまざまな偉業をしたのはさておき。
機械を連想する発明品を作ったのが彼女だったり、アニメとかの名言の引用っぽいことを言ってるのもさておき。
このジパングという国の建国に関わり、言葉……つまるところ、日本語を布教したのが彼女だって歴史の教科書に書いてあります!
なんなら、宣言してジパングの正確な地理や地図を確立して伊能忠敬したり、訪れた町に文字を布教したり……!
日本かぶれの外国人でもさすがにここまでしませんよ! 他国の言葉を母国語にしようと画策はしたりしないです!
地図の作り方を「伊能忠敬式」って、確実に狙ってます! このエルフ日本人です!!
しかもエルフの寿命って平均五百年なのに、この女だけ千年ぐらい活動している記録と歴史があります!!
どーりでファンタジーにしてもおかしい文化の発展の仕方だと思いましたよ! 実に論理的ですがなんというか、こう……色々と台無しだと思います!
「なんか、嫌なことでもあったか……?」
……うっ、ディーノさんの心配そうな顔まで思い出してしまいました。
せっかくですし、話を戻しましょう。
私が元気になれるような話……そうだ!
私がそんなディーノさんから最初に貰ったのは、家と部屋の鍵です。
昔パパが鍵についてこんな事を言っていました。
「鍵はね、家族の証なんだよ」
パパはそう言って、引越し先の家の鍵を渡してくれたのを覚えています。
だから、私はディーノさんから鍵を受け取った時、家族になれそうな予感がして、胸の中がとても温かくなりました。
あの時のプレゼントが、この世界に来てから一番嬉しい贈り物だったかもしれません。
そんなディーノさんと一緒に私を受け入れてくれたのは、銀髪の三つ編みをしていて、とても優しい笑顔をするマリスさんです。
マリスさんからは、本当に何気ない事を教えて貰いました。
掃除や洗濯の仕方を習ったり、一緒に料理を作ったり……そうそう、一緒にお化粧をしたり、色々な髪型のやり方を教えてもらったりしました!
「は? 三つ編みなら俺もできるが???」
とディーノさんが乱入してきて、マリスさんの三つ編みをどっちがうまくできるのか競った時もありました。
結果はディーノさんの圧勝。
なんで男の人なのにそんなに三つ編みをするのがうまいんでしょうかディーノさん……?
それに、子供との勝負事に手加減をしない大人は、すごく大人げないと思います。
まあ、手を抜く大人の方が、私は嫌だったりしますが。
「ディーノ君、昔はよく私にしてましたからね」
「仕方なく、仕方なくだ」
なんでこんなにイチャイチャしてるのに結婚してないんでしょうか?
家族とは違う愛を選択したパパとママより、よっぽど仲が良いと思うのですが……大人って不思議です。
ああ、さすがにお化粧はお肌に悪いのでダメです! とマリスさんに言われて、すぐ化粧水とかで拭われることになりましたけど。
でも、マリスさんは約束してくれたんです。
「大人になったら、ミレニアちゃんに似合うお化粧品を買いに行きましょうね」
だから私は、それまでここに居ていいんだと、安堵した覚えがあります。
なぜなら、パパとママが「大人になったら独り立ちしなさい」と昔から言っていたので、大人になったら家を出ていかなければならないと思ったからです。
異世界ではそういった常識は無いのは、私にとって救いだと思います。
この優しく暖かな場所で、大人になることができる。
それは、とても幸福なできごとなのだと、私は知っています。
一人で食べるご飯は辛いです。
一人で朝の支度をするのはいやです。
一人で歩くのに耐えられる自信がありません。
一人では、心の底から笑うことなんて、できないんです。
この場所で、ずっと子供でいたい。
……もちろん、いつかは大人になることはわかっています。
でも、でも、私を受け入れてくれる場所は、ここにしか無くて、
『……ミレニア、それはあのドレミダとかから、脅迫されて言わされてるのか?』
違う。
『ミレニアちゃんがどれだけ脅されていても大丈夫です。私達が返り討ちにしちゃいますから!』
私のすべてなんて、受け入れてもらえなかった。
異世界から来たという事実を、二人になら信じてもらえると思っていました。
……言わなければ、あんな事にならなかった?
でも、
「――――でも! 私は! あの二人に嘘をつきたくなかった!」
……ああ、そうだ。
「――――私を、私の全部を! その大きな腕で! 二人に抱きしめて欲しかった!」
私は単純に、またがんばれず、わがままなだけだったんだ。
天翔ける
どうしようもないと決めつけて、問題を先送りにして、手紙を送り付けられていたことさえ言わなかった。
いつも、いつも選択を間違える。
私が異世界の住人だということを、墓まで持っていけば、ずっとあの温もりを味わえていたのに。
私ががまんできなかったから、ディーノさんは死んだ。
私ががまんできなかったから、マリスさんから引きはがされた。
人が大人にならなければならない時期っていうのは、きっとみんな違っていて。
私は人よりも早く大人にならなければならなかったんだ。
それが嫌で、子供でいたかったから、きっと私はがんばれなくて。
神様が天罰を与えるために、ディーノさんの命を奪い、マリスさんを私から引き剥がしたんだ。
全ては、私が招いた害悪だ。
◇
「――――ハロー! 起きる時間だぜェーッ!」
テンションが大きな声が聞こえる。
いつもより震えている気がするけど、私を気遣うように馬鹿騒ぎをしようとする声だ。
でも、その声の主は、もう死んでるはずで。
そうおぼろげに考えていると、光が差し込まれる。
とても眩しくて、思わず顔を手で覆ってしまう。
……ああ、そうでした。私、立っている棺桶に閉じ込められて、それで……それで、どうしたんでしたっけ?
ふと、手の中の違和感に気がつく。
手の中には、少し小さくなった鍵が握られている。
……どうして、鍵が小さくなんてなるんですか?
それに、服も縮んでます。パツパツで胸が苦しいです。こころなしか、少し古くなっているようにも感じます。
「……ミレニア?」
心配そうに覗き込む顔に、私は見覚えがあった。
……ディーノさんだ。ディーノさんがいる! 生きてる!
頭をふっとばされても生きてた! なんで!? すごい!
理屈なんか投げ捨てて、私はディーノさんに腕を伸ばす。
「ディーノさん!」
私から発せられた声なのに、それにはすごい違和感がありました。
まるで、ママの声に似ていて。
ふと気が付く。
私の手とディーノさんの顔と比べると、明らかに私の手が大きくなっていることに。
私の顔が、ディーノさんと近くなっていることに。
まさか、そんな。
私は手鏡を取り出して、自分の顔を見る。
そこには――――ママによく似た大人の女性の姿があった。
「……あ、あ、あああああああああ!!」
違う。ちがうちがうちがう!
こんなのは私じゃない! こんな、こんなすぐ大人になるわけがない! それも、あんな、子供も大切にしない大人の写し鏡だなんて、ありえない!
……ああ、でも、当然なのかもしれない。
私は、がんばらなかったから、まっとうな愛を欲する資格なんてないんだ。
もう私なんかに、誰かに甘えるだなんて、愛されるだなんて理想は潰えて――――
「……ミレニア」
大きくて、温かい腕が私を包む。
ディーノさんだ。ディーノさんが、私を優しく抱きしめてくれている。
「お前は俺の娘だ。だから、安心しろ」
照れくさそうに……でも、真っすぐで優しいその言葉に、私の胸の中が大好きで溢れかえる。
その衝動を、私は抑える術を知らない。
「お父さん――――!」
私のことを娘だと断言してくれたディーノさんに、しがみつく様に抱きしめる。
そのまま私は、嫌な気持ちを吐き出すように泣いた。
◇
俺、ディーノ・ベネディクトゥスは、天翔ける
力強く抱きしめ返すミレニアに、俺は少し困っていた。
胸が大きくなってるから戸惑っているのかって?
単純に腕力で締め上げられ、今にも死にそうだからだよ!!
「お父さん……お父さん……っ!」
いつの間にか甘えるように頬まで摺り寄せている。
感慨深いので離れろとは言えなかった。
……しかしドレミダのやつめ、棺桶の中をマナ濃度10以上にして、この棺桶型の魔道具を使い、ミレニアの成長速度を操作してたな?
しかも、お前らが信仰していた
ふとミレニアの魔力を探ってみれば、成長しただけでは片付けられない程魔力量が上昇している。低燃費という性質はそのままに。
マナをミレニアに取り込ませ、オドへと変換させたのだろう。
ここから考えるに、ドレミダは成長したミレニアを魔法兵器のエネルギーリソースにでもするつもりだったに違いない。
俺が考えられる兵器の数々と、この莫大な魔力で低燃費という恐ろしい成長したミレニアをかけ合わせれば、本当に王様を倒せる……いや、国家転覆すら可能だろう。
「……お父さん、難しい顔をしてますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、俺なら大丈夫だ。何も心配することはない」
心配そうに俺の顔を覗くミレニアの黒髪を、優しく撫でる。
「ふふ……」
嬉しそうに微笑むミレニア。すっかり安心しきっている。
体は大きくなってしまっていても、心はまだ成長には至っていないらしい。
……アイツらの下らない目的の為に、ミレニアがこんな歪な成長をしてしまった。
十歳の少女が一度に五、六年分の時間を成長……いや、彼女の意識的に言えば喪失したのだ。
その分、ミレニアの寿命は縮む。断じて許されることではない。
「……服、パツパツです」
抱きつきながらごねるミレニア。
ああ、マリス程じゃないが胸が大きくなってたし、そりゃきついのは当然だろう。
「帰ったらなんとかしてやる」
「え? 方法があるんですか?」
「あるぞ」
「そんな簡単に!?」
解決方法は簡単だ。似た道具を調整して使えば、ミレニアは元に戻る事ができるだろう。
そう、俺はこの魔道具に似たものを見たことがある。レイナが使う若返り装置だ。
レイナが千年の時を生きているのは、今回のこととは逆のことをして、肉体だけを若返り続けていたからに他ならない。
だから俺はミレニアが成長しているという状況を飲み込むことができた。
知らなかったら、俺はこいつを粗悪な偽者だと疑ってかかっていただろう。
それこそ叡智の勇者であるレイナぐらいしか持ちえない技術だ。昔マリスに使った覚えがあるが、あいつだってこのミレニアか本物だと確信を持てやしないはずだ。
いや本当、どこで手に入れたんだこんなもの。
……今、あの『若返りの棺桶』は領主様が遺産相続をしたはずだ。また貸してもらうようにお願いしなくては。
「じゃあ早く帰りましょう!」
「ああ、だから離れような?」
「いやです」
更に力を強くされる。成長したことにより、怪力が底上げされている!
痛いが……我慢だぁ!
そんなことを考えている時だった。
突如として時間が止まる気配を察知する。範囲はざっとこの教会を起点に半径十キロってところか。
俺はとっさに自分のオドを操作し身を守れた。俺のように空属性が得意な魔術師でもなければ、たちまち時間を停止させられていたことだろう。
だが、まだ魔法に慣れていないミレニアはそうはいかない。
俺を力強く抱きしめたまま、ミレニアの時間が停止する。
今この状況において、ミレニアは俺の拘束具になっていた。
「……お前ってやつは最悪だ! ドレミダ・ミルゲニアァーッ!!」
俺はすぐさま自分の位置情報時間を逆行させる。
ミレニアに抱きしめたまま後退すると、俺が居た場所には丸太のような極太の槍が、豪快な音と共に突き刺さっていた。
やりそうだと思ったよ! 不意打ちはあいつの十八番だからな!!
「動くんじゃない。ミレニア様にあたったらどうする。私は貴様だけを狙ったんだぞ?」
そこにワームホールが出現し、クソッタレなドレミダが現れる。
「お前、ミレニアを兵器のエネルギーリソースにでもする気だったのか?」
「ん?」
俺の質問に、ドレミダは心底わからないと言いたいかのように首を傾げる。
すっとぼけやがって。
「誤魔化しはきかないぜ。低燃費の魔力をこれだけ莫大に増やしたんだ。兵器以外の使い道を教えてほしいもんだね」
俺の推測を話すと、ドレミダは興味深そうにうなづいた。
「ほう、そんなことになっていたのか」
「……はぁ?」
お前、まさかこれ、考えなしでやっていたのか?
調整を間違えれば、ただの化け物になりそうな方法だというのに!?
「いやいや、これは
俺はわかっている。
生物の死は二つ。魂が限界を迎えるか、肉体が限界を迎えるかだ。
大怪我して死んだとかなら、死にたてホヤホヤの魂を捕獲して、その間に肉体を治すなり代用品を用意すれば蘇生は叶う。
麻酔無い頃は、手術中に魂を隔離してたとか普通にやってたらしいしな。
だが、精霊は違う。
彼らの体は、マナと魂が混ざりあって形成されている。
大怪我して死ねば魂も限界を迎え、魂が砕ければ同時に体も砕け散るのだ。
どれだけ魂を操れる人間であっても、魂が瓦解してしまえば家具妖精や職人妖精の素材にするのがせいぜいだ。蘇生は絶対に不可能だと言える。
そんな簡単なことを、こんな世界を塗り替えるような時間停止魔法を使えるようなやつが気が付かないだなんて、絶対にありえない。
……あ、いや、でも一つだけできることがあるな。俺とこいつなら。
「だったらその精霊の時間を逆行させればいいだろう。なぜそうしない?」
「…………」
ドレミダは黙り込んでしまった。
どうせもう試したんだろう。時間操作できるなら、一度は考えることだ。
なのにこんな事をするのは、失敗したからだ。
それが魔法理論が破綻していたのか、そもそも
要するに
……なんかかわいそうになってきちゃったな。さっさと殺すか。
俺より強いやつなんて捕まえられる気なんてしないし、ミレニアや俺にしたことを許す理由はどこにだって無いんだから。
「他に遺言がないなら、もうお前を殺すがよろしいか?」
「――――ほざけ! 天命に沈むがいい!」
別の話題を出したら急に元気になりやがって。
ま、ドレミダからすれば最期の大暴れだ。悔いのないように暴れればいいさ。
できるだけ苦しまないよう殺してやるから。
「御生憎様! 老いぼれの最期を見送る役目があるんでね。神なんぞの元に行くのは、謹んでお断りさせてもらおうか!」
それが、未来ある
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