第12話 涙がちょちょ切れる程に感動してくれよな!!


「落ち着いて! でもできるだけ急いで行動して下さい!」

「こらそこ! 逆走しない! 家財より命です! 火事場泥棒の場合は重罪だぞ!」


 ハロイ町の人々が、道に点在する騎士達の誘導に従い、急いで避難所へと移動している。

 その中で、マリスとミレニアの二人も、手を繋いで離れないようにしながら走っていた。


「こちらの道は混雑しています! 走らずに歩いて避難所に移動して下さい!」

「避難所は安全です! どうか安心して下さい!」


 目的は皆同じ、騎士達が守りを固めている避難所だ。

 町の中にモンスターなどが入り込んできた際、一般人はそこへ避難するよう指導されている。


 本来、マリスのような冒険者は、ディーノのように現場で騎士の手伝いをするのがギルドのルールとして存在するが、保護者であれば子供と一緒に避難することが推奨されていた。

 めったにないことだが、一人で不安になっている子供に悪い大人が目をつけることもあるにはあるからである。


(ミレニアちゃんはしっかりしてるから大丈夫だけど、世の中何が起きるかわからないし)


 などと考えていると、視界の隅にある建物の壁が崩壊し、マリス達の方へと何かが砲弾のように襲いかかる。


「思ってる傍から!」

「ひゃ!?」


 マリスはとっさにミレニアを抱きしめて、すぐさまその何かを避ける。


 何かの姿を見てみれば、マリスもどこかで見たことあるような二メートル以上の巨体を持つ男のようだった。

 そんな男が、殺意を向けてこちらを睨んでいる。


「こっちに暴れてるオーガ族の男がいます!」

「騎士さん達! こっちです」


 その光景を見て、人々は逃げたり騎士達に報告したりと散っていく。

 マリスもそれに乗じて逃げたかったが、その男は明らかにマリス達を睨みつけていたので、ヘタな行動が打てないでいた。


「も、モルゴダさん!?」


 ミレニアは目を丸くしてその男の名前を呼ぶ。

 そう、それは昨日ディーノとマリスへと襲いかかってきた、『天翔ける心姫ハート教団』の神奉仕軍、その一番隊隊長だと自己紹介した、モルゴダ・ラディックというオーガそのものに見えた。


(あれ? ならなぜそれをミレニアちゃんが知っている? 誘拐されていた時に知り合っていた?)


 ふと疑問が浮かぶマリスだったが、今はそれどころではない。

 マリスはミレニアを下ろすと、杖を握り直して彼女の前へと身を乗り出す。


「……ミレニアちゃん、そこを動かないように」


 周りに戦えない一般人が散り、騎士達がこちらへと走り寄っていることを確認すると、マリスは構えを取った。

 それに反応したのか、モルゴダらしきそれはマリスへと襲いかかり、拳を振りかざす。


 マリスはそれを、ミレニアに当たらないよう注意をはらいながら、杖で難なく受け流す。


「おかしいですね。あなたはディーノ君が殺したはずですが」


 モルゴダ・ラディックという男は、ディーノが遺体処理をするレベルで片付けたはずだ。

 だが、事実として目の前に存在しており、マリスにはそれが不可解でならなかった。


 魔術を込めた棒術でモルゴダらしき男を叩きのめすが、マリスは首を傾げる。


「遅いし力も弱い……ハッタリだけの木偶の坊ですか?」


 目の前の顎を飛び膝蹴りで砕くと、モルゴダらしき男の正体が露呈する。

 その顔はボロボロと崩れ落ち、中身は空洞で、わずかに光が灯されているだけだった。


「ああ、蝋人形に死霊を憑依して動かしてると。可動域はスライムですか……よくできてますね」


 光の正体は、人が死に体から離れた後、マナに滞留してしまった魂の欠片だ。

 本来、そんな小さな欠片には人の意識さえ無く、自然と散っていくのが自然だ。


 このレベルの小さな魂が、意図して何かを作り上げ、特定の個人を襲うのは考えられなかった。


「この分だと、死霊術師が操ってる感じですね。モルゴダだと誤認させて、何をしたかったのかまではわかりませんが……ご退場願います」


 指輪を起動し、魔法陣をモルゴダの蝋人形の頭上に発動させると、そこから水の塊が出現する。


 魔術を発動する隙を狙い、マリスへと襲いかかろうとする蝋人形。

 だが、駆けつけて機会を伺っていた騎士達が、身動きを取らせないと言わんばかりに腕と足を槍で串刺しにする。


「――――【涙は燃えて、熱く舞い散る】」


 次の瞬間、水の塊が下に向かって余すこと無く、爆発するように蒸発した。

 その勢いは凄まじいものだった。モルゴダの蝋人形ごと地面をえぐり、メートル単位で局地的爆心地を作り上げてしまう程だった。


 騎士達は詠唱を唱え終わるのと同時に回避したが、自分が突き刺した槍がひしゃげているのを見て、苦笑いをこぼすことしかできないでいる。


 砕け散った蝋人形の傍に近寄り、人形に取り憑いていた魂の確認を行う為、マリスは指輪で魔法陣を展開して辺りを探る。

 だが、今の魔術で砕け散ったのは間違いないことが確認できた。

 大体の霊魂は魔法をぶつければなんとかなるのがオーソドックスだ。今回も例に漏れなかったようだと、マリスは大きな胸を撫で下ろす。


 蝋人形の魂が砕け散ったのを確認すると、マリスはすぐさま騎士達の元へ駆け寄った。


「すいません騎士様方、お怪我はありませんか?」

「いえ、大丈夫です」

「慣れてますので」


 動きを抑えていた騎士達は、タイミングよく離脱した為傷ひとつ負っていない。

 領民の税から作り上げられた施設で鍛え上げられている彼らは、この程度のことで支障が生じることはないのだ。


 ……槍こそマリスが壊してしまったが、それは致し方のない犠牲である。


「しかし、今のに襲われた心当たりは?」

「実は――――」


 すでにディーノが話しているからと、マリスはミレニアや『天翔ける心姫ハート教団』の事情を話すことにした。


「そういうことでしたら、我々が護衛します。他の騎士達にも使い魔を通して連絡しておきますね」

「ありがとうございます!」


 すると、避難所まで彼らが護衛する事になってくれた。

 マリスからすればこれ以上ない話だ。騎士達が護衛してくれるのであれば、『天翔ける心姫ハート教団』なんて目じゃない。並大抵の犯罪者が襲いかかろうとも、簡単に返り討ちにすることだろう。

 例え槍が壊れようと、彼らには腰に携えた剣と鍛え上げた鋼の肉体、卓越した魔術など、そこらの冒険者を凌駕するのだから当然と言える。


 そのことを説明すると、ミレニアも安心した様子を見せた。


 避難所へ向かう最中、ふとミレニアが呟いた。


「……ところで、マリスさんって、実はすごい強いんですか?」

「え?」

「さっきの水蒸気爆発とか使えるなら、ディーノさんを援護しに行ったほうがいいんじゃないでしょうか?」


 水蒸気爆発、という言葉がミレニアの口から出てきて驚くマリス。

 確かに先程使った魔法現象は、その原理を利用したものだったが、まさかそれを看破されるとは思っても居なかったからだ。


 原因はわかっている。彼女に知識を叩き込んだ、ディーノ・ベネディクトゥスその人である。


「私だって冒険者をしてますから、多少は腕が立ちますよ。まあ……ディーノ君程じゃないですけどね」


 マリスが空を見上げれば、天を貫く大樹のようなドラゴンと、ディーノが殴り合っている最中だ。

 ディーノは吹き飛ばされたりなどもしているが、お返しと言わんばかりに殴りつけ、地面に叩きつけている。


「だから大丈夫です。ディーノ君がパパッと片付けてくれますよ」

「はい、わかりました」


 マリスが笑顔でそう言うと、安心したように頷いた。

 そこには、マリスの確かな信頼があったからである。


     ◇


 俺は絶賛大ピンチだった。


「うおおおおお!! マナ濃度レベルが7にまで上がっているぞ! この枝トカゲ、ふざけ過ぎじゃあないのか!? マナ生成生物だとは聞いてないぞ!?」


 現在、標高200mに空気の時間を止めて足場にしている俺は、マナ濃度計を見ながら絶叫する。

 それもそのはず、マナ濃度が高くなればなるほど魔物は集まり、人が住める環境ではなくなるからだ。


 マナ濃度が高くなればなるほど、魔法現象がそこら中で暴発する。

 さらにマナ濃度レベルが10に達してしまえば、マナが生命体にまで影響を与えてしまう。


 この勢いでホワイトトネリコドラゴンがマナを生成していけば、ハロイ町は人々が魔物へと変質し、人外魔境の土地に変わり果ててしまうのは、想像に難くはないだろう。


 そんなことにもなれば、払い師専門職や強い力を持つ精霊に対処してもらう他無い。


 一方のホワイトトネリコドラゴンといえば、頭を地面に叩きつけてやったというのに、枝のような翼をはためかせ、すぐさま俺に襲いかかろうと浮上してきていた。

 もう一度叩きつけてやっても構わないが、町の地面をボコボコにし過ぎるのもはばかれる。


「俺がとっとと町の外に誘導する! お前らは臨機応変に対応よろしくな!」


 一応大声で下の人間に伝えると、俺は足場の為に空気の時間を止めながら、空を駆け抜けていく。


 ホワイトトネリコドラゴンは大量の花粉を口から吐き出すが、指輪から目と口に空気を満たす魔法陣を展開させ、なんとかこらえる。

 本来なら水中戦を考慮した時の魔法陣なんだが、こういう時にも応用できるのが便利だ。


「こんな物を町の上空で出すなよな!」


 花粉だけの時間を止めて、それを手に取りホワイトトネリコドラゴンに叩きつける。

 時の止まった花粉の塊は地面に落ちていったが、まあ騎士団や然るべき奴らが処理してくれることだろう。俺がまとめてやったことを感謝してほしいもんだな!


 ともあれ、これで花粉を出しても対処されるというのは学習したはずだ。

 余程のことがない限り、同じ攻撃を繰り出してくることはないだろう。


 ……何回もしてこられたらこっちが困る。魔力が尽きてチェックメイトされてしまう。

 ホワイトトネリコドラゴンこんな枝トカゲにそんなコトされてみろ。屈辱以外の何ものでもないだろうが!


「さて、このデカブツ、どう調理してくれようか」


 通信用の魔術が詰め込まれている指輪が光っていたので、魔法陣を展開して傍受を試みる。

 だが、マナ濃度が高すぎるのと、地上から200m離れているという条件が重なっている為か、どうも地上とうまく繋がらない。

 かろうじて、騎士達からの通信信号であることがわかるのと、かすかな音声が流れてくるのみ。


『い……ま、…………が……』

「何がなんだって!?」


 ご覧の通りだ。


 だが、俺の位置からして、繋がりにくいことはわかっているはずだ。あちらも無意味なことをするとは到底思えない。

 となると、何らかの合図だと思った方がいいだろう。


 ホワイトトネリコドラゴンに注意を引き付けながら、周辺に注意を向ける。

 すると、町の外にある山に、弓を携える騎士達の姿が見えた。


 距離おおよそ三キロってところか。

 通信の内容は、弓矢の雨を降らすから、ホワイトトネリコドラゴンこの枝トカゲを街の外に誘導して、足止めをしろってことか。


 よし、やって欲しいことはだいたい予測できた。後は実行するだけだ。

 俺は時の止まった空気の上で踵を返すと、ホワイトトネリコドラゴンの方へと逆走しだした。

 

 向こうもただで食らうまいと、翼から枝が触手のように伸びて、俺を貫こうと襲いかかる。


 その数は数えるのも億劫になる程だ。

 圧倒的物量で俺を仕留めようという算段だろう。


 だが俺は、それを躱し、時に枝を利用して走り抜ける。

 いちいち見ている暇はない。全て俺の反射神経と勘で判断し、考える行程をすっ飛ばして回避する。


 致命傷以外は大して気にしなくて良い。

 多少のすり切りが出来る程度の攻撃、痛いだけで済む話だ。


 そうしてホワイトトネリコドラゴンの懐まで潜り込む。

 後は簡単だ。俺の全身全霊の蹴りを叩きつけるだけだ。


 ゴキャッ、とひしゃげてしまった音を響かせながら、町の外へと叩き落される。


 それでも流石はドラゴンだと褒め称えるべきか、聞いていて不安になりそうな音をひねり出しながら起き上がろうとしている。

 流石はドラゴンと言うべきか、はたまた植物の為せる技なのか、再生している音のようだった。


 だが、その隙が命取りだ。


 騎士達が一斉に矢を山なりに射出する。

 そこから生み出されるのは、矢の雨あられ。


 キロ単位の距離を飛行して降り注ぐそれらは、例えドラゴンであろうともひとたまりもない。


 ……いや、矢というか槍だな。あの大きさ。


 そんな六十七本の矢が降り注ぎ、ホワイトトネリコドラゴンの体に突き刺さっていく。


「■■■■■■――――ッ!?」


 悲鳴を上げるホワイトトネリコドラゴンだが、もう遅い。

 それは俺の範囲内だ。


「【時よ、逆行しろ】」


 魔術で矢達の時間だけを逆行させて矢を引き抜き、再び時間を正常に戻して突き立てる。

 もちろん、威力は変わらぬように。


「【時よ、逆行しろ】」


 それを、


「【時よ、逆行しろ】」


 泣き叫ぼうが、


「【時よ、逆行しろ】」


 悶え苦しもうが、


「【時よ、逆行しろ】」


 何度だって繰り返す。


 悪いから、憎いからやるわけじゃない。

 ただ単純に、最も簡単にこの命を刈り取るための最適解なだけだ。


「……ハハ、アーハハハハハハハハ! どうだ!? この再上演リプレイは? 涙がちょちょ切れる程に感動してくれよな!!」


 途中からは騎士達から何度かおかわりも届いたものだから、ホワイトトネリコドラゴンの体はズタズタだ。

 ひき肉の一歩手前になっても、その体は傷を塞ごうと矢を巻き込んで再生しだす。


「【時よ、逆行しろ】」


 だがそんなことは許さない。

 ここで確実に仕留めるために矢を取り上げて、再生しようとした所に再び矢を叩き込む。


 お前の元気、ここで消えろ。

 さすがに俺も限界になってきたので、さっさとトドメを刺すとしよう。


「【蒼き空は失墜する】」


 空に存在する大気、それらの時間を止めて、この手に取る。

 俺の筋肉でも支えるのに精一杯のそれをなんとか掴みながら、ホワイトトネリコドラゴンの脳天へとダイブする。


「……冥土の土産だ。空の味を知るといい」


 空という特大の質量を叩きつける。

 抵抗しようとするホワイトトネリコドラゴンだったが、騎士達から矢の追撃も入り、ただただそれを受け止めることしかできない。


 そうして、傷だらけになったホワイトトネリコドラゴンは、空に押しつぶされて絶命した。


「これにて! 八千万ゼニーは! 俺の物だァーッ!」


 俺は大気にかけていた魔術を解除し、勝利の雄叫びを上げながら万歳する。


 だが、俺はそのまま重力に導かれ――――


「あっ」


 あっという間に、真下にあるホワイトトネリコドラゴンの肉塊へと沈んでしまい、力尽きた俺は騎士達に救助されることになった。


 ……もうちょっと、まともに締めたかった。


 ――――まったく、生きてるのに贅沢ですねぇ。一体誰に似たんだか。


 お前だよお前。

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