第8話 ミレニア様について話がある
日が今にも傾いてしまいそうな頃、ハロイ町を一人駆け抜ける。
ギルドに寄って確認したところ、特に異常があったとの知らせは無いようだ。マリスはそのままギルドに残り、襲撃されたことを報告してくれている。
ミレニアを見ているのが『百目』のグロリィが居るならば大丈夫だろうが、万が一ということもある。
俺は急いで新米冒険者達を監督している、グロリィの元へと急いだ。
今回ミレニア含む新米冒険者達は、農家で採れた野菜を、農家が契約しているハロイ町内の顧客の元へ運ぶという、まあなんともありきたりな依頼だ。
必死こいて探していると、グロリィは畑の近くにある、倉庫の屋根に登っていたのを見つけた。
俺が倉庫に近づくと、グロリィが屋根から降りてくる。
「おや、どうかしたかね」
「いや、その……ミレニアの調子が気になりまして」
彼が平然としているなら、今この場は緊急というわけでもない。そして何より俺を遥かに上回る年長者だ。それならこの場この時に敬語を使うのは、至極当然のことだった。
「彼女だったら、最後の配達を終えて戻ってきているところだ」
グロリィが自身の赤く光る瞳を指差す。
彼の魔眼は、遠くからでも百の人間を見ることができると言われている。故に名付けられた二つ名が『百目』だ。
本人は「遠近感があるんで、『ニ百目』の方が正しいと思います」とか前に言っていたが、こういうのはわかりやすさが大事なんだと説き伏せた。
そんな彼がミレニアの無事を確認している。
俺は安心して、ホッと胸をなでおろした。
「全く、心配性なお父さんだな」
「……まあ、そうですね」
俺ははにかんで誤魔化した。
お父さん。
そう呼ばれるのに、少し戸惑いがあったからだ。
確かに養子として迎えたので、戸籍上彼女は俺の娘ということになる。であれば、俺が父親なのは当然だろう。
だがミレニアからは名前呼びだし、俺も娘と呼んだことはない。
新しい家族という自覚がある。だが、真っ当に親子をできているかと聞かれると、自分でも首を傾げてしまう。
「そら」
グロリィが親指で視線を誘導した先には、一〇〇メートル先にある農園の出入り口から、他の同年代の冒険者と楽しそうに荷車を押しているミレニアの姿があった。
……男の子も居るのにアイツが押してるのか。いじめられてないよな?
「ちなみに、彼女が一番力があるから押してるだけだ。適材適所というやつだな。君が心配するところはなにもない」
「……納得した」
ミレニアの身体能力が高いことは聞き及んでいたが、そこまでだとは思わなかった。
ならあの笑顔は、屈託のない笑みと言うやつなのだろう。
俺はそれを、写真に一枚収めた。
「あっ!」
ミレニアが俺に気づいて手を振る。
俺も手を振って返した。
「いい笑みをするようになった」
「……ええ、俺と会った頃が嘘のようだ」
「君の話だよ。ディーノ」
「俺?」
思わずグロリィの顔を見る。
言った本人は、至極当然のことを言った様子だ。皮肉の類ではないのだろう。
「八年前は、随分と辛気臭い顔をしていたな」
「八年前を、ついこの間のように言われましても……」
流石というべきか、長生きするエルフの価値観は、平均寿命が六十年の俺達とは視野が違う。
「マリスと一緒のPTになってからだったか? お前がそんなふうに笑うようになったのは」
「それだって二年前の話ですよ」
「出会いは人を変える。良い出会いをしているな」
「それはどうもありがとうございます」
俺は頭を下げて、来た道を戻ろうとする。
「もう行くのか? そろそろこちらも終わるし、一緒に帰ればいいじゃないか」
「ギルドで会うって約束してるので」
「そうか。それは無粋な真似をしたな」
グロリィが納得すると、俺はギルドへと急いで戻った。
◇
ギルドに戻ると、ギルドに呼ばれた兵達から聴取を受けた。俺は正直に全てを洗いざらい話すと、聴取はものの数分で終わった。
ったく、顔見知りでもえげつない質問をしてきた。それだけ誰にでも公平に働く兵士だと、ここは称賛しておくとしよう。
さて、マリスと合流するか。
ロビーにまで足を運ぶと、ベンチに座っているマリスを見つけた。
向こうもこちらに気がついたようで、にこやかな笑みを浮かべて手を振って来た。
「マリス、あの魔物の金は出そうか?」
「賊討伐の報酬、という形になりそうですね。総合的にかなり高額になってます」
俺に書類を渡してくる。
今回の報酬額は……ほうほう、思ってたより高いな。
「ハハハハハ! ボロ儲けてしまったなァ!」
「まあ『私とディーノ君でなんとか撃退した』と報告したので、その分上乗せされてるかもしれません」
「信用は金になるとはまさにこのことだな……今まで誠実な働きをしてきて、本当に良かったと思っている」
「汚いお金に手を出しませんもんね」
「汚い金は使い道がないからな」
犯罪で手に入れた金なんざ、表が歩きにくくなるし、それを使えるように人を使うのに苦労する。
そんな苦労を背負い込むぐらいなら、真面目に働いたほうが簡単に稼げるってもんだ。
何しろ、ルールを守った上で稼いだ金は、後ろ髪を引かれることなく利用可能だからな!
「ミレニアちゃんには教えておきますか?」
「ああ、今回の天翔ける
「……そう、ですよね」
落ち込むように目を伏せるマリス。
……マリスが言いたいことはわからんでもない。
アイツがウキウキで帰ってきたところに、突然そんな話をされたら、テンションがだだ下がりだろう。
だが、これはアイツに関係あることで、ならば知るべきことだ。
俺にできることは、そう多くない。多くないが……、
「まあ、夕飯食った後でもいいだろ。それまではアイツの報告でも聞こうじゃないか」
……これぐらいは配慮してやるとしよう。
そんな俺を、マリスは得意げな笑みを浮かべて俺に微笑んだ。
「そうですね。そうしましょうか」
何やら納得したようにそんなことを言うと、遠慮無く俺の肩に頭を預けてくる。
「……何だ?」
「なんでもありませんよ。ただこうしたくなっただけです」
「そうかい」
まったく、うちには甘えん坊が二人もいるから困ったもんだ。お前は大人なんだから、人目ぐらいはばかれよな。
……なんてことを思ったが、そんなことを言うのも無粋なので、そのまんまにしておく。
――――仲がよろしいこって。
茶化すなイマジナリーレイナ。
そんなこんなしていると、ミレニアがギルドの玄関から入って来た。
それを確認したマリスが、ピンと背筋を伸ばして姿勢を正す。
……まったく、ミレニアに見せたくないなら、最初からこんな所でやるなよな。
当のミレニアというと、他の同年代の冒険者達と、何やら楽しそうにしている。
俺達に気がついたようで、小さく手を振るミレニア。
俺とマリスは、軽く手を振って挨拶し返してやった。
その後何やら真面目な空気になると、グロリィが話しだす。新米冒険者の指導的に、今日のまとめやおさらいなどをしているのだろう。
何割かは退屈そうに聞いているが、ミレニアは真剣にメモなどを取っていた。
……時折こちらを見て来るのは、俺達に見られるのが恥ずかしいからか? まあ子供なんてそんなものか。次回からは、お出迎えなしでも検討するとしよう。
しかしまあ、こうして見ると、最初に出会った頃が嘘のようだ。
「……ミレニア、大分柔らかく笑うようになったな」
ポツリ、と何気なくつぶやく。
「ええ、気の合う同年代の友人というのは、良くも悪くも影響が大きいですから」
「お前のお陰だな。マリス」
「え?」
俺が当然のことを言うと、マリスは不思議そうな表情を浮かべ、何のことかわからなそうに首を傾げる。
「お前が提案しなければ、こうはならなかった。ありがとう」
当初、俺は頭が固く反対しかしていなかったのに対し、マリスは情報を集めて、妥協点を見つけてきた。
……こういうのは、引き取ると提案した俺がやらなければならないことだったのに。
自分の考えを変えず、アイツのやりたいことにダメ出ししていたら、今頃ミレニアはこんなに楽しそうな顔をしていなかったはずだ。
それを変えてくれたのはマリス。俺がお礼を言うのは当然だった。
「いえ、当たり前のことですから」
「それでもだ」
「はいはい」
聞き飽きたと言わんばかりにマリスは返事を投げやりに返す。だが、機嫌が良さそうな笑みを浮かべていたので、不快だったわけではなかったのだろう。
それならいいかとミレニアに目を向けると、どうやら話が終わったらしくこちらに走り寄ってくるところだった。
「お疲れ様ですミレニアちゃん」
「お仕事ご苦労様だったな。友達と帰らなくていいのか?」
「はい、ディーノさんとマリスさんと帰る約束をしていましたから」
お前にだって人付き合いがあるだろうに、俺が軽く提案しただけの約束を、そんな律儀に守らなくても良いだろうに。
……だが、まあいい。こいつの選択を尊重するとしよう。
「そうか」
上機嫌になった俺は、ベンチから立ち上がり手を差し出す。
「……すいません。皆に見られるのが恥ずかしいので、手を繋ぎたくないです」
一瞬、頭が真っ白になる。
「マリス! ミレニアにもう反抗期が来たぞ!?」
「ディーノ君、至極当然の意見だと思います」
帰りは手を繋がず、三人で並んで帰った。
◇
「それでそれで、追加依頼を受注したギーラ君が、風の魔術で水を畑に撒いたんです! 発想の柔軟性に感心しました! 水を使うなら水の魔術って思っていたので、別の属性の魔術を使うって発想が私には無かったんです!」
リビングのソファでくつろいでいた俺は、言葉の雨あられを雨合羽もなしにぶつけられていた。発言者はもちろんミレニアその人である。
最初のうちは楽しそうで良かったんだが、白熱してくると早口になってきて、相槌を打つのも少し億劫になってきた。
「そうか」
「……真面目に聞いてますかディーノさん?」
今の話に相槌以外どう返せばよかったというのだ。
「聞いている。だが、基本的な戦術だ。水の魔術は水のマナでガードするもんだが、お前の友達の攻撃を水のマナでガードしても、水のマナじゃ防ぎようがないからな」
仕方がないので、俺の所感を話すことにする。
「ディーノさん、今戦いの話をしていないんですけど……」
白けたというか、何やら困った様子で進言してくるミレニア。
発言に容赦がなくなってきたな。まるで
「悪い。話の流れを理解していない俺が悪かった」
とはいえ、ミレニアの要望を汲み取ってやれない俺も悪いし、ここは素直に謝罪しておく。
「構いません。いざという実践の参考にはなるので」
こういうところはマリスより人ができている気がする。
「ディーノ君、さっきからなにか失礼なことを考えてませんか?」
キッチンから料理を運んでくるマリス。お前そういうの、本当どうやってわかるの?
「おっと、思考は各人に与えられた自由だぞ。それに、今の俺の思考に伴う行動は、お前が不機嫌になるようなことは一切していないじゃないか」
マリスと入れ替わるようにキッチンに入り、盛り合わせてある皿を三つ手に取る。
「否定はしないんですね……あっ、それはまだ盛り付ける料理があるので運ばなくて結構です」
「おっと、すまん」
指摘され、皿を元あった場所に戻す。
それなら、ウォーターポットとコップでも運ぶか。
そう思った矢先、玄関に備え付けられたベルが鳴った。
「私が出ます」
「子供が出るなと言ってるだろう」
出ようとしたミレニアをすぐさま手で制す。
俺達の手伝いをしようとしてくれるのはありがたいが、玄関にやってきたやつが犯罪者だったらどうするんだ。
この国は治安が良い方だから、そんな心配も普段は少ないが……今日は襲撃にあったばかりだ。心配が加速する。
「俺が出る。お前はマリスを手伝ってやってくれ」
「わかりました」
ウォーターポットとコップをミレニアに私、俺は一人玄関へと向かう。
殺気は感じないので、覗き口を見る。 普通のシャツを着ている、白髪の老けた男だ。
年寄りには見えるが、背筋はしっかりまっすぐに伸びている。少し足を動かしただけで、それなりの武人だとわかった。
この辺りの人間じゃない。居留守を使うか?
……他の町を拠点としている冒険者が、調査の為に話をしに来ている可能性もある。見た目も温和そうだ。居留守を使って何度も来られても困るし、話を聞くだけでも聞いて帰ってもらおう。
そう思い、俺は扉を開けると、老人は朗らかな笑みで俺に話しかけてきた。
「こんばんは。夜分遅くに申し訳ない。天翔ける
今日襲ってきたやつの仲間が来やがった。
わかってたなら扉なんて開けずに、すぐさま兵士やら騎士を呼んでいたというのに……!
「私は、ドレミダ・ミルゲニ――――」
「宗教勧誘とか結構です。帰りなッ!」
すぐさま扉を閉じようとするが、ドレミダは足を扉に引っ掛けて閉めさせまいと妨害に出てくる。
こ、この糞爺……ッ! しかも名前からして、手紙の送り主! 天翔ける
「宗教勧誘の話ではありません。少し、お話を」
「ノーセンキュー! お前が俺の敷地に入ってくることを許可しない! すぐさまその足を退けな!」
「ミレニア様について話がある」
「知るか! 失せろ殺人教唆!」
「彼らは私の命令によるものではない。しかし、それについても謝罪させていただきたい。私の集会のメンバーが、独断で君達に迷惑をかけたことを、心より申し訳なく……」
「テメェの何から何まで気に食わねェーッ!」
推定無罪だがどうする? この手の輩は、足を蹴られた程度で訴えてくるようなやつだ。俺が凄んだところで、ドレミダは至って平静。自分の気迫の無さが嫌になってくる。
「ゆっくりと話がしたい。私がしたいのは忠告だ。このままでは君は、また襲われてしまうかもしれない」
言葉どおりに受け取れば、自分はいかにも親切で来てやっているとアピールしているように思える。
だがこれは、頭が痛くなる程わかりやすい脅しだ。話をしなければ、また襲うとこいつは言っているに違いない。
もしかしたら、俺が気がついていないだけで、既に配置し終えている、なってこともありえる。
「外には漏らしたくない。この家で、ゆっくりと話がしたい」
こいつの話に乗るのは、実に癪だが……言論バトルには多少自信がある。
とっととお帰り願うとしよう。
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