最終話 拾って育てている世界で一番かわいい愛娘が俺達に何かを隠している


 いかにも貴族が済んでいることを誇示しているような、豪華絢爛で大きな屋敷。

 そんな金の匂いが充満する建物――――その書斎にて、俺は領主様と対峙していた。


「その後に起きた出来事は簡単。信者共を金で雇った冒険者で囲み、得物を手に取りぶん殴る。実にシンプルで簡単なやり方でしょう?」


 テーブルの向かい側で座っている領主様に対し、俺は事の顛末を説明し終える。


「……我が弟ながら、よく死なないものと感心するわ。山脈を砕いて直すだとか、とうとうあなた達も人間やめてきたわね」


 レイナと似た顔立ちのエルフ。だがその髪は金色。その抜群なスタイルを赤いドレス包んでいる。

 つまるところ、ハロイ町……ひいてはベネディクトゥス領を収める領主様、エレナ・ベネディクトゥス。齢289歳だ。

 そんな年齢だと言うのに、エルフという種族は若々しいのだから凄まじい。


「それはそうですともエレナ様。何分私めは、母上にビシバシと鍛えられて――――」

「かたっ苦しい口調はもういいわ。此処から先は領主と領民ではなく、姉と弟で話しをしましょう」

「あいよ姉さん」


 レイナ・ベネディクトゥスの血の繋がった子供達はかつての戦争でその大半を失ったが、数名は今も生きている。

 その何名かは国のお偉い地位についており、羨ましい限りだ。


 まあ俺は政務とか苦手だから、自分のペースでやれる冒険者のほうが性に合っているんだが。


「それで? 十三施錠の拘禁器こうきんきは?」

「もちろん」


 懐から十三施錠の拘禁器こうきんきを取り出して見せる。

 というか、ドレミダ達の聖堂を見つける為に、こいつの時間を操作して後を追ったとかしていた。位置情報の時間逆行を加速させてたからか、見事に気が付かれなかったな。


「手放したそうだけど、あなたがこれからも管理するの? その邪神の入った箱」


 邪神……まあマグマ操って大地広げるのは邪神か。戦争の火種としては十分すぎる魔物だ。


「ああ、俺が持つことを許された、唯一の形見だからな」

「あなたがいいならいいのだけど……ご家族ができたんでしょう? 持ってたら家族にも危険が及ぶんじゃないかしら?」

「姉さんだと悪用しそうで怖いなぁ。夜も眠れなくなりそうだ」

「あら、人のことを何だと思ってるのかしら?」

「赤ちゃん」

「一般性癖よ」


 ギロリとエレナ睨まれる。おお、怖い怖い!


 紅茶を飲んで落ち着き、エレナは落ち着いた口調で話を再開し始める。


「今の報告を聞いて、あなたが私にして欲しいことはわかったわ。お母様の『若返りの棺桶』を、また貸して欲しいというわけね」

「ああ、頼めるか?」

「ええ、いいわよ」


 口元が歪むエレナ。

 ……ああ、これはまた無茶振りしてくる顔だ。


「その代償はわかっていて来たのよね?」

「ああ、もちろんだとも」


 俺が即答すると、エレナは何やら呆れたような、それでいて感慨深いように遠くを見始めた。


「……まさか自己犠牲をしてまで大切にしようとする人が、アナタに二人もできるとは思わなかったわ」

「親が子のために体を張るのは当然のことだろう?」

「……お母様に似てきて何よりだわ。では、始めましょうか」


 そう言うと、エレナは机の引き出しからいつもの物を取り出す。

 そう、粉ミルクと哺乳瓶、そしてガラガラのおもちゃである。


 口におしゃぶりをつけると、レイナはソファにゴロンと転がった。


「――――赤ちゃんランド開幕よ!! バブー!!」


 ……いつ直視しても辛いものだな。

 戸籍上の姉から性癖に付き合えと、目を輝かせながら赤ちゃんプレイを要求されるのは。


 いや、だがこれもミレニアを救う為の代償だ。

 俺の尊厳の一つや二つ、どうだっていい……やってやるさ!


 俺は心を無にすると、優しい笑みを作ってソファに腰掛ける。


「おー、よしよし」

「ばぶぅ……」


 俺が背中を擦りガラガラを鳴らしてやると、エレナは安らぐように目を閉じた。

 さて、ミルクを作って温めてやらないとな……。


 そう考えていた所、俺の五感が接近する何者かを察知する。

 というか、これはあれだな。誰か余裕でわかる。


「――――浮気はダメです!!」


 鍵のかかったドアを蹴破り、推定十五歳ボディのミレニアが部屋に突入してきた。

 息は絶え絶えで、その顔はなにか地雷でも踏んでしまったかのようだ。


 あんまり見られたくない所を見られてしまったな……というか、風魔術でもして、盗聴とかしてたのかその顔?

 マリスと一緒に待機させてるはずだが……振り切ったんだろうな。

 子供ボディの時点でミレニアを翻弄させる身体能力の持ち主だ。それぐらいは簡単だろう。


「何をやってるんですかあなた? ディーノさんは私のお父さんですよ!? 私だってまだしてもらってないのに……羨ましい!!」

「おいミレニア?」

「バブゥ!? 私のパパでチュが何か文句でもあるかちら?」

「張り合うなエレナ。お前いい大人だろうが!!」

「今は赤ちゃんでちゅ」


 ダメだ。混沌としてきたな……。


 俺がそう思考を放棄し始めた時だった。


「ミレニアちゃん?」


 扉の前で、マリスが佇んでいた。

 笑みを浮かべて入るものの、怒っているのは明確だ。


 それを感じ取ったのか、ミレニアが


「お、お母さん」

「ダメですよ。お父さんは今、お仕事中です」


 結婚していないんだが、何やら俺とマリスはミレニアの父と母になってしまっている。

 いや、こう有耶無耶なのは、俺的には不本意と言うか……。


「で、でも」

「ちゃんと説明しますから、私が怒らないうちに部屋に戻りましょうね?」

「はい……」


 抵抗むなしく、ミレニアはトボトボと歩いてマリスの元へ戻っていく。

 それを確認したマリスは、俺の膝の上で赤ちゃんになっているエレナに目を向けた。


「それとエレナ様」

「ええ、何かしら?」


 背筋をピンと伸ばし話を聞くエレナ。


「おむつの履き替えは無しという話、覚えてますよね?」

「……ええ、もちろん覚えているわ」

「ありがとうございます。娘が失礼しました」

「え?」


 ミレニアがマリスを連れて立ち去ろうとすると、エレナの顔が青ざめる。

 え? 何? 何その反応?


「待って! 待ってマリスママ!」

「辞めて下さい。夫と娘の前で……もう娘じゃないでしょう?」


 待って? エレナお前ってばマリスにも赤ちゃんプレイ要求したの? いつの間に!?


「い、いくら? いくら払えばいいの!?」

「あの時は私の罪による罰でした。ですがそれを終えた私は、もうあなたのママになる必要はないので……」


 確かに昔ミレニアがやんちゃして、俺が減刑を求めた時があったが!

 その時にお前は、マリスの罰として赤ちゃんプレイ要求したのか!? 公私混同し過ぎじゃないか!?


「今は、ミレニアちゃんのお母さんをしてるんです。本当の家族です」


 その言葉にミレニアは嬉しそうに笑みを浮かべ、


「ねッ、寝取られ……!」

「はい、一緒のベッドで寝ました!」

「がはぁ……!」


 ミレニアの無垢な追撃により、今にも口から魂を吐き出しそうなエレナ。

 おいばかやめろ。お前死んだら『若返りの棺桶』を借りれないだろ!!


 こうなれば仕方がない……!


 ばっ、とエレナに腕を広げる俺。

 それを見たエレナは、目を輝かせた。


「ばぶばぶ……なぐちゃめてパパ……」

「おー、よしよし」


 目論見は成功し、エレナは俺の膝の上で泣き崩れた。

 よし、なんとかなった……!


「見えますかミレニアちゃん。ディーノ君のあの顔を」

「はい。私やお母さんの接し方とはまるで違います……つまり、私の早とちりですか?」

「ええ、エルフは親離れするのが非常に遅いんです。ですが、そういった時期に保護者が亡くなってしまうと、こうして知り合いに親役を頼むということが多いんです」


 部屋から去り、小声でミレニアに解説するマリス。


 いつ聞いてもひどい生態だよな……まあレイナはそんなこと無かったが。


 ――――まあ千年生きてて、魂が枯れたといいますかなんといいますか……。


 昔はしてたとか考えたくないな……。


「だからあやしてもらうことはよくあることなんですよ。ですので、浮気にはならないんです。いいお勉強になりましたね」

「ごめんなさい。私、お父さんのお仕事のことをよくわかってませんでした……私はあの人と比べると、ちゃんと愛されてました」

「わかればいいんですよミレニアちゃん。よしよし」


 おいバカやめろ。もっと聞こえないようにもうちょっと工夫しろ。

 ベネディクトゥス家は、血が通ってる通ってない関係なく地獄耳なんだぞ!!


「赤゛ぢゃ゛ん゛に゛な゛り゛だい゛……!」


 ほらもう面倒くさくなった!


 ――――ぐわああ! 私に肉体があれば、お母さんをしてあげられるのに……!


 どこかでレイナが嘆いているような声が聞こえた気がした。

 でもその嘆き方はどうなんだ?


     ◇


 なんとかエレナをあやし終えると、俺はミレニアに『若返りの棺桶』を使う準備をした後、マリスとミレニアを案内する。


 そこは石造りでできた地下室。古式な魔術式が壁の至るところに刻まれている儀式場である。

 その中央には、聖堂にあったのと似たような棺桶を用意していた。


 ……というか、多分こっちがオリジナルだ。

 レイナ渾身の発明品だと豪語してたからな……どこからか情報が漏れたんだろう。再現したやつもすごいっちゃすごいんだが、その才能は犯罪以外で活用して欲しいもんだ。


「……この中に入れば、本当に元に戻れるんですか?」


 不安そうな声で聞くミレニア。

 それも当然だ。元凶の棺桶と似たものにまた入れと言われたら、そりゃ怯えもするだろう。


「ああ、もちろん」

「大丈夫ですよミレニアちゃん。この魔道具が信頼できる品であることは、私が身を持って知っています」


 マリスの発言に、ミレニアは目を丸くして驚いた。


「……お母さん、使ったことがあるんですか?」

「ええ、私もちょっと、ミレニアちゃんと似たような目にあいましてね」

「そうだったんですか……」


 マリスの返答を聞いて、何やら考え込むミレニア。

 俺達の顔を見ると、


「……私、自分がわかってほしいって気持ちばっかりで、お二人のことを知ろうとしてませんでした」


 ……そうかもしれん。

 俺もミレニアの事を理解しようとはしていたが、自分達のことをわかってもらう努力はしてこなかった。


「なんだ? 俺とマリスの昔話を知りたいのか?」

「はい! もっともっと、いっぱい知りたいです!」


 目を輝かせるミレニアだが、俺達の過去は世間一般の常識と比べると、どうもダークに感じる。

 そんな事を話しても、ミレニアが理解できるかどうかはわからない。


「でも、ミレニアちゃんにはまだ早くて、理解できそうにないこともあると思いますよ?」

「なに、最初はそんなもんだ」


 でも、それでもいいんじゃないかと思う。

 口にして理解して貰おうとするのが大事なのではないか。


 そう、自分は異世界からやってきたと話した、ミレニアのように。


「俺達にはまだまだこれからがある。話してもわからないこともあるだろうが、一歩一歩相手の考えに寄り添えばいいんだよ」


 正直、俺達はその話を信じ切ったわけじゃない。

 だが、ミレニアがそういう認識であるということだけは理解したつもりだ。


 今その全てを受け入れることは難しいだろう。


 だがそれは、あくまで今の話だ。

 ゆっくりとすり合わせていけば、ミレニアが自分は間違っていたと思い始めるかもしれないし、俺達がミレニアの言っていたことが真実だと信じ始めるかもしれない。


 自分の言い分が正しいと強行に出るのは、ドレミダを見れば愚策だとわかる。

 そういう意味では、あいつはいい反面教師になった……それ以外は許すつもりもないが。


 ミレニアが戻れるからと言ってその蛮行を許せるわけがない。

 俺が蘇生できたからって、殺しにかかったことを許すのは違う話だ。


「……じゃあ、この治療が終わったら、まず初めに二人の馴れ初めを教えて下さい!」

「「うーん……」」


 至って無邪気に提案するミレニアに、俺達は唸った。

 いや、あの時の俺達って、あんまり人様に言えないことをやってたもんだからな……。


「そこはYESじゃないんですか!?」

「わかったわかった。ちゃんと教える」

「約束ですからね!」

「ああ!」


 後でマリスと相談して、バレない嘘をつくことにしよう。

 いくらなんでも、情報全ブッパすればいいってもんじゃないからな! うん!


 ミレニアの不安も晴れてきた。そろそろ棺桶に入ってもいいだろう。

 元の年齢に戻った時用の服も用意してある。棺桶の調整だってした。準備は万全と言える。


 だが、ミレニアはまだ気になることがあるようで、棺桶の蓋に触れて佇んでいた。


「……それと、ですね」

「ん?」

「どうしたんですか? ミレニアちゃん」


 ミレニアから話し出すのを待っていた俺達は、優しく問いかける。


「……実は私、隠してたことがあったんです」

「異世界人って話か?」

「いえ、それはその、私も時間をかけて理解してもらおうと思うんですが、そうじゃなくてですね」


 拾って育てている世界で一番かわいい愛娘が俺達に何かを隠している。


 ……いや、これ以上何があると?


 ミレニアは真面目な顔を作ろうとしているのだろう、だが恥じらいと浮かび上がる笑みのせいで、ただの可愛らしい生命体になってしまっている。

 それでもミレニアは、意を決し勢いをつけて口を開いた。


「私――――お二人のことが大好きです!」


 花が咲いたような、満面の笑みを浮かべるミレニア。

 それを真正面から受け止めた俺達は、隣に立っている二人で顔を見合わせる。


 ……どうやら、言いたいことは一緒らしい。


「「知ってた」」

「え!?」


 俺達の答えに驚くミレニアだが、本当に隠せるとでも思ったんだろうかこいつは。


「実はバレてるかもしれないが、俺もミレニアのことが大好きなんだ」

「私もミレニアちゃんのことが、大大大好きです!」

「おい、大を付け足すのずるいぞ」

「付け足さない方が悪いんですよディーノ君」


 俺達のやり取りに、クスクスと笑うミレニア。


「……はい、私も知ってました!」


 俺達も隠せていなかったらしい。


「それじゃあ、いってきます」

「ああ、見守ってるからな」

「がんばってくださいね、ミレニアちゃん」

「はい!」


 不安が全て消えたミレニアは、『若返りの棺桶』の中に入っていくのを二人で見届けると、俺は操作をし始めた。

 そんなことをしながら、ふと考える。


 今夜の飯当番は俺なわけだが、ミレニアに何を振る舞ってやろうかな、と。


 ――――完。

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拾って育てている世界で一番かわいい愛娘が俺達に何かを隠している 月崎海舟 @OREHAseries

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