第6話 初めてのお仕事、くれぐれも気をつけてくださいね

「で、検査した結果、魔力の質がとても良かったと」


 俺はキッチンで夕飯の用意をしながら、マリスに今日あったことを報告していた。

 マリスはリビングのソファに寝転んでいたが、読んでいた雑誌を脇に置き、体を起こして真面目に聞き出している。


 換気扇やらなんやらで聞きにくいんじゃないかって? 風魔術を使えばそこらへんの問題は解決するので問題ない。


「そういうことだ。なんでも、千年に一人の逸材レベルらしいぜ?」

「……ミレニアちゃん、一躍時の人になって、大変なことになったりしませんか?」

「吟遊詩人やら新聞記者か? 今の御時世、未成年のガキの情報広めたら、それこそそいつは終わるだろうよ」

「そこまでは心配してませんが……この町、ハロイタウン内では、噂になったりしますよね?」

「……そこはもう、ギルド職員達を信用する他無いな」


 仮に噂になったら、ミレニアの冒険者活動を止めるべきだろうか? もちろん止めるべきだ。迷う必要性はどこにもない。

 下手にこんな情報が漏れ出たら、ミレニアを攫おうとするやつが出てきてもおかしくない。


 だがそれはいつまで?  俺達が死んだ後はどうする?


 杞憂ならそれでいいが、一応の備えはしてやるべきだ。


「……万が一を考えると、ゲスな考えを持つ者たちが手を出せないくらい強くするか、エルフの養子にでもしちまった方が安全だな」

「後者をミレニアちゃんの前で言ったら、拳です」


 怒りの笑みを浮かべながら、力強く拳を握るマリス。肝に銘じておく。と俺は首を縦に振ることしか出来なかった。


 俺の反省の姿勢を受け取り、マリスはソファに座り直し話を続ける。


「天才だからといって、誰も彼もが人を攫うわけではありませんし、このジパンク国の治安を考えればそこまで心配する必要はないかと」

「……そういうもんか?」

「ちょっとぐらい防犯対策は考えたほうが良いかもしれませんが、そこまで思い詰める必要はないかと思いますよ」


 確かに、俺が心配性なのは否定しない。価値観も常人と比べれば少し食い違うところがある。

 なんせ、俺は実の父親に人体実験の材料にされていたのだ。赤の他人なら尚更疑いたくもなるし、考え方が人とズレることは多々ある。


 その点、マリスは幼い頃に孤児院に入っていた経験があり、俺より世間との付き合い方を知っている。そういった部分でも頼れることは多い。


「それより、すごいって褒めてあげるべきです」

「褒める、褒めるねぇ……」


 料理作りを再開しながら昔のことを引っ掻き回す。

 育ての親であるレイナとの思い出の中で、俺は確かに褒められて喜んでいた。


 ――――いやぁ、あの頃は本当に可愛かったですね。今も可愛いですが。


 最近レイナの幻聴が多いな。もしや俺、育児ノイローゼになってるとでも言うのか……?


 そんなふうに悩んでいると、ミレニアが紙の束を持ってリビングへ入ってきた。


「マリスさん、夕刊などを持ってきました」

「あ、ありがとうございますミレニアちゃん」


 ミレニアがマリスに束を渡す。


 ……その時、俺は見ていた。

 マリスが新聞をチェックしている隙を狙い、ミレニアがハガキを一枚ゴミ箱に捨てているのを。


     ◇


 ミレニアが寝静まった夜、俺とマリスはリビングへと戻り、ゴミ箱の前に来ていた。ゴミ箱内の時間を調べ、あの時ミレニアが捨てたものを確かめようと魔術で探る。


 そんな俺に、マリスは呆れたため息を付いた。


「捨てたものをチェックするのはさすがにやりすぎです。ミレニアちゃんへの手紙でしたら、彼女がどうするかは自由じゃないんですか?」

「そうはいうがな。俺とお前の見ている範囲で、ミレニアに友人はいないだろう? なのに何故手紙なんかが来るんだ?」


「確かに怪しいのはそうですが……だからって、そこまでするのはストーカーですよ?」

「発見したぞ」


 魔術でミレニアが捨てた手紙を特定した俺は、ゴミ箱から一枚のハガキを取り出す。よっぽど見られたくないようで、ペンか何かで両面とも黒塗りされているようだ。


「見れないみたいですね。これで諦めて――――」

「【時よ、逆行しろ】」

「この人は……」


 マリスが苦言とため息を漏らすが、今回ばかりは俺のやり方でやらせてもらう。

 黒塗りされていたハガキだが、俺の時間魔術で黒塗りされる前の時間まで遡っていき、次第に文字が見えるまで戻った。


 さーて、読むとするか。

 といったところで、マリスからハガキを没収されてしまった。


「オイオイ」

「オイオイ、じゃありません。女の子は色々と繊細ですので、ディーノ君に見せていいかは私はチェックします」

「わかったわかった。怪しくないならお前が好きにすればいいさ」


 そういうことであれば俺に異論はないので、素直に賛同することにした。

 いつまでもゴミ箱の前に座り込んでいるのもアレなので、俺とマリスはソファへと移動する。


 もっとも、その間にマリスは読み上げ終えてしまったようだが、何やら苦い顔をしている。


「……どう思いますか?」


 そう言って、マリスは俺にハガキを手渡す。

 どうやら、俺の勘は当たっていたらしく、俺の判断を仰ぎたくなるほどのものだったらしい。


 ハガキを手に取り読んでみると、宛名には『ミレニア・ベネディクトゥス』。ここまでは想定内だったが、差出人の名前が想定外だった。


「……『天翔ける心姫ハート教団教祖 ドレミダ・ミルゲニア』? なんでこんな教祖から手紙が?」


 確か、精霊心姫ハートを神と崇めている、どこにでもあるような宗教だったはずだ。

 他との違いは、新しい信徒や足抜けしようとした信徒を洗脳施設に打ち込んだり、教団側が信徒達の誰を番にするかを決めたりだのをしていたぐらいか。


 後はまあ、何やら強い集団を集めてるだとか?


「確か、禁教令の対象でしたよね?」

「ああ、『神類証明決闘儀』も行ったが、自称神は王にしばき倒されたはずだ」


 だがこのジパング王国では、現在国教であるピノザ教以外の宗教は詐欺扱いされており、実質宗教活動を禁止されてしまっている。

 それでもジパング王国で布教をしたいのであれば、この国の神話と歴史を背負う王様か、その使いとの試合に勝たなければならないという法律があり、それを『神類証明決闘儀』と名付けられていた。


 これの法律が制定された時、教団関係者は文句たれていたが、国民からすればありがたい話だった。

 魔王の復活を願う宗教である『魔王教』が国内外問わずに大暴れしていた上に、その魔王教がダミー組織として、別の教団をいくつも所有していたことが発覚したからである。


 と、話が逸れたな。

 ここでの問題は、なぜそんな国から排斥された奴らが、ミレニアに手紙を? ということだ。


 ハガキをめくって要件を見てみる。


『近々、ご挨拶に上がります』


 この一文だけだった。


「……天翔ける心姫ハート教団だなんて、宗教団体の中でも怪しい集団だろ?」


 前述の通り、怪しい事件はいくつかあったが、それが発覚してもなお、『神類証明決闘儀』が制定されるまで彼らは健在だった。

 そういった倫理から足を踏み外した連中は、そいつらの独断だと教団側……主に、教祖であるドレミダと心姫ハートが主張していたからだ。


 精霊が人であると制定された時も、こいつらはうるさかったとレイナから聞いた覚えがある。

 なんでも、『自分たちの神が人とは無礼な』とかだったか?


 ――――神扱いされる精霊もいましたが、人ではないと迫害されている精霊も多いんですよ?


 と一蹴し、『迷い彷徨っている者の救済を否定するんですかあーん? 酷い教団もあったものですねぇ! こっちは記録まとめてありますけど、ここで改めて発表しましょうかぁ!?』と、言論バトルでボッコボコにしたらしい。


 ――――そんな言い方ではないんですけど!?


 もっと怖く詰め寄っただろうが、まあそれはどうでもいいだろう。

 今はこいつらとミレニアの関係の話だ。


「アイツの親、ここの信徒だったりするのか?」

「その可能性が高い気はしますが……わざわざ教祖自ら、手紙をよこしますか?」

「偉いやつの子供……それこそ、教祖の親族とかかもしれんが……まっ、真実はミレニアのみぞ知るって話だな」


 ハガキを丸めてゴミ箱にシュートすると、俺はソファから立ち上がる。

 確認したいことは確認できたので寝るとするか。


「本人に聞く気は無いのに、どうして手紙なんか確認したがるんですか?」

「何かあった時に殴りやすいだろ?」

「否定はしませんが……」


 俺の意見には賛成なんだろうが、暴力で物事を解決しようとするのもあって、マリスは納得行かないという表情を浮かべている。


「叡智の勇者の教えだよ」

「あー……そういうこと、確かに言いそうですね」


 歴史に残るレイナの所業を思い浮かべたのだろう。

 マリスが納得した顔を見ると、俺は自分の部屋へと戻っていった。


     ◇


 翌日、俺とマリス、そしてミレニアは、三人で冒険者ギルドに来ていた。

 理由は単純明快。ミレニアの初任務へと赴くためである。


 俺とマリスは流石に仕事の時までは付き添えないが、どうせ同じギルドに行くんだから、一緒に出勤したって何も問題はあるまい。

 ミレニアの初任務には、同年代の冒険者や他の冒険者が付き添いをしてくれる制度となっているし、仕事も町中でやるようなものなので、大きな心配も無いしな。


 昨日の手紙が気になるが、もしミレニアが襲われても、近くに他の冒険者が居るなら、さほど問題にはならんだろう。


 当のミレニア本人はと言うと、俺達三人が手を繋いでいるその中心で、顔を真赤にして俯いていた。


「……恥ずかしいです。恥ずかしいです!」

「あのだなミレニア、手を繋ぐのは――――」

「この格好の話です!」


 ミレニアの発言に、はて? と俺とマリスは首を傾げる。

 赤を基調としているが、白いフリルや金色の装飾品とした、実に冒険者らしいバトルドレスだ。


「大丈夫ですよミレニアちゃん。とても良く似合ってます」

「なんで、どうして、こんな女の子の伝説の戦士とか、深夜アニメの魔法少女みたいな……!」

「深夜アニメ?」

「魔法少女?」


 ミレニアが何を言っているか俺達にはさっぱりだが、もしや心姫ハート教団とかの専門用語だったりするんだろうか?


「と、とにかく、なんでこんなきらびやかな格好をしなければならないんですか!?」

「……生存確率が、あがります」

「どういうことですか!?」

「さあ、なんででしょうねー……?」


 ミレニアから困ったように目をそらすマリス。こいつの場合、詳しく説明したら嫌味に聞こえるので、言いたくないんだろう。


 ……仕方がない。ここは俺が説明してやるか。


「例えの話をしよう。ミレニアが仲間達と一緒に、魔物と戦っているとする。だが魔物はとても強く、撤退しようにも隙がない。これはピンチだな?」

「は、はい。そうですね」


「そういう時に、通りすがりの別パーティーが撤退の手伝いをしてくれることになった。この時、お前が今の服を着ていたら、そのパーティーはどうなると思う?」

「……ええと?」


「正解は、『金持ちっぽい家の子だ』『可愛い女の子のピンチだひゃっほい』と、テンションが上がるってわけだ」

「嘘ですよね!? そんな邪な理由で、冒険者のテンションが上がるだなんて!」


 俺達の話が聞こえていたのだろう。周りの冒険者達が、男女共にさっと目をそらす。


「いや、見た目は大事だ。いい服を来ていたら、ボロキレみたいな服を着てるやつよりは、お礼なんかも期待できるからな」

「そ、そんなことは……!」

「じゃあ聞くがな。身なりの整った話のつまらんやつと、ボロ雑巾みたいな服を着ているが話は面白いやつ。見た目だけで判断する場合、お前はまずどちらの話から聞く?」

「そ、それは……」


 人間中身だという話は数多く存在する。

 だが見た目を気にするということは、人の心に踏み込みやすくなる手段なのだ。


 それは冒険者であってもそれは同じ。見た目がいいほうが助けたいという気持ちが上がるのならば、着込まない手はない。


 マリスに至っては、顔もいいし胸もデカい。最後に聞いた時は、一二〇センチとかだった。その為、彼女がピンチな時には男連中がとてもやる気を出すのはありがたい話だな。


「ま、そういうわけだ。別におかしな格好はしてない。ビキニアーマー一丁よりはマシだと思え」

「わかり……え? ビキニアーマー?」

「さ、ここから先はお前が一人で受付をするんだ」

「仕事自体は先輩冒険者さん達がついてますから、ミレニアちゃんは胸を借りるつもりで挑めばいいですからね」

「それは事前説明で聞いてますけど……ビキニアーマー!? そんなのありなんですか!?」

「ミレニアちゃん? そんなに食いつくほど、おかしな話ではありませんよ?」

「そん、なに……!?」


 マリスの説明を聞いて、何やら衝撃を受けているミレニア。


 まああれ、冒険者じゃない女からすれば、衝撃的なんだろうな……。


 肌を大気に晒すことで、マナ操作の効率を上げたり、男共のテンションを上げたり、敵の視線をそらすこともできて便利なもんだから、着ている女冒険者はたまによく見かける。

 俺もやむを得ない事情が発生し、ほぼ全裸で戦った時は戦いやすかったのなんの……。


 そう説明してやると、ミレニアは納得したのか、少し落ち着いたらしい。大きく深呼吸をすると、意を決した様子でギルドの受付に視線を向ける。


「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、またギルドでな」

「初めてのお仕事、くれぐれも気をつけてくださいね」

「はい!」


 俺達に見送られながら、ミレニアは受付へと向かう。

 その姿を、俺はカメラにおさめてシャッターを切った。


 写真が出てくると、そこには当然、背中を向けて歩き出したミレニアの姿が映し出されている。


「どうせなら、正面から撮ってあげればよかったんじゃないですか?」


 俺の手元を覗き込み、写真を見てくるマリス。ごもっともな意見だが、俺の意見はちょいと違う。


「これはこれで味があるんだよ」

「そういうものなんですか?」

「ああ、そういうもんだ」


 受付を終えて、職員に案内されるミレニア。そこにはミレニアと同い年ぐらいの冒険者や、付き添いの大人の冒険者が揃っている。


 その中には『百目』のグロリィと呼ばれる、弓使いのダークエルフもいた。猛者だというのに、新人教育に力を入れているありがたい星四つの冒険者だ。彼が居るなら、ミレニアの身の保証は安全されたも同然だろう。


 どんな会話をしているか気になるが、いつまでも見ているわけにもいかない。

 その姿を一枚だけ写真に収めて、仕事道具に切り替える。


「さて、俺達も仕事に行くか」

「ええ、せっかく二人で行くんですから、マンチョラマモン辺りの討伐をしたい気分ですね」


 俺とマリスは、惜しむ気持ちを隠しながら、依頼書が貼り付けてあるクエストボードへと歩き出した。

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