第17話
ダルソス国地下牢獄最奥。
シーナが閉じ込められている牢に近づく人影があった。
「昔の事でも思い出していましたか?」
その近づく人影――――シュミトの一言で俯いていた顔を上げるシーナ。
「・・・・・・ええ、まあ。リオンさんと出会った時の事を思い出していました」
「そうですか。出会った時に何かあったのですか?」
「まあ、色々と。あなたに話す気はありませんが」
「それは残念です。あなたがどうしてそこまで彼に想いを寄せているしているのか気になっていたんですけどね」
「それじゃあ一生気になってて下さい。どんな拷問をされても私は話す気はありませんから」
シーナにとっては出会いの思い出だけでなく、リオンとの全ての思い出がかけがえのない大事なものだった。それを汚されるくらいならば死を選ぶ、それぐらいの覚悟がシーナにはあった。
「私は無理矢理聞き出す程気になっているわけではないから構いませんが・・・・・・今回はその思いがアダになったようですね?」
「? どういう意味ですか? 私は別に死ぬ事も覚悟の上で――――」
「サレトス様があなたを人質にして勇者リオンを呼び出しました。恐らく彼は応じるで――――」
ガシャンッッッッ!! と静かな地下牢獄内に、鎖の音が響き渡る。シーナが鎖を引き千切ろうと暴れる音だ。
「・・・・・・無駄ですよ。その鎖はいくらあなたでも千切れません」
シュミトからそう聞いても諦めずに鎖を引き千切ろうとするシーナ。その口には牙が生え、その手には牙が生えている。『獣化』、シーナが本気で怒り、全力で千切ろうとしている証拠だが、それでも尚鎖は千切れない。
「あなた方は、そんな事までするんですか・・・・・・!!」
「私としては反対でした。ですが、サレトス様は一度言い出すと他人から反対されるのを大変嫌いますから。私もこの件が終わったあと、クビになる予定です」
「あなたがクビになるかどうかなんて私にはどうでもいいです。反対しているというのなら今すぐ私の首を落として下さい。私が死ねば人質としての価値は無くなります」
その目は真剣そのものだった。どちらにせよ自分は殺されるだろう。リオンに迷惑をかけて殺されるくらいなら今ここで死んだ方がマシだ、とシュミトに本気で訴えかけてきている。
その真剣さに対するシュミトの態度は極めて冷ややかなものだった。
「・・・・・・それにも賛成しかねますね。あなたが死ねば全て解決するとでも思っているのですか?」
「実際、解決します。私が死ねばリオンさんに足枷はありません。そこからは自由です」
「自由? どこがですか。あなたが死ねば彼はあなたの死の罪悪感に縛られる事になります。それとも、あなたとしてはそれがお望みですか?」
「・・・・・・どういう意味です?」
「そうでしょう? 彼は何故か魔王の子を匿っています。それも女性、違いますか?」
表情は一切変えていないシーナだが、額から一筋の汗が流れる。
「やはりそうですか。それであなたは焦っている、と。意中の男性が魔王の娘などに取られたら嫉妬して当然ですがね」
「そんな事、ないです。私は嫉妬なんてしていません」
「そうですか。では、嫉妬ではなく殺意が湧いていると。あなたの母を殺した魔族、その魔族の中でも最上位の男の娘、それがあなたの愛しい人の寵愛を受けているなど悔しくて悔しくて――――」
「うるっっっっさいっっっっ!! それ以上その口開いたらぶち殺しますよ!!」
シーナは鎖が千切れんばかりの勢いでシュミトに詰め寄る。すでに怒りで『獣化』を発動させ、『完全掌握』で全身の筋肉を百%解放している。だが、それでも鎖は千切れない。
あと、もう一押しだ。
「もう諦めた方がいいですよ? 世界を敵に回してまで一人の娘を守っているんですから。どうせあなたの事なんて『便利な女』程度にしか思っていませんよ。あんな勇者の為だけに死ぬなんて、あなたの母は無駄死にだったようで――――」
その一言で完全に理性が失せたシーナは、強引に鎖を破壊してシュミトの首元へ手を伸ばす。
シュミトには戦闘能力はほとんど無い。シーナの本気の攻撃など一撃すらもたずにその風圧だけで絶命してしまうだろう。
目の前に明確な死が迫り、それでも尚シュミトは笑っていた。
――――計画通りだ。
自分には既にシーナをここから出してやるほどの権力は残っていない。だから、自分にできる事を考えたのだ。
そして、思いついたのがシーナが自分自身で脱獄する事だ。
シーナの本気の力なら城の騎士や牢屋や鎖程度は問題にはならない。問題なのはシーナがそれを出せないという事だ。
シーナは、無意識のうちに本気を出すのを躊躇ってしまう。その力が強すぎる為、『獣化』をしても『完全掌握』で百%の力を使える様になっても、無意識の内に力をセーブしてしまうのだ。
そんな彼女の全力を引き出す方法は一つ。怒りの力しかない。彼女を挑発し、怒りを引き出して、全力を出させる事で鎖を破壊させる。それがシュミトの作戦だった。
そして、彼女の全力が引き出せれば自分が死んでもいい、そんな風に考えていた。シーナの全力を引き出す程に怒らせると言うのは、すなわちシーナから殺意を引き出すという事なのだから。自分が死ぬ可能性はかなり大きいだろう。
だが、それでもシーナを助けたいと、そう考えていた。
シュミトは何度も何度も『獣人族』の村へ行く内に、一人の少女に恋をしてしまった。その少女は村長の娘で、いつも村長と話している時にお茶を持ってきてくれるのだ。話した事など数える程しかない、それなのにその数える程の会話で少女に惚れてしまった。
だが、自分には立場というものがあった。もし、『獣人族』の少女と懇意にしていると分かれば亜人嫌いのサレトスから今の立場を追われる事になるだろう。そうなる事は避けたかった。
だからその後も、何事も無かったかのように接し続けた。いつも通り、特に会話もなく、挨拶を交わす程度の関係を。
そして、その少女を捕らえる様に命令が下った。ためらいはあった。だが、何とか出来ると思っていた。思ってしまっていた。そんな甘い考えをしたせいで、自分も彼女も危険な立場に立たせてしまったのだ。
自分はもうここにはいられないだろう。それなら、せめて彼女だけでもここから出す。その為に、自分の命が消えようとも。
一人の少女を助ける為に世界を敵に回した勇者リオンと比べたら小さな事かもしれない。
だが、一人の少女を助けようとする為に自分の立場を失ってしまった男は、それでも最後まで彼女を助ける為にあがき続ける。
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